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恋というものは
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ずっと好きだった。
自分の全てを捧げても悔いが無いほど、私はあなたが好きだった。
でもあなたが選んだのは私では無かった。
私の献身を何度も諫めてくれた友人に言われた。
「早く忘れてしまいなさい。あなたは利用されただけなの。もうわかったでしょう?」
そうね、早く認めなくては。
私は選ばれなかったのだもの。
私より前に付き合っていた女たちの話を、寝物語にあなたの口から聞いたこともあった。
「もう来るなって言われてさぁ。でも諦められなくて彼女の部屋の側にある木によじ登って、窓を叩いたんだよ。そしたら彼女が部屋に入れてくれてね」
「そんなことしたの? そんなに好きだったの?」
「うん、好きだった。その時は会いたい一心だったんだ……もう過去のことだけど」
彼の口から出た『過去』という言葉に酷く安心した私がいた。
どれほど彼に思われていたとしても、彼女は『過去』で私は『今』だと思った。
そう思うだけで、彼の過去のことなどどうでも良いとさえ思った。
むしろそんな話を私にしてくれることに、喜びさえ感じていた私。
「他にもある?」
「あるよ。一度は別れたんだけど、忘れられなくて何度も何度も通い詰めて、よりを戻したこともある。まあ、結局また別れちゃったけどね」
「あなたって意外と未練たらしいのねぇ」
「好きな女にはね。振られても何かあるとまた会いたいなって思っちゃうんだ。それって普通だろ? 行動に移すか移さないかっていうだけで、男なんてみんなそんなもんだぜ? 男の方が女々しいんだよ」
「でもあなたにそれほど好かれていたって思ったら、女の方も嬉しかったでしょうね」
「どうかな……本気で迷惑そうな顔をされたこともあるけどね。本当にその人の幸せを願うならきれいさっぱり手放すべきだったのかもしれないな」
そう言ってあなたは私を抱き寄せて、楽しそうに笑った。
それからもずっと、私はあなたのためになることだけをしていたつもりだったのに。
自分に不利になるようなことでも、あなたが望むなら進んで悪者にもなったのに。
それでも私は選ばれなかった。
あなたが無造作に置いていた女からの手紙を私が読んでしまった日、あなたは私に言った。
「うるさい! そんなに嫌なら出て行けよ。それほど俺を信用できないなら好きにすればいい」
ここは私が借りている部屋だ!
お金が無いって転がり込んできたのはあなたのほうだ!
私はあなたの作った借金を返すために働いていたのだ!
私は心に溜まっていたどす黒い感情をすべて吐き出した。
「この部屋に女を連れ込むなんて……そのベッドで抱くなんて……」
「だから、嫌なら出て行けよ。俺はこんな男なんだ。ああ、そうさ。俺はつまらん奴だよ。好きな女はみんな俺を捨てていく。もう良いよ……お前も同じだろ? 俺を捨てるんだろ? もう放っておいてくれ」
今までの女たちも同じような目に遭ったのだろうと知った。
そして別れを選んだのだろう。
追い縋られてよりを戻すことがあっても、結局別れたというのはこういうことなのだ。
「ここは私の家よ。出て行くのはあなたの方よ」
最後までいう前に、叩きつけるようにドアを閉めたあなた。
あれから少しだけ、あなたが謝って帰ってくるのを待っていた私。
でも二度とあなたは私の前に現れなかった。
「どうして引っ越さないの?」
あなたと別れたことを喜んだ友人に、そう言われた事がある。
「ここの景色は気に入っているし、仕事にも便利なのよ」
こう答えた私の本心を、彼女は知っていたのかもしれない。
曖昧に笑っていたけれど、私はあなたが縋ってくるのを待っていたのだから。
そう、過去の女たちのところに行ったみたいに、私のところにも来てくれるとまだ信じていたのだ。
でもあなたは一度も来なかった。
手紙も伝言も何も無かった。
出て行ってと言ったのは私だけれど、捨てられた気分のままこの部屋を出る決心がつかないままの私。
「ねえ知ってる? あの人結婚したらしいわ」
知らせてくれた友人は、とうに吹っ切れたのだと思ったのだろう。
自分でもそう思っていたのに、その話を聞いたとき、物凄く胸が痛んだ。
私だけ?
私には木に登ってでも会いたいと思えなかった?
私にはそれほどに未練も無かったの?
私はその程度の存在だったの?
私は今でもあなたが作った借金を返し続けているのよ?
