一言主神の愛し子

志波 連

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43 継子神と使徒神

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 ニマッと笑ったおじいちゃんが、すが坊のわき腹を肘で小突いた。
 コホンとひとつ咳をして、すが坊が口を開く。

「安倍一真君、君は陰陽師としてなかなかの力を持っている。悪しき神との戦いでもそうだし、湧き出す悪霊を抑える技も安倍陰陽師の宗家を思い出させるほどだった」

 一真が三つ指を突いて頭を下げた。

「お褒め戴き感謝申し上げます」

 すが坊がチラッとハナを見た。

「そこでだ。君さえよければここにおわす一言主神様の使徒神となり、永代にお仕えする気は無いか?」

「使徒神! それはまた畏れ多いことでございます。勿論私に異論などございませんが……少しばかり心残りはございます」

「ほう? それは何かな?」

 一真がチラッとハナを見た。

「今までこのような気持ちを抱いたことは一度もございませんでしたが、気になる女性ができまして……」

「ほうほう! それはそれは! それは誰ぞ? 使徒神となれば人には非ず。人の世に残心あらば、何かと辛かろう」

 おじいちゃんとすが坊は、肘で小突きあいながら笑いをこらえていた。
 一真がガバッと顔を上げた。

「一言主神様に申し上げます! 安倍一真は陰陽師として永代お仕えする前に、妻を娶りとう存じます」

「誰を望む? 申してみよ」

 一真の顔にさっと朱がさし、一瞬だけ俯いたが、すぐに目を上げて目の前の二神を見つめる瞳に力を込めた。

「ここにおられる葛城ハナ様を望みます!」

 その瞬間、座敷中に神々が溢れかえった。
 みんな幼子の姿になっているとはいえ、これだけの神がこの部屋に集まったのは前代未聞のことだった。

 土間ではシマとヤスが腕を組んでにこやかに笑っているし、その横でハクが梅の小枝を抱いている。
 
「ハナや、どうする?」

 おじいちゃんがニヤニヤしながら口を開いた。
 ハナは真っ赤な顔で俯いたまま、微動だにしていない。
 返事をしないハナを見て、神々が動きを止めた。
 微妙な空気が座敷を包み込む。

 数秒後、最初に動いたのは一真だった。

「ハナちゃん、急で驚いたよね。ごめんね、私は持って生まれたこの力を、ヒノモトの安寧のために使いたいとずっと思っていたんだ。でも私は人間で、寿命もある。いくら頑張っても数十年というところだ」

 ハナが俯いたまま頷いた。

「先ほど一言主神様から使徒神にしても良いというお言葉をいただいた。これは我ら陰陽師の悲願だ。これほどうれしいことはない。でもね、私は君と一緒にいたいという願いを捨てきれないんだよ」

 ハナがゆっくりと顔を上げた。

「ハナちゃん、私のお嫁さんになってくれないか?」

 ハナが息を吞み、神々が固唾を飲んだその時、どぉぉぉんと大きな音が社を揺らした。

「吉備津神様が援軍をとのことでございます!」

 ボロボロになった雉の式神が飛び込んできた。

「思いのほか悪鬼の数が多く、結界が破られそうだということです。吉備津神様のみでは守り切れないほどの数で、悪霊の類も加勢しています」

 おじいちゃんが驚いた顔をした。

「なんじゃと? 吉備津のみ? みんな帰ってきてしもうたのか?」

 神々がバツの悪そうな顔で目を逸らす。
 熊ジイがプッと吹き出し、最上のおばちゃんが肩を竦めた。

「ハナちゃん、私が帰ってくるまでに返事を考えておいてくれ」

 そう言うと一真が立ち上がった。
 ハナが驚いた顔で一真の方に手を伸ばす。
 その手を握り一真が言った。

「ハナちゃん、絶対に無事で帰ってくるから。吉備津神様のためにご飯を頼むよ」

「うん、わかった。かず君は何が食べたい?」

「ハナちゃんが作ってくれたものなら何でも嬉しいけど……久しぶりにライスカレーが食べたいな」

「任せといて! おいしいライスカレー作るから必ず無事で帰ってね」

 一真はにっこりと笑い、握ったハナの指先に唇で触れてから消えた。
 そのまま固まってしまったハナにシマが声を掛ける。

「ハナさん、お買い物に行きましょう。急がないと間に合いませんよ」

「ワシが肉を準備しよう」

 ヤスさんが嬉しそうに消えていく。
 ハナは頷き、威勢よく立ち上がった。
 おじいちゃんが熊ジイに言う。

「それで結局どうなったのじゃ?」

 熊ジイは肩を竦めただけで何も言わず、いそいそと立ち働くハナを微笑ましく眺めた。

「さあ、我らも加勢に参るぞ!」

 最上のおばちゃんの号令でおじいちゃん以外の神々が一斉に消えた。
 社に独りポツンと残ったおじいちゃんが呟く。

「ハナよ。我が愛し子よ。幸多き日々であらんことを願う」

 その呟きは神力を纏い、言霊となって空に吸い込まれていった。





おしまい
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