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捨てた男
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笑い続ける玲子に、孝志はあざけるように言った。
「なんだ、お前ってそんなに俺が好きだったのか? その割にはあっさり別れを承諾したじゃないか。泣いて縋るなら捨てないでやったものを」
「私にだってプライドはあるわ。あの時決めたのよ。私が味わった屈辱を倍にして返すってね。あなただけ幸せになるなんて絶対に許さないわ」
「じゃあ大成功だな。おめでとう」
そう吐き捨てた孝志に、玲子は冷たい視線を投げつけた。
子供をベッドに戻してから、孝志は実家に電話をした。
裕子と別れたことや子供が生まれたことを、なるべく冷静に伝える。
明日の朝こちらに向かうという両親に、来週になったら自分が行くと告げた。
便箋を取り出し辞表を書く。
この会社に就職するためにやった努力の日々が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
翌日には会社に辞表を提出し、その足で離婚届を取りに行く。
息子の親権者欄には自分の名前を記入し、酔って帰ってきた玲子に離婚届を突きつけると、鼻歌を歌いながら何の迷いもなく名前を書いた。
「もう二度と会うことはない。この子にも会わせない」
「ええ、全部私の思い通りね」
「今週中には出て行くよ。ベビー用品は全て持っていくから、後は好きに処分してくれ」
「あなたの物は残さないでね。気分が悪いわ。裕子さんもそうしたんだから、あなたもきっちりそうしてちょうだいな」
もう一言も話す気になれず、孝志は寝室に入って鍵をかけた。
酔ったまま風呂に入ったのだろう玲子が、寝室のドアを開けることは無かった。
朝起きると、玲子はすでにいなかった。
子供を保育所に連れて行き、その足でホームセンターへ向かう。
数個の段ボール箱と、コロ付きのボストンバッグをカートに入れ、レジに並んだ。
レンタカー会社に電話して、チャイルドシート付の乗用車を手配する。
乗り捨て料金が思いのほか高かったので、返却プランを選択した。
預かってもらえる時間までには荷造りを終えたいと思い、コンビニでむすびとお茶を買って家路を急ぐ。
段ボール箱を組み立てながら、裕子もこんな気持ちだったのだろうかと考えた。
「いや、こんなもんじゃないよな……もっと最低な気分だったはずだ……裕子……どこにいるんだ? 会いたいよ……」
時計を見ると午後三時を過ぎていたが、孝志は涙を止めることができなかった。
ひとしきり泣いた後、ベビー用品だけはなんとか荷造りをして保育所に向かう。
急な退所を詫び、預けていた布団などを受け取った。
「重たくなったな。明日からは賑やかになるぞ。俺がちゃんと育ててやるからな」
胡坐の中でならお座りができるようになり、離乳食を食べさせるのも楽になった。
レトルトのベビーフードを皿に移し、自分は買ってきたむすびを頬張る。
玲子は全て持っていくように言っていたが、そんなことなど気にする必要はない。
ベビー用品と数日分の着替えだけを詰めた。
その夜、玲子は戻ってこず連絡もない。
このところ外泊する日が増えていたので今更なのだが、このまま母子を別々にして良いのだろうか……しかし、本人がそれを望んでいるのだと思い直し、息子の横で目を閉じた。
そして翌朝、かずとに離乳食を食べさせた孝志は、レンタカーに乗り込んだ。
幸いなことに息子はぐずることもなく、運転中ずっと眠っていた。
通常なら車なら3時間もあれば到着するが、乳児を乗せていることも考えて安全運転を心がけつつ、頻繫に休憩も取った。
「ただいま」
このところ帰っていなかった実家は、思っていたよりずっと古びた印象に驚いた。
奥からパタパタとスリッパの音がして、孝志の母親が出迎える。
「……お帰りさない。その子なの?」
「うん、かずとっていうんだ。一人と書いてかずとと読ませるんだよ」
「そう……まあ早く上がりなさい。赤ちゃんは私が抱くわ」
「荷物があるんだけど、雄二はいないの?」
「いるわけ無いでしょう? 働いてるのよ?」
「ああ、そりゃそうか」
「あんた、仕事は?」
「辞めてきた。辞めるしか無かったんだ」
リビングから父親が顔を出した。
「帰ったか……こっちに来い」
「うん……」
初めて見る孫を戸惑いながらも受け取った母親の前を通り、リビングに向かう。
孝志は自分のやらかしの酷さを十分に理解しているつもりだったので、殴られる覚悟はしていた。
「まあ座れ。お前も疲れただろう」
予想外の労う言葉に、かえって孝志は戸惑った。
「父さん……俺……」
「後でゆっくり聞くよ。もう終わったことだが、裕子さんには俺たちからも謝らなくてはいけない」
孝志は父親の言葉に涙が込み上げた。
「部屋はそのままだ。そこを使え」
そう言うと父親は孝志を残して出て行った。
ふと見るとレンタカーを返却する時間が近づいている。
「俺レンタカーを返しに行かなくちゃいけないんだ。だから戻って来るのが夜中になるんだけど、それまでこいつを頼みたいんだ」
「乗り捨てにしてないのか? 今から東京に戻るなんて無茶だろう。子供も可哀そうじゃないか。今から変更できんのか? だめなら1日延長にして明日返すようにすればいい。明日なら俺でも雄二でも一緒にいってやれる」
「わかった。連絡してみる」
なんだかんだと言い訳をしてまで避けていた家族の優しさに、言いようのない気持ちが込み上げる。
