4 / 20
3
しおりを挟む
母親が入院している病院に駆け込んできた小春は、看護師の制止も聞かず霊安室に飛び込みました。
主治医と看護師が驚いて振り向いた後ろには、母親が着ていた寝間着の柄が見えています。
その顔には白い布が掛けられていました。
「違うよね、お母さんじゃないよね。絶対にお母さんじゃないもの」
そうつぶやくと、顔の布をそっと引きました。
そこに現れたのは紛れもなく母奈津子の顔です。
小春はその事実をまだ受け止められずに呆然と立ったままでした。
「お母さん? 本当にお母さんなの? ごめん……ごめんね。私のせいだ」
そう言うと、ゆっくり霊安室を出ていこうとする小春に看護師が声を掛けました。
「ご愁傷様です。この後、手続きが有りますので少しお時間頂戴できますでしょうか」
それには答えず、そのまま走り出した小春。
「あの、高岡さん?」
なおも呼び止めようとする看護師を「今はやめろ」と主治医が制しています。
病院を走り出てバス停に向かった小春は、奈津子が倒れた日の夜のことを思い出していました。
そう、奈津子が夜勤に向かおうとしていたあの夜です。
奈津子はいつものように小春に声をかけました。
「小春、お母さん行ってくるよ。お風呂は沸いてるからね」
発表会の芝居のことを考えていた小春は、返事もせず演技プランをノートに書いています。
返事のない小春にもう一度声をかける奈津子。
「小春? 行ってくるわね。戸締りお願いね」
小春は、別に何があるわけでもないのに苛立ったように返事をしてしまいます。
「もう、いいから!」
歩きながら小春は思いました。
「『行ってきます』には『行ってらっしゃい』じゃない。そんなことも普通に言えないなんて信じらんないよ。なんだよ『いいから』って。ダサすぎる」
自分に問いかけます。
「小春、あんたはもう一人ぼっちなんだ。天涯孤独なんだ……もう誰もいないの」
バスが来ても乗らない小春を不思議そうに見ていた運転手は首を傾げ、ドアを閉めて発車しました。
「小春、あんたなんで泣かないの? 悲しくないの? お母さんが死んじゃったんだよ!」
そんな自問に答えてくれる自分はいません。
奈津子が倒れた知らせを聞いて病院に行ったときにはあれほど泣いたのに、涙が枯れてしまったのか、今は涙がでません。
「そうか、お葬式とかしなきゃなんだよね……でも、どうやればいいんだろう。戻って先生に聞いてみるしかないよね……」
小春はとぼとぼと病院に戻っていきました。
翌日は入道雲が沸く夏空で、蝉の声が響き渡るような陽気です。
小春は奈津子の喪服を着て、たった一人で葬式を済ませ、火葬場から家まで、奈津子の骨を持って2時間かけて歩いて帰りました。
奈津子の喪服は冬ものでしたが、炎天下に一人骨壺を抱えて歩いても、不思議と汗はかきません。
そして涙も出ませんでした。
主治医と看護師が驚いて振り向いた後ろには、母親が着ていた寝間着の柄が見えています。
その顔には白い布が掛けられていました。
「違うよね、お母さんじゃないよね。絶対にお母さんじゃないもの」
そうつぶやくと、顔の布をそっと引きました。
そこに現れたのは紛れもなく母奈津子の顔です。
小春はその事実をまだ受け止められずに呆然と立ったままでした。
「お母さん? 本当にお母さんなの? ごめん……ごめんね。私のせいだ」
そう言うと、ゆっくり霊安室を出ていこうとする小春に看護師が声を掛けました。
「ご愁傷様です。この後、手続きが有りますので少しお時間頂戴できますでしょうか」
それには答えず、そのまま走り出した小春。
「あの、高岡さん?」
なおも呼び止めようとする看護師を「今はやめろ」と主治医が制しています。
病院を走り出てバス停に向かった小春は、奈津子が倒れた日の夜のことを思い出していました。
そう、奈津子が夜勤に向かおうとしていたあの夜です。
奈津子はいつものように小春に声をかけました。
「小春、お母さん行ってくるよ。お風呂は沸いてるからね」
発表会の芝居のことを考えていた小春は、返事もせず演技プランをノートに書いています。
返事のない小春にもう一度声をかける奈津子。
「小春? 行ってくるわね。戸締りお願いね」
小春は、別に何があるわけでもないのに苛立ったように返事をしてしまいます。
「もう、いいから!」
歩きながら小春は思いました。
「『行ってきます』には『行ってらっしゃい』じゃない。そんなことも普通に言えないなんて信じらんないよ。なんだよ『いいから』って。ダサすぎる」
自分に問いかけます。
「小春、あんたはもう一人ぼっちなんだ。天涯孤独なんだ……もう誰もいないの」
バスが来ても乗らない小春を不思議そうに見ていた運転手は首を傾げ、ドアを閉めて発車しました。
「小春、あんたなんで泣かないの? 悲しくないの? お母さんが死んじゃったんだよ!」
そんな自問に答えてくれる自分はいません。
奈津子が倒れた知らせを聞いて病院に行ったときにはあれほど泣いたのに、涙が枯れてしまったのか、今は涙がでません。
「そうか、お葬式とかしなきゃなんだよね……でも、どうやればいいんだろう。戻って先生に聞いてみるしかないよね……」
小春はとぼとぼと病院に戻っていきました。
翌日は入道雲が沸く夏空で、蝉の声が響き渡るような陽気です。
小春は奈津子の喪服を着て、たった一人で葬式を済ませ、火葬場から家まで、奈津子の骨を持って2時間かけて歩いて帰りました。
奈津子の喪服は冬ものでしたが、炎天下に一人骨壺を抱えて歩いても、不思議と汗はかきません。
そして涙も出ませんでした。
3
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

かつて聖女は悪女と呼ばれていた
楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
ママのごはんはたべたくない
もちっぱち
絵本
おとこのこが ママのごはん
たべたくないきもちを
ほんに してみました。
ちょっと、おもしろエピソード
よんでみてください。
これをよんだら おやこで
ハッピーに なれるかも?
約3600文字あります。
ゆっくり読んで大体20分以内で
読み終えると思います。
寝かしつけの読み聞かせにぜひどうぞ。
表紙作画:ぽん太郎 様
2023.3.7更新
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる