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21 悪しき神
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本日より1日1話投稿です。よろしくお願いいたします。
昼食ができるまでの間、すが坊を含めた四神は頭を寄せ合っていた。
来るべき悪神との戦いに供え、神々を呼び集める算段を立てているのだが、どう見ても悪ガキが悪戯の相談をしているようにしか見えない。
「では、わしは遠国裏海側に向かおう」
熊ジイがそう言うと、最上のおばちゃんが頷いた。
「なら吾は遠国表海じゃな」
すが坊がすかさず言う。
「私は筑紫と讃岐を」
おじいちゃんが顎に手を当てた。
「近国と中国、そして坂東はどうするかの?」
熊ジイが言う。
「ああ、坂東なら戻りがてら大洗に声を掛けておこう。近国はウメの実家の伏見がよかろう? 中国は厳の姫か。ウメはもう飛べんから、すが坊が一緒に廻れ」
「わかりました」
最上のおばちゃんが口を開く。
「肝心の大神主様は?」
おじいちゃんが頷いた。
「俺がハナと共に行く」
相談は纏まった。
有るのか無いのか分からない大戦に供え、四神はすぐに動くことにした。
決意を新たにする四神の耳にハナの声が届く。
「できたよ~すぐに食べる?」
四神は一瞬で満面の笑みを浮かべた。
「本当に旨い。今まで食べた飯の中で一番旨い」
すが坊の大げさな誉め言葉に、ハナが笑いを嚙み殺す。
今日の昼餉はアジの干物と残っていた味噌汁だ。
他の三神は旨いのは当たり前くらいの勢いで、高速箸使いを披露していた。
「どれ、わしは一度戻って村人の様子を見てこよう。その足で昔馴染みを見舞うつもりじゃ。様子は式神を送る」
おじいちゃんが頷く。
「では吾は水分を見舞うてから棲み処に戻るとしよう。数日うちには全て廻れようぞ」
続けてすが坊が口を開いた。
「では私はハナさんに宿題を出してから、ウメと共に発ちましょう。棲み処の様子を見てすぐに、こちらに馳せ参じますゆえ」
ハナは宿題と聞いてぴくっとしたが、もともと勉強は嫌いではないので、苦には思わなかった。
「先生よろしくお願いします」
すが坊が頷き、書台を数秒見ていると、どこから湧き出てくるのかたくさんの書き込みがある古い文書綴りが数冊積み上がった。
「ハナさん、この古文書を全て清書してください。書き込みも含めて内容を理解しておいてくださいね。戻ったら問答をしましょう」
ハナは声に出さず頷いた。
今日はまだ白飯が釜に残っていたので、旅立つ三神と1匹に握り飯をこさえて持たせる。
にこやかに礼を言うと、それぞれが目的地に向かって消えた。
あれほど賑やかだった社に静寂が戻る。
滝の音がこれほど大きいと感じたのは初めてだった。
ウメの異父姉妹であるハクが、ハナの前に進み出た。
「愛し子様、どうぞご差配を」
おじいちゃんを見ると軽く頷いたので、ハナは湯殿の掃除とお湯張りを頼んだ。
夕食の希望を聞くと『肉』とのことだったので、目を閉じてシマさんにお願いしておく。
ついでにお酢とワカメも頼んでおいた。
ハナは縁側に座るおじいちゃんの横に並ぶ。
「ねえおじいちゃん、大戦って何?」
「ああ、そうだなぁ……ハナは水分の神を見ただろう?
