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そして土曜日。
演劇部の練習に顔を出した小春に、部員たちは驚いた顔を向けます。
そして、何事もなかったように練習の話に入ろうとする小春に、最初に声を掛けたのは、キャプテンの英子でした。
「小春、部活なんてやってる場合じゃないよ。聞いたよ、お母さんのこと。そんな状況で、普通の精神状態じゃないでしょ? 無理だよ、小春」
「え? 何が?」
「何が、じゃないでしょ。今の小春には無理だよ。だから小春の役は美衣にやってもらうことになったから」
美衣が言います。
「小春、何て言ったらいいか……でも、小春の分まで一生懸命やるから」
他の部員たちも小春を憐みの眼で見ています。
「そう。それは良かったわね。みんな頑張ってね」
そんな雰囲気がたまらなく嫌になった小春は、投げ捨てるようにそう言って、稽古場を出ていきました。
小春の態度に騒然となりそうな部員たちに英子が言いました。
「さあさあ、時間はないよ。小春の分まで頑張ろうよ」
その言葉で部員たちは芝居の練習に戻りました。
去っていく小春の背中で部員たちのセリフが聞こえます。
美衣のセリフ。
小春が言うはずだったセリフ。
発表会のために演技を考えて、悩んで、母親につらく当たって。
それでも考えて考え抜いたセリフを美衣がしゃべっています。
「英子、美衣、ゴメンね。まだ素直にはなれないみたい。きっと、ちゃんと謝るから。もう少し待ってね」
そう心の中で呟き、小春は学校を後にしました。
帰り道で、あの出来事は何だったのだろうと思い出した小春は、公演会場のほうへ足を向けました。
あの出来事とは、西浦地区会館で体験した不思議な出来事のことです。
「あれは何だったんだろう。誰かが話しかけてきたような?」
小春は思いました。
あの時にお母さんが死んだ。
何かお母さんの死に関係があるのかも知れないと。
「城主が何とかとか言ってたっけ」
今日は土曜日で、地区会館はいつもなら利用者がいるはずなのですが、シンと静まり返り、扉の鍵は開いています。
薄暗いホール内は暗幕の隙間からの光がステージを一筋照らしていました。
まさにあの日と同じ状況です。
小春はゆっくりとステージに近づきました。
すると、前と同じように背筋に冷たいものが走っていきます。
そして、今日もまたステージに人型の光があらわれました。
「誰じゃ・・・・・・」
あの、脳内に響くような声が再び聞こえてきます。
「お前は・・・・・・ 前も来ておったな」
小春の足は動きませんでしたが、今日は不思議と落ち着いています。
「あなたは誰なの? 確か城主の娘とか?」
「私は秋葉城主、神崎光成の娘、七緒である。そなたは誰なのじゃ」
「私は小春。高岡小春。看護師の娘でついこの前……天涯孤独の身になっちゃった」
「天涯孤独とな。私と同じか」
「あなたも?」
「そう、もう誰もおらぬ……」
そう言うと光ははっきりと人の形になりました。
それは古式ゆかしい着物を着た姫様の姿です。
何故か小春はそれに驚きもせず、七緒に聞きました。
「あなたは死んでいるの? 幽霊なの?」
「幽霊? そうやもしれぬな。死んでしまったのには相違ない」
「どうして死んじゃったの?」
小春がそう言うと七緒の形相が変わりました。
「どうして? どうしてじゃと?」
七緒がそう言うと周りから紅蓮の炎が上がり、小春と七緒を囲みました。
般若の面さながらの形相をした七緒が小春にじわじわと近づいてきます。
幽霊だと言われても怖くなかったのに、この時初めて小春は恐怖を感じました。
しかし、やはり足は動きません。
小春の目を見ている七緒の顔が、般若から能面のような表情に変わりました。
「このような理不尽があろうか。私はただ、演じたかった、舞いたかっただけなのじゃ!」
そういうと七緒の眼から血のような涙が一筋滴り落ちてきます。
小春は瞬きもせず、凍り付いたように七緒から目を離せませんでした。
