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34 安倍一真
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ちょっとだけシマを睨んでから、それらを受け取り引き返すハナ。
きれいに畳んで籠に入れてあった一真の着物を取り出し、狩衣と袴を入れる。
ふと肌着も必要だと思い立ち、振り返ると真っ白な晒しで作られた男性用の肌着一式を持ったシマが立っていた。
「ありがとう、入れておいてね」
「あら、ハナさんが入れてあげて下さいな」
「私が殿方の肌着を?」
「ええ、肌着も褌も毎日洗うんですよ? 何を今更照れているんですか。ほほほほほほほ」
シマからそれらを押し付けられ、ハナは困惑しながらも狩衣の下に忍ばせた。
ザブンという音がして、一真が滝から上がったことを知る。
ハナは慌てて立ち上がり踵を返した。
後ろからありがとうと言う一真の声がしたが、振り返る余裕などない。
ハナはそのまま裏庭に出て、井戸の前で顔を何度も洗った。
「そんなに洗うと肌が痛みますよ?」
ウメの声に頷きながら、ハナはほうっと息を吐いた。
やっと落ち着きを取り戻し、厨房に入るとおじいちゃんから声がかかる。
「おーい、ハナ。今日の社廻りに一真を同道せよ」
せっかく落ち着いたハナの心臓が、再び激しく暴れ始める。
そんな気持ちなどお構いなく、どんどん話が進んでいった。
巫女服を着て座敷に入ると、先ほどの狩衣を見事に着こなした一真がにこやかにこちらを見ている。
「今日は東北を廻ってもらうつもりじゃ。数は少ないが熊ジイのところに行ってから、水分のところも廻ってほしい」
「ああ、みいちゃんね?」
「う……うん……」
ちょっとだけ意趣返しをした気分になったハナは、ニヤッと笑った。
「すぐに出ますか?」
一真がおじいちゃんに聞く。
美し過ぎる幼子たちに囲まれた、美し過ぎる面立ちの一真という絵面に、ハナはかえって冷静さを取り戻した。
(美丈夫保育園という名前はどうかしら)
そんなことを考えながらニマニマと笑っていると、目の前にサッと手を差し出された。
目を上げると一真の笑顔が降って来る。
「行きましょうか、ハナさん」
「は、はい! 行きましょう安倍さん」
「どうぞ一真と呼び捨ててください」
「それは……無理!」
おじいちゃんが呆れたような声を出す。
「面倒な奴らじゃな。ハナちゃんとかずくんで良い! そうじゃ、そうせよ」
問答無用で互いの呼び名が決まり、ヤスとウメが待つ裏庭に送り出された。
四人で輪になるように手を繋ぎ、一瞬で熊ジイの社へと飛ぶ。
「なんと言うか……とても厳かな空気感ですね」
社前の石段に降り立った一真の第一声だ。
「そうでしょ? 清らかというか清々しいというか」
ハナが応えた。
「おお! ハナ坊ではいか。どうしたのだ? ここでも祝詞をくれるのか?」
熊ジイが社の中から出てきた。
自分の家では天狗の姿をしている。
「ここには必要ないでしょう? それとも初詣の言霊は捧げた方がいいかな?」
「おうよ! そちらは頼もうぞ。それはそうとお主……なかなかの霊力と見たが、もしや安倍の一族か? 安倍の力だけではないような感じだが」
一真が進み出て自己紹介をする。
「そうか、加茂のおっさんの子孫か。それなら納得じゃな、いや、今世最強というところだが、どうしてハナ坊と一緒に? もしや一言主神の指示か?」
ハナと一真が同時に頷いた。
「この山に紛れ込むことは無いと思うが、一応気配だけは探っておいてくれ。ではハナ坊、祝詞を頼むよ。終わったら味噌餅でもどうじゃ?」
あやうく頷きそうになったハナの横からヤスが口を挟んだ。
「有難きお言葉ではございますが、御上より水分の神の様子を伺いに同道願うよう申しつけられております」
「おお、そうか。水分のなぁ。よし、わかった。そうとなったら早い方が良い。その後もいろいろ廻るのじゃろう?」
ハナは頷き、社の前で精神を集中した。
初詣の祝詞を上げる前に、言霊を乗せる祝詞をあげる。
ハナの足元から真っ白な靄が立ち上ってきた。
「立派なものじゃ。さすが愛し子というところか」
熊ジイの言葉に何度も頷きながら、ハナのその姿を初めて見た一真は心を奪われたような表情をしていた。
「……よって件のごとし」
ハナが最後まで言い終わった時、熊ジイが声を掛けた。
頬を染め肩で息をするハナに、一真が冷たい清水を満たした柄杓を手渡す。
「ご苦労様、ハナちゃん」
「あ……ありがとう、かず君」
それをニマニマと笑いながら見ている熊ジイに、空になった柄杓を押し付け、ハナが言った。
「早くみいちゃんのところに行こう」
手を繋いだ四人を大きな腕で抱きかかえるようにした熊ジイが水分神の社へと飛ぶ。
前に来た時は荒れ果てていた参道も、きれいに掃き清められており、社の前には三方に持った新米と餅とスルメが捧げられている。
「良かった……詣でる人ができたんだね」
「ハナ坊のお陰さ。あれから村人たちが交代で詣でているんじゃよ。杣人たちも仕事の行き帰りに立ち寄るようになった。これでこの地の水は安泰じゃ」