「うん、みいちゃんね」
一言主神が咳払いをする。
「窶れ果てて人間に絶望しておっただろう? 今回はぎりぎり間に合ったが、あのまま放置されてしまうと祟り神になってしまうのじゃ。神というものは一方的に人間を守っているわけでは無い。そも我らが霊力の糧は信心。それを失えば飢えるのみよ」
「飢えるのは辛いよね。でも祟るってどうなの」
「祟りたくて祟るわけでは無い。長い長い時間を飢えに耐えつつ一人で社に籠るのは辛い。その辛い心に悪しき神が入り込むのじゃ。悪しき神とは我らと同じころに生まれた神たちじゃ。悪しき神は生まれたときから悪しき神。やつらの糧は疑心じゃ」
「良き神と悪しき神かぁ。表裏一体だね」
「そうじゃ。やはりハナは賢いのう。悪しき神に取りこまれた者が祟り神と呼ばれる存在になる。もともとは良き神じゃ。身の内に巣食った悪しき闇を吐き出して、元に戻ろうとするのは自明。中には戻れる者もおるが、吸い過ぎた闇は、吐き出しても闇。それが人に害を及ぼす」
「では元凶は人の悪心ってこと?」
「まあ原因はと聞かれればそうじゃが、目に見えぬものを信じて崇め称えよと言われてものう。どちらがどうというものではないと俺は思う」
「まあそうだよね。でも良き神たちは人の世の存続のために戦うのでしょう? なんか割にい合わないよね」
「ははは! そうじゃな。割には合わんな。しかしなぁ、人というものは欲にまみれ、他者と比べて嫉妬し、怨み嫉み、卑下したかと思うと驕り高ぶる。なんとも可愛い生き物じゃ」
「可愛い? ふふふ。おじいちゃんにはそう映るんだ」
「そうじゃな。それにのう、祟り神となった者たちも元はと言えば良き神じゃ。できれば戻してやりたいと思う。悪しき神はどこまで行っても悪しき神じゃ。だが必要悪なのじゃ。あれらがおらぬと人間の疑心を喰らう者がおらんようになるじゃろ? 世の中が疑心で溢れてしまうのじゃ」
「要するに塩梅ってことよね」
「そうじゃ、塩梅じゃ。それよりハナよ。すが坊からの宿題は良いのか? なかなか手強そうじゃったが?」
「うん、頑張るよ。もともと勉強は嫌いじゃないもの。むしろ楽しみ。でもね、久しぶりにおじいちゃんと二人でしょう? 宿題は明日からにするよ」
「そうか、では今宵はおじいちゃんと添い寝しようぞ」
「うん、良いよ」
二人がニカっと笑いあっていると、作業台の方でドサッという音がした。
「あ、お肉が届いた。今日は何のお肉だろうね」
ハナが立ち上がり厨房に向かう。
その後ろ姿を愛おしそうに眺める美少年の顔はとても穏やかだった。
昼食ができるまでの間、すが坊を含めた四神は頭を寄せ合っていた。
来るべき悪神との戦いに供え、神々を呼び集める算段を立てているのだが、どう見ても悪ガキが悪戯の相談をしているようにしか見えない。
「では、わしは遠国裏海側に向かおう」
熊ジイがそう言うと、最上のおばちゃんが頷いた。
「なら吾は遠国表海じゃな」
すが坊がすかさず言う。
「私は筑紫と讃岐を」
おじいちゃんが顎に手を当てた。
「近国と中国、そして坂東はどうするかの?」
熊ジイが言う。
「ああ、坂東なら戻りがてら大洗に声を掛けておこう。近国はウメの実家の伏見がよかろう? 中国は厳の姫か。ウメはもう飛べんから、すが坊が一緒に廻れ」
「わかりました」
最上のおばちゃんが口を開く。
「肝心の大神主様は?」
おじいちゃんが頷いた。
「俺がハナと共に行く」
相談は纏まった。
有るのか無いのか分からない大戦に供え、四神はすぐに動くことにした。
決意を新たにする四神の耳にハナの声が届く。
「できたよ~すぐに食べる?」
四神は一瞬で満面の笑みを浮かべた。
「本当に旨い。今まで食べた飯の中で一番旨い」
すが坊の大げさな誉め言葉に、ハナが笑いを嚙み殺す。
今日の昼餉はアジの干物と残っていた味噌汁だ。
他の三神は旨いのは当たり前くらいの勢いで、高速箸使いを披露していた。
「どれ、わしは一度戻って村人の様子を見てこよう。その足で昔馴染みを見舞うつもりじゃ。様子は式神を送る」
おじいちゃんが頷く。
「では吾は水分を見舞うてから棲み処に戻るとしよう。数日うちには全て廻れようぞ」