ねえ、どうなの? 教えてよ。
できることならあなたの新居に乗り込んで、胸倉をつかんで罵ってやりたい。
奥さんになった人に、あなたのやってきたことを全部ぶちまけてやりたい。
そんな惨めなこと、できるわけが無い。
まあ、私なんてその程度なのだろう。
魅力の欠片も無いつまらない女なのだ。
そして私はやっとこの部屋から引っ越す決心ができた。
それから十年。
私は穏やかな人と巡り合い、少し遅めの結婚をした。
彼との友人にばったり出会って、誘われるまま酒を飲みに行った日、久しぶりに彼の噂を聞いた。
「あいつ、やっと離婚できたんだってさ」
「離婚?」
「ずっと別れたがってたけど、やっとサインしてもらえたらしいよ」
「へぇ……じゃあこの街に帰ってくるの?」
「いや、離婚届を提出したその足で、昔の女を追ってずっと遠い街に行ったよ。金を貸してくれって言われてさぁ。どうせまた返しやしないんだろうけれど、離婚祝いだって渡してやった。あんな奴でも友達だからね」
「昔の女? まだそんなことやってるの?」
「バカだよな。その女っていうのはあいつが初めて結婚を考えた女なんだぜ。何度振られても追い縋ってみっともない事ばかりしてたけど、ずっと好きだったんだろうな」
「その人のこと、聞いたことがあるわ。でも彼女って結婚していたでしょう?」
「うん、子供もいるよ。旦那が病死して故郷に帰ったらしいけど、詳しくは知らない」
「そうなんだ……変な奴」
「ほんと変な奴だよな」
別れてからもうすぐ十五年が経つというのに、この胸の痛みは何なのだろう。
私は夫を愛しているし、今の暮らしに何の不満もない。
なのになぜこれほど心が乱れるのだろうか。
私はまだあの人が好きなのだろうか。
いや、それは無い。
それだけは絶対に無いと断言できるのに……胸が痛い。
「何なのかしらね……」
「一生懸命だったじゃないか。あの頃の君って本当に一生懸命だったもの」
「そうね……バカよね」
「バカじゃないさ。俺なんてそこまでの恋をしたこともない。あの頃の君は、何と言うか……俺にとってはとても眩しかったよ」
「遠い昔のような気がするわ」
「遠い昔のことさ。それにあいつ本当は……いや、何でもない」
心をかき乱す噂をもたらした張本人は、少しだけ悲しそうな顔をして笑った。
でも教えてもらって良かったと思う。
私は間違いなくあなたに恋をしていたのだから。
本当にあの人が好きだった。
恋って不思議だ。
死ぬまでにあと何度あなたのことを思い出すのだろうか。
自分の全てを捧げても悔いが無いほど、私はあなたが好きだった。
でもあなたが選んだのは私では無かった。
私の献身を何度も諫めてくれた友人に言われた。
「早く忘れてしまいなさい。あなたは利用されただけなの。もうわかったでしょう?」
そうね、早く認めなくては。
私は選ばれなかったのだもの。
私より前に付き合っていた女たちの話を、寝物語にあなたの口から聞いたこともあった。
「もう来るなって言われてさぁ。でも諦められなくて彼女の部屋の側にある木によじ登って、窓を叩いたんだよ。そしたら彼女が部屋に入れてくれてね」
「そんなことしたの? そんなに好きだったの?」
「うん、好きだった。その時は会いたい一心だったんだ……もう過去のことだけど」
彼の口から出た『過去』という言葉に酷く安心した私がいた。
どれほど彼に思われていたとしても、彼女は『過去』で私は『今』だと思った。
そう思うだけで、彼の過去のことなどどうでも良いとさえ思った。
むしろそんな話を私にしてくれることに、喜びさえ感じていた私。
「他にもある?」
「あるよ。一度は別れたんだけど、忘れられなくて何度も何度も通い詰めて、よりを戻したこともある。まあ、結局また別れちゃったけどね」
「あなたって意外と未練たらしいのねぇ」
「好きな女にはね。振られても何かあるとまた会いたいなって思っちゃうんだ。それって普通だろ? 行動に移すか移さないかっていうだけで、男なんてみんなそんなもんだぜ? 男の方が女々しいんだよ」
「でもあなたにそれほど好かれていたって思ったら、女の方も嬉しかったでしょうね」
「どうかな……本気で迷惑そうな顔をされたこともあるけどね。本当にその人の幸せを願うならきれいさっぱり手放すべきだったのかもしれないな」
そう言ってあなたは私を抱き寄せて、楽しそうに笑った。
それからもずっと、私はあなたのためになることだけをしていたつもりだったのに。
自分に不利になるようなことでも、あなたが望むなら進んで悪者にもなったのに。
それでも私は選ばれなかった。
あなたが無造作に置いていた女からの手紙を私が読んでしまった日、あなたは私に言った。
「うるさい! そんなに嫌なら出て行けよ。それほど俺を信用できないなら好きにすればいい」
ここは私が借りている部屋だ!
