一言主神の愛し子

志波 連

文字の大きさ
上 下
36 / 43

36 石積みの塚

しおりを挟む
 少し目を伏せながら発した言葉は、ハナにとって衝撃的な内容だった。

「先ほどの物の怪は、この地に打ち捨てられた赤子や幼子達の塊でした」

「塊とな? もしや間引き子か……憐れな事じゃ」

「言葉も理解せず、恨む相手もわからないまま体が朽ち果て、己の死を理解せぬままに腹を空かせてこの社に集まって来たようです」

「まあ! なんということじゃ!」

 先ほどまで妖艶な雰囲気で一真を誘惑しようとしていた水分神が顔色を変えた。

「そういうことなら、まだこの山中には漂う子らがおるに違いない。我が社の参道脇に水子の塚を作ろうぞ。もしその塚に供物を供える者なくば、我が社に供えられしものをわけ与えようぞ」

 ハナは少しだけ水分神を見直した。
 熊ジイがハナに言い訳をするように言った。

「この地は酷く貧しい時代があったのじゃ。子が産まれても育てるだけの米がない。捨てるしか無かったのじゃろう。親も辛かったであろうが、置き去りにされた子らも憐れじゃ。かず君や、祈ってやってくれ」

「畏まりました」

 ふと見るとヤスとウメが参道の脇に石を積んで塚を作っている。
 ハナは駆け寄ってそれを手伝った。

「ハナちゃん、この石に供養の祝詞を書いてくれるかい?」

 一真が平らな石を差し出してきた。

「はい、供養の祝詞と心安らかになる祝詞を書きます」

 ハナは熊ジイから手渡された筆を握り、一心にそれを書き上げた。
 書き終わって一真を見ると、何やら呟きながらその石の上で印を結ぶ。

「何したの?」

「風雨で朽ちないように補強しておいたんだ」

 ハナから石を受け取り、塚の前に置く一真。
 二人は並んで祈りを捧げた。
 ふと水分神が言う。

「この地は遠方なれど、悪しき神の気配を感じることがあるのじゃ。それは風に乗って去って行くのじゃが、どうやら海に向かっておる。まさか綿津見(わだつみ)ではあるまいな」

 熊ジイが神妙な顔で口を開いた。

「よもやそのような上位神が堕ちるとは思えぬが、気を付けて見張るようにしよう。もしかすると綿津見の御子かもしれんでなぁ」

 ふとハナは思った。
 今回の三坂神の騒動も御子が攫われたという事が発端だとおじいちゃんは言っていた。
 そしてその御子は天に戻ったと。

「ねえ熊ジイ、神様のお子って神ではないの?」

「ああ、違う。神の子は神の血をもつただの人間じゃ。そういう意味ではお前も同じじゃ」

 自分が神の御子などと考えたことも無かったハナは慌てた。

「私も? あり得ないわぁ」

「そもそも他の御子たちは自分に神の血が流れているとは思わぬさ。神と契った者たちも、まさか神と番ったなどとは思いもすまいよ」

「神様って普通に人の姿になって結婚とかするの?」

「それは神によるなぁ。そもそも神に繫殖という概念は無い。ただの気まぐれじゃ」

「気まぐれで子供を作るなんて、どうなのかしら」

「まあ人間の一生など、我らにとっては一瞬の出来事じゃ。悪う思うな」

「熊ジイも御子がいるの?」

「ああ、おるよ。何人かは忘れたから聞かんでくれろ」

 ハナはジトっと熊ジイを見つめながら言った。

「まあ、そういうことは本人たちの問題だからね。さあ、かず君とヤスさんとウメさん。さっさと終わらせちゃいましょう」

 ハナは不機嫌そうな顔で言い放つと、水分神に向かって頭を下げた。

「おじいちゃんが心配していました。何かあったらすぐに知らせてくださいね」

「ああ、承知した。気にかけてもらって有難いと伝えてくれ。ハナちゃんも頑張ってな」

「はい、では御前失礼いたします。熊ジイも早く社に戻ってね。案内してくれてありがとうね。今度来るときには味噌餅忘れないで」

「承知した」

 熊ジイがニコニコと笑った。
 そんな二人に手を振って、ハナ達は再び手を繋ぎ合った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし姫を娶った中尉殿は、西洋料理でおもてなし

枝豆ずんだ
キャラ文芸
旧題:あやかし姫を娶った中尉殿は、西洋料理を食べ歩く さて文明開化の音がする昔、西洋文化が一斉に流れ込んだ影響か我が国のあやかしやら八百万の神々がびっくりして姿を表しました。 猫がしゃべって、傘が歩くような、この世とかくりよが合わさって、霧に覆われた「帝都」のとあるお家に嫁いで来たのは金の尾にピンと張った耳の幼いあやかし狐。帝国軍とあやかしが「仲良くしましょう」ということで嫁いで来た姫さまは油揚げよりオムライスがお好き! けれど困ったことに、夫である中尉殿はこれまで西洋料理なんて食べたことがありません! さて、眉間にしわを寄せながらも、お国のためにあやかし姫の良き夫を務めねばならない中尉殿は遊び人の友人に連れられて、今日も西洋料理店の扉を開きます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...