一言主神の愛し子

志波 連

文字の大きさ
上 下
8 / 43

8  月夜の晩に

しおりを挟む
 これだけの量を食べきれるのかと思っていたが、神はおしなべて大食漢のようだ。
 まるで消えるように無くなっていく串焼きに、焼き手のハナは忙しい。
 明日の朝はこれで親子丼を作ろうと考えていたが、卵丼になりそうだ。

「おお、そうじゃ。これは手土産の桜桃じゃ。初物じゃぞ」

 ザルに山もりになっているサクランボを見たハナの目が輝いた。

「ありがとうございます」

 おじいちゃんが酒杯を持ちながら言う。

「なんじゃ? 嬉しいのか? 珍しくも無かろうに」

 ザルを受け取りながらハナが言い返した。

「サクランボは高級な果物なんだよ? なかなか手に入らないんだよ?」

 ハナの言葉を聞いた熊ジイは嬉しそうに何度も頷いている。
 
「だそうだ。良かったな。それで? 何用じゃ?」

 ハナが後片付けをするために立ち上がった。
 なんとなく聞いてはいけないような気がしたからだ。
 縁側と厨房を何往復もして、最後の七輪に手を掛けた。

「それは置いていけ。スルメを焼く」

 そう言うと懐から立派なスルメを取り出した。
 あの着物は絶対に明日洗おうと心に決めたハナだった。
 洗い物をしていても縁側の話し声が耳に届く。
 どうも熊ジイがおじいちゃんに何かを頼んでいるようだった。

「水枯れで最上のやつが困っておる。あやつが動座すると本当に枯れてしまうでなぁ。わしが代わりに来たというわけじゃ」

「俺の所より雨神の所に行くが筋じゃろう。なぜここに来た?」

「竜の所には最上が行ったよ。でもダメなんじゃ。お主以外の者は、予言はできても未来を変えることはできんだろう?」

「竜神になんと言われたのじゃ?」

「最上のやつは泣いておったよ。雨量は変わっていない。人が狂わせておるのだから放っておけと言われたんだとさ」
 
「まあそれはそう言うじゃろうなぁ。やつが霊力を遣えば大洪水が起こるとも限らん」

「だから困っておるのじゃ。長い付き合いじゃないか。呟いてやってくれろ」

 おじいちゃんが考え込んでいる。
 スルメの足を咥えながら……
 ふと熊ジイがハナを見た。
 ビクッと肩を揺らすハナ。
 悪い予感しかしない。

「なあハナ坊、お主からも頼んでくれぬか? このままではあの一帯が荒れ地となる」

 ハナは慌てた。

「お、おじいちゃん?」

 おじいちゃんが顔を上げた。

「なあ、ハナや。お前が行ってみるか? これも勉強だ。願われてホイホイと呟いていては理が成り立たん。見てみるのが一番じゃ。しかし俺もこの歳だからな……北の地は辛い」

 あどけない顔を歪ませて、腰を摩る少年には違和感しかない。

「熊ジイ、原因はわかっているのですか?」

「おうよ! 水分の神の所に供物が来ないのが始まりなのじゃ。奴が臍を曲げよって宮から出てこようとせんのじゃ」

「では、その水分の神様をお祀りしている人達に、お供えをしなさいって言えば良いだけなんじゃないですか?」

「わし等の声は誰にも届かん。姿も見えん。たまに気配を感じる人間もおるが、意思の疎通はできんのじゃ。この一言主を除いてはな」

「えっ! おじいちゃんってすごいじゃん」

 おじいちゃんを見ると頬を染めつつも満更でもない顔をしている。
 それを見た熊ジイがグッと笑いを堪えながら言う。

「わし等には担当というものがあってなぁ。わしは『生産』を担当しておる。最上は『稲作』じゃ。先ほど名が出た竜神は『雨』で、水分神は『水』。それぞれが先読みをして、なるべく良い土地になるよう動くのじゃが、供物が滞ると力が無くなる」