お金が無いって転がり込んできたのはあなたのほうだ!
私はあなたの作った借金を返すために働いていたのだ!
私は心に溜まっていたどす黒い感情をすべて吐き出した。
「この部屋に女を連れ込むなんて……そのベッドで抱くなんて……」
「だから、嫌なら出て行けよ。俺はこんな男なんだ。ああ、そうさ。俺はつまらん奴だよ。好きな女はみんな俺を捨てていく。もう良いよ……お前も同じだろ? 俺を捨てるんだろ? もう放っておいてくれ」
今までの女たちも同じような目に遭ったのだろうと知った。
そして別れを選んだのだろう。
追い縋られてよりを戻すことがあっても、結局別れたというのはこういうことなのだ。
「ここは私の家よ。出て行くのはあなたの方よ」
最後までいう前に、叩きつけるようにドアを閉めたあなた。
あれから少しだけ、あなたが謝って帰ってくるのを待っていた私。
でも二度とあなたは私の前に現れなかった。
「どうして引っ越さないの?」
あなたと別れたことを喜んだ友人に、そう言われた事がある。
「ここの景色は気に入っているし、仕事にも便利なのよ」
こう答えた私の本心を、彼女は知っていたのかもしれない。
曖昧に笑っていたけれど、私はあなたが縋ってくるのを待っていたのだから。
そう、過去の女たちのところに行ったみたいに、私のところにも来てくれるとまだ信じていたのだ。
でもあなたは一度も来なかった。
手紙も伝言も何も無かった。
出て行ってと言ったのは私だけれど、捨てられた気分のままこの部屋を出る決心がつかないままの私。
「ねえ知ってる? あの人結婚したらしいわ」
知らせてくれた友人は、とうに吹っ切れたのだと思ったのだろう。
自分でもそう思っていたのに、その話を聞いたとき、物凄く胸が痛んだ。
私だけ?
私には木に登ってでも会いたいと思えなかった?
私にはそれほどに未練も無かったの?
私はその程度の存在だったの?
私は今でもあなたが作った借金を返し続けているのよ?
ねえ、どうなの? 教えてよ。
できることならあなたの新居に乗り込んで、胸倉をつかんで罵ってやりたい。
奥さんになった人に、あなたのやってきたことを全部ぶちまけてやりたい。
そんな惨めなこと、できるわけが無い。
まあ、私なんてその程度なのだろう。
魅力の欠片も無いつまらない女なのだ。
そして私はやっとこの部屋から引っ越す決心ができた。
それから十年。
私は穏やかな人と巡り合い、少し遅めの結婚をした。
彼との友人にばったり出会って、誘われるまま酒を飲みに行った日、久しぶりに彼の噂を聞いた。
「あいつ、やっと離婚できたんだってさ」
「離婚?」
「ずっと別れたがってたけど、やっとサインしてもらえたらしいよ」
「へぇ……じゃあこの街に帰ってくるの?」
「いや、離婚届を提出したその足で、昔の女を追ってずっと遠い街に行ったよ。金を貸してくれって言われてさぁ。どうせまた返しやしないんだろうけれど、離婚祝いだって渡してやった。あんな奴でも友達だからね」
「昔の女? まだそんなことやってるの?」
「バカだよな。その女っていうのはあいつが初めて結婚を考えた女なんだぜ。何度振られても追い縋ってみっともない事ばかりしてたけど、ずっと好きだったんだろうな」
「その人のこと、聞いたことがあるわ。でも彼女って結婚していたでしょう?」
「うん、子供もいるよ。旦那が病死して故郷に帰ったらしいけど、詳しくは知らない」
「そうなんだ……変な奴」
「ほんと変な奴だよな」
別れてからもうすぐ十五年が経つというのに、この胸の痛みは何なのだろう。
私は夫を愛しているし、今の暮らしに何の不満もない。
なのになぜこれほど心が乱れるのだろうか。
私はまだあの人が好きなのだろうか。
いや、それは無い。
それだけは絶対に無いと断言できるのに……胸が痛い。
「何なのかしらね……」
「一生懸命だったじゃないか。あの頃の君って本当に一生懸命だったもの」
「そうね……バカよね」
「バカじゃないさ。俺なんてそこまでの恋をしたこともない。あの頃の君は、何と言うか……俺にとってはとても眩しかったよ」
「遠い昔のような気がするわ」
「遠い昔のことさ。それにあいつ本当は……いや、何でもない」
心をかき乱す噂をもたらした張本人は、少しだけ悲しそうな顔をして笑った。
でも教えてもらって良かったと思う。
私は間違いなくあなたに恋をしていたのだから。
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恋って不思議だ。
死ぬまでにあと何度あなたのことを思い出すのだろうか。
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