「なんだ、お前ってそんなに俺が好きだったのか? その割にはあっさり別れを承諾したじゃないか。泣いて縋るなら捨てないでやったものを」
「私にだってプライドはあるわ。あの時決めたのよ。私が味わった屈辱を倍にして返すってね。あなただけ幸せになるなんて絶対に許さないわ」
「じゃあ大成功だな。おめでとう」
そう吐き捨てた孝志に、玲子は冷たい視線を投げつけた。
子供をベッドに戻してから、孝志は実家に電話をした。
裕子と別れたことや子供が生まれたことを、なるべく冷静に伝える。
明日の朝こちらに向かうという両親に、来週になったら自分が行くと告げた。
便箋を取り出し辞表を書く。
この会社に就職するためにやった努力の日々が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
翌日には会社に辞表を提出し、その足で離婚届を取りに行く。
息子の親権者欄には自分の名前を記入し、酔って帰ってきた玲子に離婚届を突きつけると、鼻歌を歌いながら何の迷いもなく名前を書いた。
「もう二度と会うことはない。この子にも会わせない」
「ええ、全部私の思い通りね」
「今週中には出て行くよ。ベビー用品は全て持っていくから、後は好きに処分してくれ」
「あなたの物は残さないでね。気分が悪いわ。裕子さんもそうしたんだから、あなたもきっちりそうしてちょうだいな」
もう一言も話す気になれず、孝志は寝室に入って鍵をかけた。
酔ったまま風呂に入ったのだろう玲子が、寝室のドアを開けることは無かった。
朝起きると、玲子はすでにいなかった。
子供を保育所に連れて行き、その足でホームセンターへ向かう。
数個の段ボール箱と、コロ付きのボストンバッグをカートに入れ、レジに並んだ。
レンタカー会社に電話して、チャイルドシート付の乗用車を手配する。
乗り捨て料金が思いのほか高かったので、返却プランを選択した。
預かってもらえる時間までには荷造りを終えたいと思い、コンビニでむすびとお茶を買って家路を急ぐ。
段ボール箱を組み立てながら、裕子もこんな気持ちだったのだろうかと考えた。
「いや、こんなもんじゃないよな……もっと最低な気分だったはずだ……裕子……どこにいるんだ? 会いたいよ……」
時計を見ると午後三時を過ぎていたが、孝志は涙を止めることができなかった。
ひとしきり泣いた後、ベビー用品だけはなんとか荷造りをして保育所に向かう。
急な退所を詫び、預けていた布団などを受け取った。
「重たくなったな。明日からは賑やかになるぞ。俺がちゃんと育ててやるからな」
胡坐の中でならお座りができるようになり、離乳食を食べさせるのも楽になった。
レトルトのベビーフードを皿に移し、自分は買ってきたむすびを頬張る。
玲子は全て持っていくように言っていたが、そんなことなど気にする必要はない。
ベビー用品と数日分の着替えだけを詰めた。
その夜、玲子は戻ってこず連絡もない。
このところ外泊する日が増えていたので今更なのだが、このまま母子を別々にして良いのだろうか……しかし、本人がそれを望んでいるのだと思い直し、息子の横で目を閉じた。
そして翌朝、かずとに離乳食を食べさせた孝志は、レンタカーに乗り込んだ。
幸いなことに息子はぐずることもなく、運転中ずっと眠っていた。
通常なら車なら3時間もあれば到着するが、乳児を乗せていることも考えて安全運転を心がけつつ、頻繫に休憩も取った。
「ただいま」
このところ帰っていなかった実家は、思っていたよりずっと古びた印象に驚いた。
奥からパタパタとスリッパの音がして、孝志の母親が出迎える。
「……お帰りさない。その子なの?」
「うん、かずとっていうんだ。一人と書いてかずとと読ませるんだよ」
「そう……まあ早く上がりなさい。赤ちゃんは私が抱くわ」
「荷物があるんだけど、雄二はいないの?」
「いるわけ無いでしょう? 働いてるのよ?」
「ああ、そりゃそうか」
「あんた、仕事は?」
「辞めてきた。辞めるしか無かったんだ」
リビングから父親が顔を出した。
「帰ったか……こっちに来い」
「うん……」
初めて見る孫を戸惑いながらも受け取った母親の前を通り、リビングに向かう。
孝志は自分のやらかしの酷さを十分に理解しているつもりだったので、殴られる覚悟はしていた。
「まあ座れ。お前も疲れただろう」
予想外の労う言葉に、かえって孝志は戸惑った。
「父さん……俺……」
「後でゆっくり聞くよ。もう終わったことだが、裕子さんには俺たちからも謝らなくてはいけない」
孝志は父親の言葉に涙が込み上げた。
「部屋はそのままだ。そこを使え」
そう言うと父親は孝志を残して出て行った。
ふと見るとレンタカーを返却する時間が近づいている。
「俺レンタカーを返しに行かなくちゃいけないんだ。だから戻って来るのが夜中になるんだけど、それまでこいつを頼みたいんだ」
「乗り捨てにしてないのか? 今から東京に戻るなんて無茶だろう。子供も可哀そうじゃないか。今から変更できんのか? だめなら1日延長にして明日返すようにすればいい。明日なら俺でも雄二でも一緒にいってやれる」
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なんだかんだと言い訳をしてまで避けていた家族の優しさに、言いようのない気持ちが込み上げる。
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