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話し出す女
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「私ね、女ばかりの4人姉妹の2番目でね。いつもワリを食ってるって感じだったわ」
長女は跡継ぎとして期待され、三女は奔放に自由を謳歌した。
末っ子の四女はいつまでも親離れせず、両親もそれを良しとして甘やかす。
「姉さんは親の決めた人を婿にとって店を継いだのだけれど、時代の波を乗り切れる器量では無かったのでしょうね。資金繰りに困って、私は売られるようにして嫁いだの」
今では考えられないような話だと美咲は思った。
「夫は義父が亡くなるとすぐに愛人を家に入れたわ。従業員はクビを恐れて近寄らないし、番頭は店の実権を握って私をこき使うのよ? 酷いと思わない?」
夫と愛人にどのような目に合わされたかを、包み隠さず赤裸々に語る。
聞いている美咲の方が、怒りで吐き気を感じたほどだった。
「そんな人がいるんですね」
「ホントよね。でもそんな人の店が上手くいくはずなんて無いでしょう? 美咲がまだ小さい頃に近くまで行ったことがあるのだけれど、駐車場になってたわ」
「ザマアミロですね」
美咲が肩を竦めて見せる。
志乃はその表情を見て、嬉しそうに微笑んだ。
死のうとして皇居の濠端に行ったこと。
そこで徒然の父親である松延に出会ったことなどを淡々と話す。
「私の記憶が戻るきっかけになったのは、小夜子さんの一言だったわ。彼女は体も心も弱い人で、とても浮世のことに耐えられるような状態ではなかったのよ」
「お二人は夫婦だったんですよね?」
「ええ、戸籍上だけのね」
小夜子が夫である松延を兄さまと呼び続けていたことを笑いながら話す志乃。
「私ね、小夜子さんに松延の子供を産んでくれって言われちゃったの。そのショックで記憶が戻って、今のあなたのように数日寝込んで考え続けたわ。私はこのままでいいのだろうか。私の存在が彼女を追い詰めているのではないか……なんてね」
美咲が何度も頷く。
やはり同じことを考えていたということだろう。
「考えた末に、私は本当のことを告げることにしたの。だって彼は研究者でしょう? 私は治験者だもの。隠し事をするのはルール違反だわ」
「松延さんはなんて仰ったんですか?」
「研究者らしく冷静に受け止めていたわね。自分の仮説のどこが正しく、どこが間違っていたのかを分析してた」
「なんと言うか……クールですね」
「そうでもないのよ? それから何度も熱烈な告白をしてくれて、私も自分の思いを隠せなくなって……結局そういう仲になっちゃったし。最初はね、私から松延さんの寝室に押しかけたのよ。そして子供を授かった」
「美咲さん?」
「そうね、美咲も確かに彼と私の子供だけれど、美咲を授かったのはまだずっと後のことで、小夜子さんが亡くなってからなの」
「ではもう一人おられるのですか?」
「ええ、その子は本田松延と小夜子夫妻の子として本田家を継いでいるわ」
「えっ……まさか……」
「その子の名前は、本田徒然。あなたの夫になる人よ」
美咲は大きく目を見開いて志乃を見た。
「徒然さんが志乃さんの……だったら美咲さんと徒然さんは兄妹?」
「血縁で言うとそうね。でも美咲は私の私生児として届けたから戸籍上は赤の他人よ。父親欄は空白のままだし。美咲がまだお腹にいる時に、松延さんは何度も何度も、もう本当にしつこいくらい結婚しようって言ってくれたわ。でも私が断り続けるものだから、だったら美咲だけでも本田家の籍にって言いだしたから、黙って勝手に出生届を出しに行ったの」
「どうしてですか?」
「どうしてなのかしら。きっと自分が死のうとするほど苦しんだ『愛人』という立場になってしまった自分への戒め? なんて言うと後悔しているように聞こえるかもしれないけれど、全く後悔はしてないの。私は松延さんを心から愛していたし、松延も私を唯一として愛してくれたわ。でも上の子は小夜子さんに頼まれて産んだという言い訳があるから、まだ自分を許せるけれど、次の子は違う。美咲は私のエゴで産んだ子だもの」
「だったら!」
「小さい頃からずっと辛い目にあって、松延の妻になることで助け出された小夜子さんの居場所を奪うわけにはいかないわ。う~ん、どうかな。本音はただの意地だったのかも? もう忘れちゃったわ」
理由はどうあれ、志乃が自分のために妻の座を奪おうとする人でなかったことを心から嬉しく思った。
口では何とでも繕えるが、奪われる側の心情はわかっているつもりだ。
「小夜子さんが亡くなって、二年後に生まれたのが美咲よ。美咲はここで育ったし、松延さんを『父さま』と呼び、徒然さんを『兄さま』と呼んでいたの。対外的には普通の家族よ。戸籍謄本を背中に貼り付けて歩くわけじゃないじゃない?」
「では認知もしていない?」
「そう、認知も断ったわ。でも結果オーライだったとは思ってる。美咲は私のすぐ下の妹に性格がよく似ていたの。いつか何かやらかすんじゃないかっていう雰囲気を幼いころから持っていたわ。そして案の定やらかしたもの」
「失踪ですか……」
「徒然さんは必死で隠してくれていたけれど、あの子が亡くなったのは知っていたの。でも私はあの子の生存を信じ続けているように行動したわ。だって私だけでもそう願ってやらなきゃ浮かばれないものね? そしてそれがあなたの役に立った。私は嬉しいわ」
