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9 熊ジイ
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昨晩は飲み過ぎたのであろう二人が、滝で身を清めている。
せっかく炊いたご飯だったが、酒に走ったせいでかなり残っていた。
「卵丼は止めて、ネギと卵で焼きめしにしましょう」
まるで水遊びをしている子供たちにしか見えない神々をジトッと見ながら、ハナは手際よく卵を鉄鍋に流し込んだ。
冷ご飯は木桶の中でほどよく水分を飛ばしており、艶々と輝いている。
「すぐにできますよぉ」
滝に向かって一声かけたハナは、椀を味噌汁で満たした。
ごま油を最後に回しかけ、塩と醬油で味を調える。
この焼きめしはシマさんとヤスさんにも好評の、自慢の一品だ。
「おお! 朝からなんともいえん香りがするな」
熊ジイが体を拭きながら座敷に上がってきた。
手拭いで濡髪を包んだままのおじいちゃんは、すでに木匙を握って待っている。
「はい、お待たせしました。卵とねぎの焼きめしです」
今日出掛けるつもりのハナは、おやつ代わりに焼きめしでおむすびを作った。
これがあればおじいちゃんも大人しく留守番をしていることだろう。
さらに焼きめしおむすびを並べ、固く絞った布巾を掛ける。
神の世界に遠慮という言葉は無いのだろうかと思えるほど、木匙を逆手に持って競争するように搔き込む姿に、ハナはなぜか充足感を覚えた。
「うまいぞ! ハナは料理の天才だな」
おじいちゃんがハナのプライドを擽ってくる。
「全くだ。いくらでも食えるな。ハナ坊、お代わりをくれ!」
熊ジイも負けていない。
ハナは幼い弟達の面倒をみる優しい姉のような気分を味わった。
「はいはい、まだたくさんありますから。良く嚙まないと胃が痛くなりますよ」
「はぁ~い」
二人の声が重なると同時に、二枚の皿がハナの前に突き出された。
鉄鍋に残っている焼きめしはまだ熱い。
先ほどと同じくらいの大盛り焼きめしを渡しつつ、ハナも急いで食べ始めた。
「味噌汁も旨いな」
「ああ、この漬物も最高だ」
二人は笑顔で食べ続けている。
ゆっくりと咀嚼しながら、ハナが聞いた。
「熊ジイ、食べ終わったらすぐに行きますか?」
口の中のものをゴクッと音を立てて飲み込んだ熊ジイが返事をした。
「ああ、最上のところに寄って、水分のところに行くから早い方が良かろう」
二人の会話を聞いていたおじいちゃんが口を挟んだ。
「気が変わった。俺も良く」
食事を終えて、お茶を淹れながらハナが声を出した。
「おじいちゃんも? 体は大丈夫?」
「大丈夫さ。それにお前が桜桃を気に入ったようだからな。木になっているのを手を使わずに頬張る醍醐味を教えてやりたい」
その情景を思い浮かべたハナは、ほんの少し興味を持ってしまった。
「おじいちゃんが一緒なら嬉しい」
「そうか、そうか。ハナは愛いやつじゃ」
そんな会話をする二人を見ながら熊ジイが呟いた。
「結婚しようかぁ……」
センチメンタルになっている熊ジイのことなど完全に無視して、おじいちゃんが言った。
「善は急げだ。すぐに行くぞ」
「待って! 食器を片づけてから!」
ハナは慌てて立ち上がった。
「ほんに良き娘じゃ」
「やらんぞ」
二人の会話はハナの耳には届かない。
洗い物をザルに乗せたハナが振り返ると、おじいちゃんが真っ白な袍と袴を纏っていた。手に持つ笏は真新しく、まるで小学校の学芸会のようだとハナは思った。
「お前も着替えなさい」
「え?」
「なんじゃ? これも知らんのか? 仕方がないから今回は俺がやるか」
そう言うとおじいちゃんがハナをじっと見た。
何の体感も無いままハナが固まっていると、熊ジイの声がした。
「似合うじゃないか。さすが一言主の愛し子じゃな」
ハナが自分を見下ろすと、単衣に表着を重ね、さらに唐衣を纏った自分の姿が目に飛び込んだ。
薄紫の袴が若々しく、輝く釵子(さいし)が初々しい。
「あらまぁ!」
素っ頓狂な声を上げたハナに手招きをしたおじいちゃんが優しく言った。
「行くぞ」
おじいちゃんと熊ジイに左右の手を握られたハナはギュッと目を瞑った。
「着いたな」
目を開けると鬱蒼とした木々が、神々しいほどの香りを放っている場所だった。
間近に滝の音がする。
「ここってどこですか?」
熊ジイがニヤッと笑って答えた。
「最上の住処じゃ。西日が当たると焔のように見えて、それはそれは美しいのじゃ」
「へぇ……見てみたいです」
ふと振り返るとおじいちゃんが滝つぼを見下ろしていた。
「おじいちゃん?」
