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掴み取った男
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ハワイで挙式をしようと計画していた徒然だったが、志乃が絶対に飛行機には乗らないと譲らないので、都内の教会で挙げることにした。
あまり派手なことはしたくないという美咲の希望で、つい最近建て替えしたばかりの代官山の小さな教会を選んだ。
志乃が玄関から声を掛ける。
「ハイヤーが来ましたよ」
本田家で準備をし、ウェディングドレスのまま教会に向かう。
着付けを担当した美容師達が拍手で送り出してくれた。
「きれいだよ、美咲ちゃん」
「ありがとう。澄子さん、お母さんをよろしくね」
「任せといて。風間さんと一緒に3人ですぐ追うから」
風間というのは徒然と同じ小説を生業としている男だ。
出版社のパーティーで知り合い意気投合してからの仲で、2人は互いを親友だと公言しており、徒然が美咲への恋情を吐露していた唯一の人間だった。
「美咲ちゃん、本当にきれいだね。徒然が会わせたがらないはずだ」
風間がニヤニヤしながら正装した徒然を肘で突いた。
「当たり前だ。お前みたいなモテ男に会わせるわけ無いだろう?」
徒然と同じ年の風間は、優雅な独身ライフを謳歌している。
「うん、お前の口から恋愛相談を受けたときは驚いたが、なるほど納得だよ。これほどきれいで優しくて淑やかで……俺、初めて人の結婚が羨ましいと思ったもん」
風間と澄子が友人として参列し、新郎新婦の親族は志乃だけというたった5人の結婚式だ。
ハイヤーの中で、美咲の着けたベールの波に溺れそうになりながらも、幸せそうに微笑む徒然の顔を、美咲は死ぬまで忘れないだろうと思った。
白いフロックコートで降り立った新郎を、通行人達が立ち止まって見ている。
そんな視線を気にするでもなく、悠然とドアを開き手を差し出す。
その手に手を預けて降り立った新婦の姿に、歓声と拍手が捲き起こった。
「恥ずかしいわ……どうしましょう」
「きれいだ、美咲」
大通りから少し入った場所にあるその教会は、素朴な色の煉瓦で作られたアーチ型の壁に囲まれ、全ての者を受け入れるという意思を表現しているかのようだ。
天井は木で組まれ、天窓から差し込む光が祭壇までの道を神々しく照らしている。
微笑みを湛えて2人を迎える牧師の前に、ゆっくりと進む。
美咲が持っていたのは5本の深紅のバラだった。
その花言葉は『あなたに出会えたことの喜び』
わざと長く茎を残したアームブーケが、純白のスレンダードレスに良く似合う。
徒然の胸にあるのは同じ深紅のバラが1本。
それは『一目惚れ』を意味していた。
最前列で到着を待っている風間が、近づいてくる二人を待ちながら、バージンロードを挟んで立っている澄子に話しかけた。
「凄いな……」
「ええ、本当にきれいですね」
「うん。それは間違いないが、俺が言ったのは徒然の独占欲だよ。でもいいね、なんていうかシンプルなのに、あれほど心が伝わる花束を見たのは初めてだ」
「素敵ですよね。知ってます? 本田先生ってあのブーケを選ぶのに一週間も考え抜いたそうですよ」
「バカだな……」
「バカですよね……」
牧師が小さく咳ばらいをする。
2人が祭壇の前に立つと、静かに流れていたパイプオルガンの音が消え、永遠の愛を神に誓うセレモニーが始まった。
祈りを捧げ誓いのキスを交わした2人に、牧師が静かに語りかける。
「あなたが愛する人の幸せを望むなら、まずあなたが幸せになりなさい。それはその者の幸せこそが自らの喜びであり、自らの喜びこそがその者の幸せだからです。愛する者のために、自分が幸せでいられるよう互いに努めなさい。そして愛する者を常に見つめ、言葉を交わしなさい。少しの疑問も残してはなりません。もしその疑問に目を瞑るなら、全ての疑問に目を瞑らなくてはなりません。夫婦とは全ての始まりです。あなた達は神に祝福され、今日ここに夫婦となりました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
礼を言った徒然の声が微かに震えている。
振り返ると風間が号泣していた。
澄子と志乃も手を取り合って泣いている。
教会を出ると、揃いのガウンを着た子供たちがライスシャワーで祝福してくれた。
美咲はこの感動を深く胸に刻み込んだ。
「澄子さん、受け取って」
美咲がブーケを手渡した。
「ありがとう。美咲ちゃん」
「ほれ、お前にも幸せのおすそ分けだ」
徒然が涙でぐちゃぐちゃになっている風間の胸にブートニアを挿した。
「あ……ありがとう」
待っていたハイヤーに乗り込み、自宅へと戻る。
全員で普段着に着替えて向かった披露宴会場は、イタリア料理の店だ。
