上 下
33 / 38

10月16日火曜日【ディアファン】

しおりを挟む
 無事回収できました。
 早くに入れてくれて助かったよ。

 もし明日だったら、ボクは受け取ることができなかった。
 明後日からひと月ほど日本を離れます。
 ちょっとボクたちが誕生した地に行かなくてはならないんだ。

 というのもそこで世界大会が開かれるからなんだけれど、今回同行するのは各保護施設から4名ずつなので、日本からは16人という大所帯での移動になる。
 といってもボクらってあまり集団行動はしないから、基本的に現地集合の現地解散だけど。

 島根ビレッジからはボクを含めて男女各2名です。
 年齢的には二十歳から三十歳かな。

 もう察していると思うけれど、繫殖適齢期の透明人間が集められるということだ。
 世界中だとどのくらいいるのかは分からないけれど、かなりの数になるかもしれないね。

 ではなぜその年齢層が集められるのか……
 それは「なぜ子供ができないのか」「なぜ子供を作らないのか」もっと言えば「なぜ結婚しないのか」という根本的な問題を本音でディスカッションするためさ。

 結婚しなくちゃ子供を作れないわけじゃない。
 それはキミたちも同じだよね。
 ではなぜ結婚という制度に拘るのか。
 これは国によって答えが違うみたいだ。

 事前アンケート結果を教えて貰ったんだけれど、地球規模的に言うと、赤道から離れれば離れるほど「結婚」という概念を重要視しない傾向にあるよ。
 その理由はわからないけど、民族性みたいなものかな?

 日本はどうかと言うと「どちらでもよい」という感覚の透明人間が多いかな。
 ボクたちは恋愛をして結婚する者もいれば、誰かに紹介されて結婚する者もいる。
 ここまではキミたちと一緒だよね。
 でも子供を作る方法は全く違うんだ。

 ボクたちは「イルミンスール」と呼んでいるんだけれど、その木には必ず大きな洞があって、その中でしか子供を授かることができないんだよ。
 ではその中で男女が何をするか……
 気になるでしょ?

 もしキミが不透明な人間たちがすることと同じことを考えているとしたら、それは不正解です(笑)
 ボクらの場合は、子を成したいと思った(もちろん双方が合意のうえでね)カップルが、手を繋いで禊をするんだよね。

 禊というのは互いの全てを曝け出すという行為だ。
 これは言葉で「伝える」のではなく、全身で「感じる」といえば分かり易いかな。
 概念的に言うと魂の交流かな。
 イルミンスールの洞の中でしか起きないとても不思議な現象なんだけれど、この人との子が欲しいと心から願うもの同士に限って、互いの今までの人生を互いに知ることができるんだ。

 その交流ができると、大きな光る玉が繋いだ手の中から湧き出してくる。
 その球体のなかで、互いの血と共に今まで培っていた知識とか経験値とかが溶け合って、それを女性の腹に押し当てると、体内に吸収されるんだ。
 これがボクらの妊娠だよ。
 不思議でしょ?

 そのイルミンスールがあるのが、日本だと北海道と千葉と島根と宮崎の四か所ってわけ。
 イルミンスールは別に隠しているわけじゃなくて、ボクらは全員知っているよ。
 でもボクらにとってとても大切な木だから、不透明な人間には教えていない。
 ボクがこれ以上ないほどキミのことを信じているとしても、これは教えてあげられないんだよね。
 そこは勘弁してね。

 で、なぜ子供ができにくくなっているのかだけれど、どうやらこのイルミンスール自体が弱っていることと、ボクらの体が汚染されつつあるのが原因のようなんだ。
 それで、今回の会議ってことになるんだけれど、透明人間が誕生した地と、今住んでいる地の違いを体感することで、それぞれが抱えている問題を浮き彫りにしようという試みもある。

 そしてもう一つはイルミンスールの原木から新しい芽を持ってくることだ。
 根付いてくれると良いのだけれど、こればかりは賭けみたいなものなんだ。
 もし根付かなかったら、原木の地まで行かないと子供ができなくなってしまうかも?
 結構切実でしょ?

 ボクらとキミらでは、基本的な体の構造が違う。
 だから今まで血が混ざったことはないんだ。
 まあ、混ざりようがないよね。

 そして、かなり前になっちゃったけれど「なぜ月桂樹なのか」の答えもコレです。
 イルミンスールは月桂樹の木の祖先なんだよ。

 熊のぬいぐるみの件、了解しました。
 では、この日記を受け取ったら、その子を代わりに入れておいてください。
 ボクが日記を受け取れるようになったら、その子百葉箱に入れておきます。

 でも万が一ボク以外の人が「あら、熊のぬいぐるみだわ」なんて、持って行った場合も想定して、ボクがそれをピックアップしたら、代わりに月桂樹の枝を入れておきます。

 キミはボクを見たことが無いから平気だろうけれど、ボクはいつもキミの姿を追っていたから、キミの顔が見られないのは寂しいなって思っています。
 なるべく早く帰るからね。

 ではまた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サクラ舞い散るヤヨイの空に

志波 連
ライト文芸
くるくるにカールさせたツインテールにミニスカート、男子用カーデガンをダボっと着た葛城沙也は、学内でも有名なほど浮いた存在だったが、本人はまったく気にも留めず地下アイドルをやっている姉の推し活に勤しんでいた。 一部の生徒からは目の敵にされ、ある日体育館裏に呼び出されて詰問されてしまう沙也。 他人とかかわるのが面倒だと感じている飯田洋子が、その現場に居合わせつい止めに入ってしまう。 その日から徐々に話すことが多くなる二人。 互いに友人を持った経験が無いため、ギクシャクとするも少しずつ距離が近づきつつあったある日のこと、沙也の両親が離婚したらしい。 沙也が泣きながら話す内容は酷いものだった。 心に傷を負った沙也のために、洋子はある提案をする。 他のサイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより引用しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~

水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

宇宙との交信

三谷朱花
ライト文芸
”みはる”は、宇宙人と交信している。 壮大な機械……ではなく、スマホで。 「M1の会合に行く?」という謎のメールを貰ったのをきっかけに、“宇宙人”と名乗る相手との交信が始まった。 もとい、”宇宙人”への八つ当たりが始まった。 ※毎日14時に公開します。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...