「なるほど……良く分からないけれど分かったような気がする」

「その辺りは古文書を紐解けばすぐに理解できるさ」

「古文書……」

 おじいちゃんがニヤニヤと笑う。

「無理を言うな。ハナは母音が5つだと思っているんだ。まだ読めも書けもしない」

「そこからか……」

「ああ、そこからだ」

 ものすごく可哀そうなものを見る目を向けられ、ハナの闘争心が燃え上がった。

「分かった。行ってくるよ。ちゃんと見てくるから。熊ジイ、明日の朝ごはんを食べたら行きましょう!」

「おお! さすが一言主の愛し子じゃ! 話が早い」

 おじいちゃんがニヤニヤしながら言う。

「まあ頑張ってこい。夕食までには戻れよ?」

「うん、わかった。お風呂沸かしてくるね」

 そう言うと、竈に残っていた火種を火箸で挟みながら、風呂場へとハナは消えた。

「良い子じゃな」

「ああ、可愛くてたまらんよ」

「羨ましいなぁ」

「やらんぞ? あれは俺の宝じゃ。なんと言うか今までの中でも一番可愛い」

「今までの中で? お主も齢を重ねたものじゃ。気弱になったか?」

「ふふふ……そうかもしれんな」

「わしも子をなしておけば良かったと思うよ。ハナ坊は本当によき娘じゃ」

 二人のあどけない少年が酒を酌み交わしながら、感慨深そうに月を見上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

後宮浄魔伝~視える皇帝と浄魔の妃~

二位関りをん
キャラ文芸
桃玉は10歳の時に両親を失い、おじ夫妻の元で育った。桃玉にはあやかしを癒やし、浄化する能力があったが、あやかしが視えないので能力に気がついていなかった。 しかし桃玉が20歳になった時、村で人間があやかしに殺される事件が起き、桃玉は事件を治める為の生贄に選ばれてしまった。そんな生贄に捧げられる桃玉を救ったのは若き皇帝・龍環。 桃玉にはあやかしを祓う力があり、更に龍環は自身にはあやかしが視える能力があると伝える。 「俺と組んで後宮に蔓延る悪しきあやかしを浄化してほしいんだ」 こうして2人はある契約を結び、九嬪の1つである昭容の位で後宮入りした桃玉は龍環と共にあやかし祓いに取り組む日が始まったのだった。

命姫~影の帝の最愛妻~

一ノ瀬千景
キャラ文芸
ときはメイジ。 忌み子として、人間らしい感情を知らずに生きてきた初音(はつね)。 そんな彼女の前にあらわれた美貌の男。 彼の名は東見 雪為(さきみ ゆきなり)。 異形の声を聞く不思議な力で、この帝国を陰から支える東見一族の当主だ。 東見家当主は『影の帝』とも呼ばれ、絶大な財と権力を持つ。 彼は初音を自分の『命姫(みことひめ)』だと言って結婚を申し出る。 しかし命姫には……ある残酷な秘密があった。 和風ロマンスです!

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ
キャラ文芸
 祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」  昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。  叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。  すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。  しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……  マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。  しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!  人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。

砂漠の国の最恐姫 アラビアン後宮の仮寵姫と眠れぬ冷徹皇子

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
旧題:砂漠の国の最恐妃 ~ 前世の恋人に会うために、冷徹皇子の寵姫になります 【アルファポリス文庫より書籍発売中!】 砂漠の国アザリムの西の端、国境近くの街バラシュで暮らすリズワナ・ハイヤート。 彼女は数百年前に生きた最恐の女戦士、アディラ・シュルバジーの生まれ変わり。 今世ではバラシュの豪商の娘として生まれたリズワナは前世の記憶も力も引き継いでいたが、全て隠してひっそりと暮らしていた。 ある夜、リズワナは愛猫ルサードの姿を探しているうちに、都からバラシュを訪れていた第一皇子アーキル・アル=ラシードの天幕に迷い込んでしまう。 運悪くアーキルと鉢合わせしてしまったリズワナは、アーキルから「ランプの魔人」であると勘違いされ、アーキルの後宮に連れて行かれることに。 そこで知ったのは、隣国からも恐れられる悪名高い冷徹皇子アーキルの、意外な姿で――? 最恐ヒロインが砂漠の後宮で大活躍。前世と今世が交差する迫力いっぱいアラビアンファンタジーです。

処理中です...