一言主神の愛し子

志波 連

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24 神々の帰還

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 葛城の社に戻ると、滞在していた神々が待ちかねたように座敷に並んでいた。

「赦しはいただいた。各々準備に入られよ。まだ堕ちていない者がおればすぐに救い出す故に、遠慮なく知らせるように」

 なんだか具体的な内容ではないと思ったが、どうやら全員納得しているようなのでハナは口を挟むことをやめた。
 ふと厨房を見ると、山のような食材が作業台に積まれている。
 ウメ狐が大根を何本も咥えて運び、その尻尾で器用に洗っている。
 ハクは洗米に忙しく、大竈にはすでに薪がくべられていた。

 ハナはたすき掛けをしながら土間に降り、テキパキと調理を始める。
 準備されている食材を見るに、どうやら今夜のおかずは筑前煮とアジの塩焼きのようだ。

「ハクさん! どんどん七輪並べてアジを焼いていきましょう。洗ったコメはどんどん大釜に入れて下さい。水かげんは私が見ます」

 ハクは無言のまま頷き、その動きは三倍速に変わった。
 焼けた焼き網に塩を振ったアジが並べられていく。
 大根を洗い終わったウメさんが、再び器用に尻尾を動かし火加減を調節した。
 ハナは大きな釜に水を張り、ハクに言ってどんどん薪をくべていく。

「大根の味噌汁には油揚げがつきものですよね~」

 帰ってから初めてハクが口を開いた。

「そうですよね~ 油揚げは実家から送ってきていますから~」

 油揚げと聞いて気持ちが高揚したのか、ウメも嬉しそうだ。

「では油揚げの油抜きとねぎの小口切りはハクさんお願いします。私は筑前煮にかかりますので」

 鶏肉を手早く切り分け、菜の花の油で炒めていく。
 野菜はすでに洗い終わっており、あとは煮えにくいものから順に大鍋に投入していくだけだ。
 別に沸かしておいたお湯に、イリコと昆布を入れて出汁をとる。
 このとき使った昆布は佃煮にする予定だ。

「ハクさん、そこのレンコンと牛蒡を鍋に入れて炒めちゃってください。全体に油が回ったら人参と大根を入れます」

「了解です!」

 ハクの手際の良さもさることながら、ハナの指示も的確だ。
 味醂と醬油を炒めた野菜の上から回しかけ、出汁を柄杓で張っていく。
 塩と砂糖で味を調え、木蓋を少しずらして弱火で煮込む。
 その間に味噌汁を仕上げ、ハナは外で七輪の世話を焼くウメに声を掛けた。

「ウメさん、そっちはどうですか?」

「もう焼けました。ハク、順にお皿に盛りつけてちょうだい」

「はい、姉様」

 父親が違うといってもさすが姉妹だ。
 その連携作業はまったく無駄がなく、熟練の舞を見るようだった。

「私は大根をおろします」

 最終段階に突入したと判断したハナは、座敷に声を掛けた。

「できますよ~ お膳を出してくださいね~」

 子供たちがわらわらと集まってきて、自分の使う膳を持って滝前の縁側から順にお行儀よく並んでいく。

 ハナは炊きあがったご飯を大きな桶に大しゃもじで移し、板の間まで運んだ。

「ハクさん、お味噌汁お願い」

「はい!」

 アジの塩焼きを配り終えたハクが、木椀に味噌汁を注いでいく。
 神々と言えど上下関係はあるようで、何人かの子供たちが配膳を手伝ってくれた。

「いただきます!」

 おじいちゃんの号令で、一斉に箸を動かし始める子供たちの姿をした神々。
 ハナとハクは相変わらずお代わりを注ぐのに忙しかった。
 全員の箸が止まり、熊笹茶を啜り始めたときおじいちゃんがコホンとひとつ咳をして口を開く。

「今日より己が棲み処に動座せよ。言の葉に乗る噂に耳をそばだて、必ず報告を怠らぬように。使役する式神にはそれぞれの色を纏わせよ」

 全員が座りなおして頭を下げた。
 ここから近い神たちは、今日のうちに戻るようで、食事のお礼を言って手を振って消えていった。

「さあ、愛し子殿。宿題の採点をしましょうか」

 腹掛けをしたすが坊がニコニコしながらハナを手招きした。

「ああ、わからないところがわかりました。連用形が苦手なようですね」

 すが坊の的確な指導は、ハナの古代語力をめきめきと上達させていった。
 それを寝転がりながら見ていたおじいちゃん。

「なあ、すが坊。ハナに祝詞は任せられるか?」

「ええ、もう大丈夫でしょう」

「そうか。ではハナ、次は見極めじゃが、これは俺が共にするので心配するな。逆に言うと俺が一緒でないときは、誰に何を言われても祝詞を書いて呟いてはならんぞ」

「うん、わかった」

 ハナは頷きながらなんとも軽く返事をした。
 そしてその夜、事件は起きた。
 ドンという音で目覚めたハナが、慌てて行燈に火を入れる。
 子供たちはいつの間に起きたのか、全員が臨戦態勢を整えていた。
 土間に敷いた茣蓙の上で寝ていたはずのウメとハクは、七尾の狐と白大蛇の姿に変わっていた。

「何事ぞ!」

 おじいちゃんが向けた鋭い声の先を見たハナは息をのんだ。
 そこにはやせ衰え、髪もザンバラに乱れた老婆が横たわっている。
 駆け寄り手を貸そうとするハナを、近くにいた巌の女神の一人が体で止めた。

「まだ近寄ってはなりませぬ!」

「でも! 怪我を……」

「なりませぬ!」

 その鋭い声の迫力に、ハナの心臓が跳ねた。
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