熊ジイが水分神に声を掛けている時、ふと一真の顔に緊張が走った。
きれいに畳んで籠に入れてあった一真の着物を取り出し、狩衣と袴を入れる。
ふと肌着も必要だと思い立ち、振り返ると真っ白な晒しで作られた男性用の肌着一式を持ったシマが立っていた。
「ありがとう、入れておいてね」
「あら、ハナさんが入れてあげて下さいな」
「私が殿方の肌着を?」
「ええ、肌着も褌も毎日洗うんですよ? 何を今更照れているんですか。ほほほほほほほ」
シマからそれらを押し付けられ、ハナは困惑しながらも狩衣の下に忍ばせた。
ザブンという音がして、一真が滝から上がったことを知る。
ハナは慌てて立ち上がり踵を返した。
後ろからありがとうと言う一真の声がしたが、振り返る余裕などない。
ハナはそのまま裏庭に出て、井戸の前で顔を何度も洗った。
「そんなに洗うと肌が痛みますよ?」
ウメの声に頷きながら、ハナはほうっと息を吐いた。
やっと落ち着きを取り戻し、厨房に入るとおじいちゃんから声がかかる。
「おーい、ハナ。今日の社廻りに一真を同道せよ」
せっかく落ち着いたハナの心臓が、再び激しく暴れ始める。
そんな気持ちなどお構いなく、どんどん話が進んでいった。
巫女服を着て座敷に入ると、先ほどの狩衣を見事に着こなした一真がにこやかにこちらを見ている。
「今日は東北を廻ってもらうつもりじゃ。数は少ないが熊ジイのところに行ってから、水分のところも廻ってほしい」
「ああ、みいちゃんね?」
「う……うん……」
ちょっとだけ意趣返しをした気分になったハナは、ニヤッと笑った。
「すぐに出ますか?」
一真がおじいちゃんに聞く。
美し過ぎる幼子たちに囲まれた、美し過ぎる面立ちの一真という絵面に、ハナはかえって冷静さを取り戻した。
(美丈夫保育園という名前はどうかしら)
そんなことを考えながらニマニマと笑っていると、目の前にサッと手を差し出された。
目を上げると一真の笑顔が降って来る。
「行きましょうか、ハナさん」
「は、はい! 行きましょう安倍さん」
「どうぞ一真と呼び捨ててください」
「それは……無理!」
おじいちゃんが呆れたような声を出す。
「面倒な奴らじゃな。ハナちゃんとかずくんで良い! そうじゃ、そうせよ」
問答無用で互いの呼び名が決まり、ヤスとウメが待つ裏庭に送り出された。
四人で輪になるように手を繋ぎ、一瞬で熊ジイの社へと飛ぶ。
「なんと言うか……とても厳かな空気感ですね」
社前の石段に降り立った一真の第一声だ。
「そうでしょ? 清らかというか清々しいというか」
ハナが応えた。
「おお! ハナ坊ではいか。どうしたのだ? ここでも祝詞をくれるのか?」
熊ジイが社の中から出てきた。
自分の家では天狗の姿をしている。
「ここには必要ないでしょう? それとも初詣の言霊は捧げた方がいいかな?」
「おうよ! そちらは頼もうぞ。それはそうとお主……なかなかの霊力と見たが、もしや安倍の一族か? 安倍の力だけではないような感じだが」
一真が進み出て自己紹介をする。
「そうか、加茂のおっさんの子孫か。それなら納得じゃな、いや、今世最強というところだが、どうしてハナ坊と一緒に? もしや一言主神の指示か?」
ハナと一真が同時に頷いた。
「この山に紛れ込むことは無いと思うが、一応気配だけは探っておいてくれ。ではハナ坊、祝詞を頼むよ。終わったら味噌餅でもどうじゃ?」
あやうく頷きそうになったハナの横からヤスが口を挟んだ。
「有難きお言葉ではございますが、御上より水分の神の様子を伺いに同道願うよう申しつけられております」
「おお、そうか。水分のなぁ。よし、わかった。そうとなったら早い方が良い。その後もいろいろ廻るのじゃろう?」
ハナは頷き、社の前で精神を集中した。
初詣の祝詞を上げる前に、言霊を乗せる祝詞をあげる。
ハナの足元から真っ白な靄が立ち上ってきた。
「立派なものじゃ。さすが愛し子というところか」
熊ジイの言葉に何度も頷きながら、ハナのその姿を初めて見た一真は心を奪われたような表情をしていた。
「……よって件のごとし」
ハナが最後まで言い終わった時、熊ジイが声を掛けた。
頬を染め肩で息をするハナに、一真が冷たい清水を満たした柄杓を手渡す。
「ご苦労様、ハナちゃん」
「あ……ありがとう、かず君」
それをニマニマと笑いながら見ている熊ジイに、空になった柄杓を押し付け、ハナが言った。
「早くみいちゃんのところに行こう」
手を繋いだ四人を大きな腕で抱きかかえるようにした熊ジイが水分神の社へと飛ぶ。
前に来た時は荒れ果てていた参道も、きれいに掃き清められており、社の前には三方に持った新米と餅とスルメが捧げられている。
「良かった……詣でる人ができたんだね」
「ハナ坊のお陰さ。あれから村人たちが交代で詣でているんじゃよ。杣人たちも仕事の行き帰りに立ち寄るようになった。これでこの地の水は安泰じゃ」
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