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8月25日日曜日 【はるか】

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 東京から戻ってきたはるかは、休暇の穴埋めなのか、連日出勤し仕事をこなしています。
 お土産に配った東京銘菓の残りをつまみながら、自分で淹れたインスタントコーヒーを眺めて溜息を吐きました。
 
 ちょっと彼女の思考の中に入ってみましょうか。


 奈穂美、頑張ってたなぁ。
 彼女一人に押し付けるのって、絶対に間違ってると思う。
 そりゃ口ではフォローしたり励ましたりしてるみたいだけれど、それなら一緒に授業に出ろって感じだもん。

 どうやったら透明な子達を認識することができるのかって悩んでたなぁ。
 ディアファンさんを紹介するなんて言っちゃったけど、きっと嫌がるよね……
 そもそもディアファンさんって目立つの嫌がる感じだし。
 拙いことを約束しちゃったかも。

 でも同じ教師として頑張っている奈穂美の力にもなりたいっていうのは本音だし、だからといってせっかく仲良くなれたディアファンさんと疎遠になるのは悲しい。
 どうすれば良いんだろ。



 どうやら彼女も悩んでいるようですね。
 ディアファンはすでに奈穂美さんと面識があるようですが、それは透明側の一方的な認識ですから、不透明側の人は会っているという感覚すらありません。
 第三者のこちらから言うなら、決定的に対話が足りていないと思うのですが。



 うん、やっぱり奈穂美は放っておけないよ。
 こっちでも始まるって言ったし、ディアファンさんもかかわるって言ってたもんね、現状は知っていた方がディアファンさんのためにもなるはずだし。
 でもどうやって連絡をとればいい?
 今朝も百葉箱にハンカチは無かったし……
 


 そこで彼女は「交換日記」ではなく「手紙」を書くことにしたようです。
 こっそり覗いてみましょう。
 この盗み見るという背徳感はなかなかでしょ?


 ディアファンさん

 突然手紙なんてどうした? って思われるのを承知でペンをとりました。
 以前にお話ししていた幼馴染の奈穂美のことで、どうしてもディアファンさんにお話ししなくちゃって思ったのです。

 東京に行ったのは今月の今月の5日から10日までです。
 到着した日は皇居のあたりを観光し、6日から8日の間に私は千葉へ行きました。
 母と祖母は連日歌舞伎座に通い、桟敷席や花道横の席で伝統芸能を満喫したようです。

 千葉に行った2日目に、奈穂美の勤める小学校で夏休み中の登校日がありました。
 校長先生から連絡を入れてもらっていたので、その様子を見学することもできたのです。
 透明な子たちは、教壇正面の最前線に並んで座っていました。

 本当に制服が浮いているような感じでしたが、気を遣ってくれているのでしょう、子供たちは暑いのに長袖を着て手袋をはめています。
 わたしは熱中症にならないか心配してしまいました。

 ディアファンさんとは信頼関係ができていると思うので、正直に書きますね。
 見学した感想は「むしろ透明なままでいた方が良いのではないか」です。
 はっきり言って不透明な子供たちはざわついていました。
 教師の話など聞く雰囲気ではなかったです。

 チラチラと浮いて見える制服に視線を送り、時々動く体に気をとられています。
 当たり前ですよね、事情を知っている私でさえ気になってずっと見てしまったのですから。
 そこにいるという意識さえ持たせれば、その存在を目視する必要は無いんじゃないかな。
 わたしはそう思いました。

 でも見えないとぶつかったりする危険性も増えますし、いじめの対象になっているとしても教師側が気付けないというデメリットもあります。
 見えると子供たちは落ち着かず、見えないと教師側が不安になる……
 本当にこの施策って何なのでしょう。
 何を目的にしているのか、どのラインを成功基準にしているのかさっぱりわかりません。

 これは現場にいる奈穂美も言っていました。
 彼女は「とにかく普通に授業を進めればいいから」としか言われていないそうです。
 腹立たしいですよね。

 彼女の悩みを聞き、現状を見て(たった数時間の見学でしたが)改めて思いました。
 もしかすると政府の人たちって「共存」の意味を取り違えているのではないでしょうか。
 互いを知り、互いを尊重するのは大切ですし、必要だと思います。
 でもそこの「同じように暮らす」必要性は無いんじゃないかなって思ったのです。

 ちなみに海外ではこのような施策ってありますか?
 あるとしたらどのような進め方をしているのでしょう。
 ご存じであればご教示ください。


 ディアファンさん。
 わたしはあなたに謝らなくてはなりません。
 悩んで苦しんでいる奈穂美に、あなたという存在のことを明かしてしまいました。
 彼女は是非助言が欲しいので、あなたを紹介して欲しいと言っています。
 それはすべてわたしが口を滑らせた結果です。

 本当にごめんなさい。

 でもわたしは彼女の辛さがわかるのです。
 教師として本気で子供たちに向き合っているからこその悩みだと思います。
 嫌なら断ってくれてぜんぜん構いません。
 もしも良いよと言ってくださるのなら、彼女はこちらに来ると言っています。
 ご一考いただけませんか?

 この手紙を書くにあたって、わたしは本当に悩みました。
 もしあなたが怒って「もう交換日記も止める」なんて言われたらどうしよう……
 やめないまでも「もう何も話すのはやめて、軽い話題だけにしよう」って思われたらどうしよう……

 でもこうして手紙を書きました。
 日記に書かなかったのは、私が臆病だからです。
 
 ハンカチを結びに来たあなたが、この手紙に気付いてくれることを祈っています。
 
 まだまだ暑い日が続きます。
 お忙しいとは思いますが、体には気を付けて無理はしないでくださいね。

 はるか



 どうやらはるかちゃんは、相当悩んだみたいですね。
 日記ではなく手紙にしたのはどういう心境なのでしょう。
 手紙の中では「自分が臆病だから」と書いていましたね。

 今回の内容がずっと残るのが怖いということでしょうか?
 真相は彼女にしかわかりません。
 あなたならどう想像しますか?
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