嬉しそうに微笑む志乃に、自分が美咲と名乗る後ろめたさがすっと消えたような気がした。
長女は跡継ぎとして期待され、三女は奔放に自由を謳歌した。
末っ子の四女はいつまでも親離れせず、両親もそれを良しとして甘やかす。
「姉さんは親の決めた人を婿にとって店を継いだのだけれど、時代の波を乗り切れる器量では無かったのでしょうね。資金繰りに困って、私は売られるようにして嫁いだの」
今では考えられないような話だと美咲は思った。
「夫は義父が亡くなるとすぐに愛人を家に入れたわ。従業員はクビを恐れて近寄らないし、番頭は店の実権を握って私をこき使うのよ? 酷いと思わない?」
夫と愛人にどのような目に合わされたかを、包み隠さず赤裸々に語る。
聞いている美咲の方が、怒りで吐き気を感じたほどだった。
「そんな人がいるんですね」
「ホントよね。でもそんな人の店が上手くいくはずなんて無いでしょう? 美咲がまだ小さい頃に近くまで行ったことがあるのだけれど、駐車場になってたわ」
「ザマアミロですね」
美咲が肩を竦めて見せる。
志乃はその表情を見て、嬉しそうに微笑んだ。
死のうとして皇居の濠端に行ったこと。
そこで徒然の父親である松延に出会ったことなどを淡々と話す。
「私の記憶が戻るきっかけになったのは、小夜子さんの一言だったわ。彼女は体も心も弱い人で、とても浮世のことに耐えられるような状態ではなかったのよ」
「お二人は夫婦だったんですよね?」
「ええ、戸籍上だけのね」
小夜子が夫である松延を兄さまと呼び続けていたことを笑いながら話す志乃。
「私ね、小夜子さんに松延の子供を産んでくれって言われちゃったの。そのショックで記憶が戻って、今のあなたのように数日寝込んで考え続けたわ。私はこのままでいいのだろうか。私の存在が彼女を追い詰めているのではないか……なんてね」
美咲が何度も頷く。
やはり同じことを考えていたということだろう。
「考えた末に、私は本当のことを告げることにしたの。だって彼は研究者でしょう? 私は治験者だもの。隠し事をするのはルール違反だわ」
「松延さんはなんて仰ったんですか?」
「研究者らしく冷静に受け止めていたわね。自分の仮説のどこが正しく、どこが間違っていたのかを分析してた」
「なんと言うか……クールですね」
「そうでもないのよ? それから何度も熱烈な告白をしてくれて、私も自分の思いを隠せなくなって……結局そういう仲になっちゃったし。最初はね、私から松延さんの寝室に押しかけたのよ。そして子供を授かった」
「美咲さん?」
「そうね、美咲も確かに彼と私の子供だけれど、美咲を授かったのはまだずっと後のことで、小夜子さんが亡くなってからなの」
「ではもう一人おられるのですか?」
「ええ、その子は本田松延と小夜子夫妻の子として本田家を継いでいるわ」
「えっ……まさか……」
「その子の名前は、本田徒然。あなたの夫になる人よ」
美咲は大きく目を見開いて志乃を見た。
「徒然さんが志乃さんの……だったら美咲さんと徒然さんは兄妹?」
「血縁で言うとそうね。でも美咲は私の私生児として届けたから戸籍上は赤の他人よ。父親欄は空白のままだし。美咲がまだお腹にいる時に、松延さんは何度も何度も、もう本当にしつこいくらい結婚しようって言ってくれたわ。でも私が断り続けるものだから、だったら美咲だけでも本田家の籍にって言いだしたから、黙って勝手に出生届を出しに行ったの」
「どうしてですか?」
「どうしてなのかしら。きっと自分が死のうとするほど苦しんだ『愛人』という立場になってしまった自分への戒め? なんて言うと後悔しているように聞こえるかもしれないけれど、全く後悔はしてないの。私は松延さんを心から愛していたし、松延も私を唯一として愛してくれたわ。でも上の子は小夜子さんに頼まれて産んだという言い訳があるから、まだ自分を許せるけれど、次の子は違う。美咲は私のエゴで産んだ子だもの」
「だったら!」
「小さい頃からずっと辛い目にあって、松延の妻になることで助け出された小夜子さんの居場所を奪うわけにはいかないわ。う~ん、どうかな。本音はただの意地だったのかも? もう忘れちゃったわ」
理由はどうあれ、志乃が自分のために妻の座を奪おうとする人でなかったことを心から嬉しく思った。
口では何とでも繕えるが、奪われる側の心情はわかっているつもりだ。
「小夜子さんが亡くなって、二年後に生まれたのが美咲よ。美咲はここで育ったし、松延さんを『父さま』と呼び、徒然さんを『兄さま』と呼んでいたの。対外的には普通の家族よ。戸籍謄本を背中に貼り付けて歩くわけじゃないじゃない?」
「では認知もしていない?」
「そう、認知も断ったわ。でも結果オーライだったとは思ってる。美咲は私のすぐ下の妹に性格がよく似ていたの。いつか何かやらかすんじゃないかっていう雰囲気を幼いころから持っていたわ。そして案の定やらかしたもの」
「失踪ですか……」
「徒然さんは必死で隠してくれていたけれど、あの子が亡くなったのは知っていたの。でも私はあの子の生存を信じ続けているように行動したわ。だって私だけでもそう願ってやらなきゃ浮かばれないものね? そしてそれがあなたの役に立った。私は嬉しいわ」
嬉しそうに微笑む志乃に、自分が美咲と名乗る後ろめたさがすっと消えたような気がした。
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