思い出を売った女

志波 連

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曝け出す男

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 ホテルのロビーに到着した2人は、コーヒーラウンジに落ち着いた。

「顔がわからんって言ってたな。あちらも知らんのか?」

「どうでしょう」

「俺も相当ワケアリな人生だが、お前と比べたらノーマルだったような気がしてきたよ」

 それには答えず、入口に視線を向けて出入りする人を観察する孝志。

「まあまずは相手の話を聞くしかないが、かずとちゃんの件は渡さないというスタンスで良いんだな?」

「勿論です。今更って感じですし、なによりもかずとがいない暮らしは考えられません」

 編集長は大きく頷いた。

「よっぽどのことが無い限り、俺は口は挟まんぞ。上司として挨拶するだけだ」

「よろしくお願いします」

 地味なスーツを着た年配の夫婦が入ってきてきょろきょろしている。
 
「あの人達じゃないかな」

 立ち上がった孝志は、迷うことなく近づいて行った。
 三人でこちらに来ているということは、当たったということだろうと思った編集長が、立ち上がって出迎える。
 孝志が夫妻に編集長を紹介した。

「こちらは私の上司である編集長の佐々木です。丁度同行していたので同席してもらうことにしました」

 玲子の両親が丁寧なお辞儀をして自己紹介をした。

「初めまして。私は石川と申します。これは家内の麻子です」

 暫しの沈黙の後、孝志が口を開いた。

「玲子さんからどのように聞いておられるのか、私は存じ上げないのですが、わざわざこんな田舎まで来られた理由を教えていただけますか?」

 父親が答える。

「君が孝志君なんだね。私たちは玲子が結婚したことも離婚したことも、ましてや子供までいたことも知らなかったんだ。さぞかし薄情な親だと思うだろうが、別に親子関係が悪かったわけではないんだ。いや……私たちがそう思っていただけかもしれないが」

 母親がバックからハンカチを取り出して目頭をおさえた。
 その様子をチラッとみた孝志が、無言で先を促す。

「私たちがそれを知ったのは先月のことだよ。玲子の死亡届を出した時だ」

「死亡届?」

「ああ、玲子は君にも黙っていたのか……あの子は末期ガンだった。主治医の話では、本人に余命を伝えたのは4年前だそうだ。君たちが結婚したのは確か3年前だったね。てっきりその辺りの事情も知ったうえで、玲子のために入籍してくれたのかと思っていたが、違うのかい?」

 孝志は絶句した。
 今の話が本当なら、再会したときには余命宣告を受けていたということだ。
 末期がんで出産するなんて……

「知りませんでした。私と玲子さんが入籍したのは2年半ほど前です。彼女が……妊娠したので入籍したというのが本当のところで、私と彼女は……その1年前から不倫関係にありました」

 今度は2人の方が絶句している。

「どういうことだ? 君は家庭があるにもかかわらず玲子を……病身の玲子を妊娠させたと言うのか?」

「この際ですので、はっきりと申し上げます。玲子さんを悪く言う意図はありませんが、事実をお話しすると、そう聞こえてしまうかもしれません」

「大丈夫だ。私たちは真実を知りたい」

 孝志は一度大きく息を吸ってから水を飲んだ。

「私と玲子さんは大学のサークルで知り合いました。最終学年の時に半年ほどお付き合いをしていましたが、卒業と同時に別れました。再会したのは本当に偶然で、その時は妻も一緒におりました。後日、玲子さんも含めた当時の仲間で集まる事があり、その頃から不倫関係になってしまいました。そのことについては本当に申し訳なく思います」

 母親がギュッと目を瞑る。
 孝志は続けた。

「私は妻を愛していましたし、別れるつもりなど全くありませんでした。玲子さんもそれを承知していると思っていたのですが、彼女は計画的に妊娠し……私の妻に……質の悪い脅迫行為を行っていました。耐えきれなくなった妻が離婚届を置いて出て行き、出産するしかない月齢になっていた玲子さんは、私に結婚を迫りました」

 母親が遂に嗚咽を漏らし始めた。
 父親は歯を食いしばるように孝志の顔を凝視している。

「自分の愚かな行為で最愛の妻を失い、私は絶望していました。申し訳ないですが、そこまでする玲子さんのことを憎みさえしました。当時の私は玲子さんに嵌められたと思っていましたから。私の知らない間に合鍵を作っていた彼女は、出勤している間に引っ越してきて……私にとっては傍若無人としか言いようのない振る舞いを……すみません。玲子さんのせいだと言っているので無いのですが……」

「どうぞ続けてください」

「はい……彼女は出産しましたが、母乳を与えることもなく、育児も放棄しているような状態でした。私は育児のために実家に戻ることを選択し、彼女にそう告げました。すると彼女は田舎はいやだと言って離婚を選びました。それ以降は連絡を取っていません」

 父親が溜息を吐いた。

「玲子の言い分も聞きたいところだが、もうあの子はいない。あなたの言葉を信じるしかないが、玲子はまるで君に憎まれようとしているとしか思えない行動ばかりとっていたようだ。心当たりはあるかい?」

 孝志は数秒目を閉じた後、意を決して口を開いた。

「彼女にこう言われました。最初に私を捨てたのはあなただ、今度は私が捨てる番だと。私はお互いの合意のうえで別れたと思っていたのですが、違っていたのだとその時知りました。離婚させて子供を押し付けるような真似をするほど憎まれていた理由は……それしか思い当りません」

「なるほど……病院から玲子が亡くなったと連絡があって、私たちがどれほど驚いたかは想像できないだろうね。玲子は手紙を2通残していた。1通は私たちに、そしてもう1通は孝志君、君にだ。私たちへの手紙には、親より先に死ぬ事への詫びと、同封したアルバムを一緒に棺に入れて欲しいという願いだった。子供じみたアルバムだったが厳重に開けなようにしてあってね、見たいという気持ちはあったが、娘の意志を尊重して見るのは止めておいたよ」

 そのアルバムに心当たりがある孝志は、両親がそれを見なかったことに安堵した。

「そしてこれが、君への手紙だ」

 白い封筒が差し出されたが、孝志はすぐに手を伸ばすことができなかった。
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