一言主神の愛し子

志波 連

文字の大きさ
上 下
31 / 43

31 前哨戦

しおりを挟む
 翌朝も太陽が昇る前に身を清め、昇ると同時に祝詞を捧げたハナは、残っている式神達を叩き起こし、裏庭に備え付けた巨釜で米を炊き始めた。
 ハクとシマがテキパキと指示を出し、次々に握り飯が出来上がっていく。
 しかし握った端から消えていくように消費されていくため、手を休める暇も無い。
 しかも戻って来る神々は、衣がズタズタになっていたりひっかき傷を負っていたりと無事な姿の者は一人もいない状態だった。

 炊飯が一段落したのを見計らったハクが、その場を桜木の精に任せ傷の手当に当たる。
 その横で蓬の精が薬研を忙しなく動かし、傷薬を作っていた。
 あまりの慌ただしさに呆然とするハナをシマが声を掛けて動かしていく。
 
「狛が堕ちました」

 片腕をだらんと垂らした神が戻ってきて言った。

「狛も堕ちたか」

「狛犬の長は留まっておりますが、大御神様の社前から動けない状態です」

「うぬぬ……奴は強い。信じよう」

 おじいちゃんが苦しそうに言うのをハナが心配そうに見つめる。

「ハナさん、ボーッとしている暇はありませんよ。私たちは榊束を作りますから、ハナさんは清めの祝詞をお願いします」

「はい!」

 清めの祝詞はすが坊が最初に教えてくれた祝詞だ。
 何度も何度も練習したので、もう何も見ずにスラすらかける。
 ハナが祝詞を書いた半紙を、片っ端から紙垂に折るのは猩々たちだ。
 猩々は式神より更に下位ではあるものの、人々の心を楽しませる力を持っているので、御幣を作るのに適している。
 殴り書きにならない程度に大急ぎで祝詞を書き上げるハナの横では、おじいちゃんが戻って来る神々から現状の報告を受けている。

「ハナさん! 握り飯が無くなりそうです」

 ウメの声にハッと顔を上げたハナは、ヤスさんに言って新しい米俵を納戸から出してもらった。

「ハクさん、手が空いたら炊飯よろしく」

「味噌汁のお湯を沸かしてください」

「香の物を追加してください」

 ハナは祝詞を1枚書くたびに、テキパキと指示を飛ばしていった。

「ハナ、そろそろ時間じゃ」

「はい」

 最後の1枚を書き上げたハナは、ウメさんとヤスさんを呼びに行かせて巫女服を身に纏った。

「今日は東を巡ってもらう」

 おじいちゃんが差し出した半紙には、百近い社の名が書いてあった。
 これを日が落ちるまでに回るとなると、かなり急がなくてはならない。
 猩々たちが作った御幣を背負い籠に入れながら、ヤスが頷いて見せた。

「じゃあ行ってくるね、おじいちゃん」

「ああ、道はウメが知っている。お前はウメとヤスと手を取り合ってそこに書いてある社の名を呟け。では頼んだぞ」

 そこまで言うとおじいちゃんは神々が頭を寄せ合って相談している輪に入って行く。
 ハナはウメの前足とヤスの左手を握り、ウメが示した社の名を呟いた。
 移動は一瞬だ。
 巫女服のハナは目立つのだが、なぜか人々は気にも留めない。
 これが信心離れということなのだろうと寂しく思いながら、ハナは社の前に立った。
 御幣を捧げ清めの祝詞をあげる。
 フッと中から風が吹き、よれよれのおばあさんが這いずって出てきた。

「おばあさん! 大丈夫?」

「ああ、一言主神様の匂いがすると思えば愛し子様か。間に合ったぞ。助かった」

 おばあさんの姿をしているのはこの社を守る神だろう。
 気を失ったのかぐったりと動かないその神を、ウメが背中に乗せた。

「連れて帰ります。すぐに戻りますからその間に例のあれを」

 ウメの言葉にハナが頷くと、ウメの姿が神と一緒に消えた。
 ハナは集中して胸の前で手を合わせる。
 ヤスが少し離れて跪くと、ハナの足元に百合の花のように真っ白な靄が湧き出した。
 ハナが心を込めて祝詞を呟くと、通行人たちが足を止めてこちらを見ていた。

「ひふみよいむなやこともちろらゆ しきるゆゐつわぬそをたはくめか うおえにさりへて のますあせゑほれけ~」

 祝詞の中では短めだが、言葉に神力を乗せるのはなかなか体力を使う。
 ハナが言い終わった瞬間から、止まっていた時が動き出すように人々も動き出した。
 
「ハナちゃん、これでこの神社は初詣で賑わうよ」

 ヤスが立ち上がりながらハナを労った。

「そうなると良いね。ここの神主さんには会った方がいいの?」

「そうじゃな。それなりに修行を積んだ者ならハナちゃんの気配に気付いているはずじゃが、来ないということはダメかもしれんな」

 そう言うと懐から出した先ほどの半紙にバツ印を書き込んだ。
 ハナが社務所の方を見ていたらウメが帰ってきた。

「さあ、次に行きましょう」

 三人は再び手を繋いで次の社へと急いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

神様の学校 八百万ご指南いたします

浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: 八百万《かみさま》の学校。 ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。 1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。 来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。 ☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: ※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...