5人だけの披露宴。
徒然は何度も美咲の頬にキスを贈り、2人が出会えた幸運を心から感謝した。
あまり派手なことはしたくないという美咲の希望で、つい最近建て替えしたばかりの代官山の小さな教会を選んだ。
志乃が玄関から声を掛ける。
「ハイヤーが来ましたよ」
本田家で準備をし、ウェディングドレスのまま教会に向かう。
着付けを担当した美容師達が拍手で送り出してくれた。
「きれいだよ、美咲ちゃん」
「ありがとう。澄子さん、お母さんをよろしくね」
「任せといて。風間さんと一緒に3人ですぐ追うから」
風間というのは徒然と同じ小説を生業としている男だ。
出版社のパーティーで知り合い意気投合してからの仲で、2人は互いを親友だと公言しており、徒然が美咲への恋情を吐露していた唯一の人間だった。
「美咲ちゃん、本当にきれいだね。徒然が会わせたがらないはずだ」
風間がニヤニヤしながら正装した徒然を肘で突いた。
「当たり前だ。お前みたいなモテ男に会わせるわけ無いだろう?」
徒然と同じ年の風間は、優雅な独身ライフを謳歌している。
「うん、お前の口から恋愛相談を受けたときは驚いたが、なるほど納得だよ。これほどきれいで優しくて淑やかで……俺、初めて人の結婚が羨ましいと思ったもん」
風間と澄子が友人として参列し、新郎新婦の親族は志乃だけというたった5人の結婚式だ。
ハイヤーの中で、美咲の着けたベールの波に溺れそうになりながらも、幸せそうに微笑む徒然の顔を、美咲は死ぬまで忘れないだろうと思った。
白いフロックコートで降り立った新郎を、通行人達が立ち止まって見ている。
そんな視線を気にするでもなく、悠然とドアを開き手を差し出す。
その手に手を預けて降り立った新婦の姿に、歓声と拍手が捲き起こった。
「恥ずかしいわ……どうしましょう」
「きれいだ、美咲」
大通りから少し入った場所にあるその教会は、素朴な色の煉瓦で作られたアーチ型の壁に囲まれ、全ての者を受け入れるという意思を表現しているかのようだ。
天井は木で組まれ、天窓から差し込む光が祭壇までの道を神々しく照らしている。
微笑みを湛えて2人を迎える牧師の前に、ゆっくりと進む。
美咲が持っていたのは5本の深紅のバラだった。
その花言葉は『あなたに出会えたことの喜び』
わざと長く茎を残したアームブーケが、純白のスレンダードレスに良く似合う。
徒然の胸にあるのは同じ深紅のバラが1本。
それは『一目惚れ』を意味していた。
最前列で到着を待っている風間が、近づいてくる二人を待ちながら、バージンロードを挟んで立っている澄子に話しかけた。
「凄いな……」
「ええ、本当にきれいですね」
「うん。それは間違いないが、俺が言ったのは徒然の独占欲だよ。でもいいね、なんていうかシンプルなのに、あれほど心が伝わる花束を見たのは初めてだ」
「素敵ですよね。知ってます? 本田先生ってあのブーケを選ぶのに一週間も考え抜いたそうですよ」
「バカだな……」
「バカですよね……」
牧師が小さく咳ばらいをする。
2人が祭壇の前に立つと、静かに流れていたパイプオルガンの音が消え、永遠の愛を神に誓うセレモニーが始まった。
祈りを捧げ誓いのキスを交わした2人に、牧師が静かに語りかける。
「あなたが愛する人の幸せを望むなら、まずあなたが幸せになりなさい。それはその者の幸せこそが自らの喜びであり、自らの喜びこそがその者の幸せだからです。愛する者のために、自分が幸せでいられるよう互いに努めなさい。そして愛する者を常に見つめ、言葉を交わしなさい。少しの疑問も残してはなりません。もしその疑問に目を瞑るなら、全ての疑問に目を瞑らなくてはなりません。夫婦とは全ての始まりです。あなた達は神に祝福され、今日ここに夫婦となりました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
礼を言った徒然の声が微かに震えている。
振り返ると風間が号泣していた。
澄子と志乃も手を取り合って泣いている。
教会を出ると、揃いのガウンを着た子供たちがライスシャワーで祝福してくれた。
美咲はこの感動を深く胸に刻み込んだ。
「澄子さん、受け取って」
美咲がブーケを手渡した。
「ありがとう。美咲ちゃん」
「ほれ、お前にも幸せのおすそ分けだ」
徒然が涙でぐちゃぐちゃになっている風間の胸にブートニアを挿した。
「あ……ありがとう」
待っていたハイヤーに乗り込み、自宅へと戻る。
全員で普段着に着替えて向かった披露宴会場は、イタリア料理の店だ。
5人だけの披露宴。
徒然は何度も美咲の頬にキスを贈り、2人が出会えた幸運を心から感謝した。
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