一言主神の愛し子

志波 連

文字の大きさ
上 下
4 / 43

4  日本人のごちそう

しおりを挟む
「お~久々に固体の供物だな。狐も猪も酒ばかり供えやがってちょっと不満だったんだ。お前が来たから米がいるって思ったんだろう。さすが我が子孫! ちゃんと式神を使役しておるな」

「ソウデスネ」

「ではわしはもう一度寝るぞ」

「ハイ、オヤスミナサイ」

 ハナは理解の範疇を大幅に超えたこの事象に、現実逃避することに決めた。
 米を丁寧に研ぎ、水を注ぎ30分ほど馴染ませる。
 その間に火種を作り、薪をくべて竈全体を温めた。
 火が安定した薪を一本、隣の竈に移し新しい薪をくべる。
 鉄なべに水を張り、頭と腸をちぎったいりこを入れていく。
 ここでもゆっくり時間を置くのはハナの拘りだった。

「そろそろね」

 火がうつった薪を数本引き抜き、弱火にした竈の上に米を入れた羽釜を置く。
 竈の中でゆらゆらと揺れる炎を見ていると、幼い頃の祖母の言葉を思い出した。

「おいしいものを作りたいなら、手を抜かずに丁寧に作業することよ。最後の調味料は愛情だからね」

 ハナの頭を撫でながら、優しい声で導いてくれた祖母の手の皺が好きだった。
 祖母は遠い南の地方から葛城家に嫁いできたのだと聞いたことがある。

「おばあちゃん……会いた……」

「そこまでだ!」

 ぼんやりと郷愁に浸ってたハナの口をおじいちゃんの手が塞いだ。

「ハナ! 言葉にしてはダメだ。お前の言葉には霊力が宿る。せっかく穏やかに眠っている祖母を叩き起こしたいのか? そうしたいなら止めはしない。お前の言葉にはそれができるほどの力があるんだ」

 ハナはぶんぶんと首を横に振った。
 穏やかな顔で逝った祖母の眠りを妨げるなどとんでもない事だ。
 ハナの口を両手で塞いでいるおじいちゃんの顔を見ながら、もう一度首を横に振った。

「分かったなら良い。気をつけろ」

 手が離れていき、ハナはやっと呼吸ができた。

「申し訳ございません! まさかそのような力があろうなどと思いもせず……軽率でした」

「いや、知らなかったのは当たり前だ。まだ説明してないからな。ここだから拙いというだけで、ここから出ればそれほどでもないから気にするな。でもお前ほどの霊力持ちなら、あちらでも言ったことが実現したこともあったのではないか?」

 あったと言えばあったような、偶然願いが叶っただけと言えばそうだったような……

「どうでしょうか」

「まあ良い。それより口調が戻っている。気をつけなさい」

「ハイ オジイチャン」

 ハナはオジイという苗字の友人を呼んでいるのだと己に言いきかせた。
 コトコトと音がして、重い木の釜蓋が動き始めた。
 慌てて先ほど引き上げていた黒くなった薪を追加でくべる。
 火が一気に強くなり、釜蓋の動きが大きくなった。
 ジュワッと白い泡が吹きこぼれる。
 ハナは一気に薪を引き出し、ごく柔らかい火加減にした。
 引き出した薪は隣の竈に移し、いりこを入れた鉄鍋をかける。
 大き目に切った豆腐を浮かべ、味噌を溶いて刻みねぎを入れる。

「そろそろですよ~」

 おじいちゃんがごそごそと起き上がり、吞気にあくびをしている。
 ハナは急いで羽釜の蓋を開け、大きなしゃもじで底から手早く混ぜた。
 あらかじめ湿らせておいた木桶に白米を移し、大ぶりな茶碗に半分ほど入れた。
 茶碗を上下に動かし、中の白米を放り投げるように動かす。
 何度もそれを繰り返すと、白米はまん丸な球状になるのだ。
 手塩をつけて球になった白米をきゅっきゅと握る。
 力加減は祖母直伝だ。
 強すぎず弱すぎず。
 頬張った時、ホロッと崩れていくのが理想の固さだと教わった。

「できましたよ~」

 手がジンジンとするほどの熱いご飯で作った塩むすびほどおいしいものは無い。
 それに味噌汁が付くなど、この上ないごちそうだとハナは思った。
 濡れた布巾でおじいちゃんの手を拭いてやると、文句も言わずされるままになっている。
 
「たくさんありますからね。熱いから気を付けて」

 笑顔で頷き、塩むすびに手を伸ばす一言主神。
 その手はまるで若紅葉のようにつやつやとハリがあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

処理中です...