続けてすが坊が口を開いた。
「では私はハナさんに宿題を出してから、ウメと共に発ちましょう。棲み処の様子を見てすぐに、こちらに馳せ参じますゆえ」
ハナは宿題と聞いてぴくっとしたが、もともと勉強は嫌いではないので、苦には思わなかった。
「先生よろしくお願いします」
すが坊が頷き、書台を数秒見ていると、どこから湧き出てくるのかたくさんの書き込みがある古い文書綴りが数冊積み上がった。
「ハナさん、この古文書を全て清書してください。書き込みも含めて内容を理解しておいてくださいね。戻ったら問答をしましょう」
ハナは声に出さず頷いた。
今日はまだ白飯が釜に残っていたので、旅立つ三神と1匹に握り飯をこさえて持たせる。
にこやかに礼を言うと、それぞれが目的地に向かって消えた。
あれほど賑やかだった社に静寂が戻る。
滝の音がこれほど大きいと感じたのは初めてだった。
ウメの異父姉妹であるハクが、ハナの前に進み出た。
「愛し子様、どうぞご差配を」
おじいちゃんを見ると軽く頷いたので、ハナは湯殿の掃除とお湯張りを頼んだ。
夕食の希望を聞くと『肉』とのことだったので、目を閉じてシマさんにお願いしておく。
ついでにお酢とワカメも頼んでおいた。
ハナは縁側に座るおじいちゃんの横に並ぶ。
「ねえおじいちゃん、大戦って何?」
「ああ、そうだなぁ……ハナは水分の神を見ただろう?
「うん、みいちゃんね」
一言主神が咳払いをする。
「窶れ果てて人間に絶望しておっただろう? 今回はぎりぎり間に合ったが、あのまま放置されてしまうと祟り神になってしまうのじゃ。神というものは一方的に人間を守っているわけでは無い。そも我らが霊力の糧は信心。それを失えば飢えるのみよ」
「飢えるのは辛いよね。でも祟るってどうなの」
「祟りたくて祟るわけでは無い。長い長い時間を飢えに耐えつつ一人で社に籠るのは辛い。その辛い心に悪しき神が入り込むのじゃ。悪しき神とは我らと同じころに生まれた神たちじゃ。悪しき神は生まれたときから悪しき神。やつらの糧は疑心じゃ」
「良き神と悪しき神かぁ。表裏一体だね」
「そうじゃ。やはりハナは賢いのう。悪しき神に取りこまれた者が祟り神と呼ばれる存在になる。もともとは良き神じゃ。身の内に巣食った悪しき闇を吐き出して、元に戻ろうとするのは自明。中には戻れる者もおるが、吸い過ぎた闇は、吐き出しても闇。それが人に害を及ぼす」
「では元凶は人の悪心ってこと?」
「まあ原因はと聞かれればそうじゃが、目に見えぬものを信じて崇め称えよと言われてものう。どちらがどうというものではないと俺は思う」
「まあそうだよね。でも良き神たちは人の世の存続のために戦うのでしょう? なんか割にい合わないよね」
「ははは! そうじゃな。割には合わんな。しかしなぁ、人というものは欲にまみれ、他者と比べて嫉妬し、怨み嫉み、卑下したかと思うと驕り高ぶる。なんとも可愛い生き物じゃ」
「可愛い? ふふふ。おじいちゃんにはそう映るんだ」
「そうじゃな。それにのう、祟り神となった者たちも元はと言えば良き神じゃ。できれば戻してやりたいと思う。悪しき神はどこまで行っても悪しき神じゃ。だが必要悪なのじゃ。あれらがおらぬと人間の疑心を喰らう者がおらんようになるじゃろ? 世の中が疑心で溢れてしまうのじゃ」
「要するに塩梅ってことよね」
「そうじゃ、塩梅じゃ。それよりハナよ。すが坊からの宿題は良いのか? なかなか手強そうじゃったが?」
「うん、頑張るよ。もともと勉強は嫌いじゃないもの。むしろ楽しみ。でもね、久しぶりにおじいちゃんと二人でしょう? 宿題は明日からにするよ」
「そうか、では今宵はおじいちゃんと添い寝しようぞ」
「うん、良いよ」
二人がニカっと笑いあっていると、作業台の方でドサッという音がした。
「あ、お肉が届いた。今日は何のお肉だろうね」
ハナが立ち上がり厨房に向かう。
その後ろ姿を愛おしそうに眺める美少年の顔はとても穏やかだった。
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