演劇部の練習に顔を出した小春に、部員たちは驚いた顔を向けます。
そして、何事もなかったように練習の話に入ろうとする小春に、最初に声を掛けたのは、キャプテンの英子でした。
「小春、部活なんてやってる場合じゃないよ。聞いたよ、お母さんのこと。そんな状況で、普通の精神状態じゃないでしょ? 無理だよ、小春」
「え? 何が?」
「何が、じゃないでしょ。今の小春には無理だよ。だから小春の役は美衣にやってもらうことになったから」
美衣が言います。
「小春、何て言ったらいいか……でも、小春の分まで一生懸命やるから」
他の部員たちも小春を憐みの眼で見ています。
「そう。それは良かったわね。みんな頑張ってね」
そんな雰囲気がたまらなく嫌になった小春は、投げ捨てるようにそう言って、稽古場を出ていきました。
小春の態度に騒然となりそうな部員たちに英子が言いました。
「さあさあ、時間はないよ。小春の分まで頑張ろうよ」
その言葉で部員たちは芝居の練習に戻りました。
去っていく小春の背中で部員たちのセリフが聞こえます。
美衣のセリフ。
小春が言うはずだったセリフ。
発表会のために演技を考えて、悩んで、母親につらく当たって。
それでも考えて考え抜いたセリフを美衣がしゃべっています。
「英子、美衣、ゴメンね。まだ素直にはなれないみたい。きっと、ちゃんと謝るから。もう少し待ってね」
そう心の中で呟き、小春は学校を後にしました。
帰り道で、あの出来事は何だったのだろうと思い出した小春は、公演会場のほうへ足を向けました。
あの出来事とは、西浦地区会館で体験した不思議な出来事のことです。
「あれは何だったんだろう。誰かが話しかけてきたような?」
小春は思いました。
あの時にお母さんが死んだ。
何かお母さんの死に関係があるのかも知れないと。
「城主が何とかとか言ってたっけ」
今日は土曜日で、地区会館はいつもなら利用者がいるはずなのですが、シンと静まり返り、扉の鍵は開いています。
薄暗いホール内は暗幕の隙間からの光がステージを一筋照らしていました。
まさにあの日と同じ状況です。
小春はゆっくりとステージに近づきました。
すると、前と同じように背筋に冷たいものが走っていきます。
そして、今日もまたステージに人型の光があらわれました。
「誰じゃ・・・・・・」
あの、脳内に響くような声が再び聞こえてきます。
「お前は・・・・・・ 前も来ておったな」
小春の足は動きませんでしたが、今日は不思議と落ち着いています。
「あなたは誰なの? 確か城主の娘とか?」
「私は秋葉城主、神崎光成の娘、七緒である。そなたは誰なのじゃ」
「私は小春。高岡小春。看護師の娘でついこの前……天涯孤独の身になっちゃった」
「天涯孤独とな。私と同じか」
「あなたも?」
「そう、もう誰もおらぬ……」
そう言うと光ははっきりと人の形になりました。
それは古式ゆかしい着物を着た姫様の姿です。
何故か小春はそれに驚きもせず、七緒に聞きました。
「あなたは死んでいるの? 幽霊なの?」
「幽霊? そうやもしれぬな。死んでしまったのには相違ない」
「どうして死んじゃったの?」
小春がそう言うと七緒の形相が変わりました。
「どうして? どうしてじゃと?」
七緒がそう言うと周りから紅蓮の炎が上がり、小春と七緒を囲みました。
般若の面さながらの形相をした七緒が小春にじわじわと近づいてきます。
幽霊だと言われても怖くなかったのに、この時初めて小春は恐怖を感じました。
しかし、やはり足は動きません。
小春の目を見ている七緒の顔が、般若から能面のような表情に変わりました。
「このような理不尽があろうか。私はただ、演じたかった、舞いたかっただけなのじゃ!」
そういうと七緒の眼から血のような涙が一筋滴り落ちてきます。
小春は瞬きもせず、凍り付いたように七緒から目を離せませんでした。
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