それには答えず、おじいちゃんが呟くように言う。
「来るぞ」
ドンと体に軽い衝撃波を感じた。
せっかく炊いたご飯だったが、酒に走ったせいでかなり残っていた。
「卵丼は止めて、ネギと卵で焼きめしにしましょう」
まるで水遊びをしている子供たちにしか見えない神々をジトッと見ながら、ハナは手際よく卵を鉄鍋に流し込んだ。
冷ご飯は木桶の中でほどよく水分を飛ばしており、艶々と輝いている。
「すぐにできますよぉ」
滝に向かって一声かけたハナは、椀を味噌汁で満たした。
ごま油を最後に回しかけ、塩と醬油で味を調える。
この焼きめしはシマさんとヤスさんにも好評の、自慢の一品だ。
「おお! 朝からなんともいえん香りがするな」
熊ジイが体を拭きながら座敷に上がってきた。
手拭いで濡髪を包んだままのおじいちゃんは、すでに木匙を握って待っている。
「はい、お待たせしました。卵とねぎの焼きめしです」
今日出掛けるつもりのハナは、おやつ代わりに焼きめしでおむすびを作った。
これがあればおじいちゃんも大人しく留守番をしていることだろう。
さらに焼きめしおむすびを並べ、固く絞った布巾を掛ける。
神の世界に遠慮という言葉は無いのだろうかと思えるほど、木匙を逆手に持って競争するように搔き込む姿に、ハナはなぜか充足感を覚えた。
「うまいぞ! ハナは料理の天才だな」
おじいちゃんがハナのプライドを擽ってくる。
「全くだ。いくらでも食えるな。ハナ坊、お代わりをくれ!」
熊ジイも負けていない。
ハナは幼い弟達の面倒をみる優しい姉のような気分を味わった。
「はいはい、まだたくさんありますから。良く嚙まないと胃が痛くなりますよ」
「はぁ~い」
二人の声が重なると同時に、二枚の皿がハナの前に突き出された。
鉄鍋に残っている焼きめしはまだ熱い。
先ほどと同じくらいの大盛り焼きめしを渡しつつ、ハナも急いで食べ始めた。
「味噌汁も旨いな」
「ああ、この漬物も最高だ」
二人は笑顔で食べ続けている。
ゆっくりと咀嚼しながら、ハナが聞いた。
「熊ジイ、食べ終わったらすぐに行きますか?」
口の中のものをゴクッと音を立てて飲み込んだ熊ジイが返事をした。
「ああ、最上のところに寄って、水分のところに行くから早い方が良かろう」
二人の会話を聞いていたおじいちゃんが口を挟んだ。
「気が変わった。俺も良く」
食事を終えて、お茶を淹れながらハナが声を出した。
「おじいちゃんも? 体は大丈夫?」
「大丈夫さ。それにお前が桜桃を気に入ったようだからな。木になっているのを手を使わずに頬張る醍醐味を教えてやりたい」
その情景を思い浮かべたハナは、ほんの少し興味を持ってしまった。
「おじいちゃんが一緒なら嬉しい」
「そうか、そうか。ハナは愛いやつじゃ」
そんな会話をする二人を見ながら熊ジイが呟いた。
「結婚しようかぁ……」
センチメンタルになっている熊ジイのことなど完全に無視して、おじいちゃんが言った。
「善は急げだ。すぐに行くぞ」
「待って! 食器を片づけてから!」
ハナは慌てて立ち上がった。
「ほんに良き娘じゃ」
「やらんぞ」
二人の会話はハナの耳には届かない。
洗い物をザルに乗せたハナが振り返ると、おじいちゃんが真っ白な袍と袴を纏っていた。手に持つ笏は真新しく、まるで小学校の学芸会のようだとハナは思った。
「お前も着替えなさい」
「え?」
「なんじゃ? これも知らんのか? 仕方がないから今回は俺がやるか」
そう言うとおじいちゃんがハナをじっと見た。
何の体感も無いままハナが固まっていると、熊ジイの声がした。
「似合うじゃないか。さすが一言主の愛し子じゃな」
ハナが自分を見下ろすと、単衣に表着を重ね、さらに唐衣を纏った自分の姿が目に飛び込んだ。
薄紫の袴が若々しく、輝く釵子(さいし)が初々しい。
「あらまぁ!」
素っ頓狂な声を上げたハナに手招きをしたおじいちゃんが優しく言った。
「行くぞ」
おじいちゃんと熊ジイに左右の手を握られたハナはギュッと目を瞑った。
「着いたな」
目を開けると鬱蒼とした木々が、神々しいほどの香りを放っている場所だった。
間近に滝の音がする。
「ここってどこですか?」
熊ジイがニヤッと笑って答えた。
「最上の住処じゃ。西日が当たると焔のように見えて、それはそれは美しいのじゃ」
「へぇ……見てみたいです」
ふと振り返るとおじいちゃんが滝つぼを見下ろしていた。
「おじいちゃん?」
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「来るぞ」
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