告白はミートパイが焼けてから

志波 連

文字の大きさ
上 下
39 / 46

39 助け舟を沈める女

しおりを挟む
 その日から怒涛の日々が始まった。
 主要取引銀行から取引停止を言い渡されたキャサリンは、予想通りサムに当たり散らす。

「従業員の粗相はあなたの責任でしょう! あなたが王都銀行に行って土下座でも何でもしてきなさいよ!」

 サムが冷静に言う。

「それはもうやったさ。でもダメだったんだよ。取り付くシマもない」

「そこを何とかするのがあなたの仕事じゃないの?」

「できないものはできないよ。王都中の銀行も回ったけれど門前払いさ。打つ手がない」

「情けない男ね」

「嫌なら離婚すれば良いだろう?」

「……離婚したらあの女のところに戻るのでしょう? 絶対にさせないわ。あなたは私のものよ。誰にも渡さない!」

「だったら他の男を漁るような真似を止めて、もっと家業に専念しろよ」

「それはあなたのせいよ! あなたがいつまでたっても私を愛そうとしないからじゃない」

「それは当たり前だろ? 私は君を愛してない。それは結婚する前からずっと言い続けていたはずだ。それでも無理やり籍を入れたのは君じゃないか」

「でも私ほどのいい女が目の前にいるのよ? 手を出そうともしないなんて!」

「だから男漁りをしているというなら、それも仕方が無いのだろう。でもね、私は君が誰と会おうと、誰と寝ようと、何の興味もない」

「出て行って……早く出て行きなさい!」

 サムは肩を竦めて部屋を出て、誰にも聞こえないように呟いた。

「なかなか離婚って言葉は吐かないな……」

 その頃キャサリンは会長室で爪を嚙んでいた。

「あなたを手に入れるために、どれほどの犠牲を払ったと思っているのよ! まったく忌々しい。持ちたくもない裏家業の奴らにも接触して……ああ、そうだわ。その手があったわ」

 キャサリンはベルを鳴らして秘書を呼んだ。

「すぐにラランジェグループの責任者を呼んでちょうだい」

 秘書が頭を下げて出て行った。

「そうよ、あの男を使えばいいのよ。金利は高いかもしれないけれど、資金さえ調達すれば仕入れも再会できるわ。オース商会と同じ商品をもっと安く売れば、客はこちらに流れるはず……そうなれば後は、少しくらい値を上げても……ふふふ……ふははははは。いつもサムを熱い目で見ているご夫人方に、彼とのデートでもちらつかせれば飛びつくわね、きっと」

 キャサリンはあれほど好きで手に入れたサムさえ利用するつもりになっている。
 獲らぬ狸のなんとやらで、キャサリンはすっかり上機嫌になっていた。

「お客様です。ラランジェグループのケイン様がお越しです」

「すぐに通してちょうだい。お茶を出したら、誰も部屋に入らないように。ああ、サムは同席させて」

「畏まりました」

 ケインが入ってきた。
 この男はエクス元侯爵の執事をしていた男だ。
 その腹黒さを気に入ったララが連れてきて、裏家業を任せている。

「急な呼び出しだねぇ」

 男は無遠慮にソファーに座った。
 少し顔を顰めたキャサリンだが、今は仕方がないと文句を言わなかった。

「どう? また抱かれたくなったのかい?」

「違うわよ。まあ、今回のことに協力するなら、抱かれてあげても良いわよ?」

「いや、それは遠慮しておこう。私もなかなかモテるんでね」

「勝手にしなさい!」

 ドアがノックされ、サムが顔を出す。
 キャサリンには見えないように、ケインがサムにウィンクをして見せた。

「お客様かい?」

「ええ、こちらはラランジェグループのケインさんよ。金融業もしておられるの」

 ケインとサムが握手をした。

「ご夫婦がご一緒なのは初めて見ましたね。ケインと申します」

「副会長がお世話になっているようで。サムと申します」

 キャサリンが余裕の笑顔で口を開いた。

「うちの従業員が下手を打って、王都銀行から取引を止められているのよ。すぐに戻る算段はあるのだけれど、仕入れをするための現金が必要なの。それに支払いもあるでしょう? そこで短期融資をお願いしたいのよ」

「なるほど」

「借主はグルー商会だから、私と夫が個人で保証人になるわ。金額はこれよ」

 キャサリンがメモを渡す。

「こりゃ大金だ。右から左というわけにはいかない額だ。仕入れと支払いでこれほど必要なのかい?」

「今回はオース商会に差をつけたいのよ。だから今までよりずっと高価なものが必要だわ」

「オース商会のお客さんといえば、高位貴族ばかりじゃないか。そりゃ宝石ひとつとっても相当高額な者になるね」

「そうなのよ。だから……」

「ダメだな」

 キャサリンが立ち上がる。

「どうして! 返すといっているでしょう」

「そりゃ貸したものはどうあっても返してもらうけど、社運を賭けた商売だろ? コケたら返済も何もありゃしない。君個人になら貸すけれど、グルー商会には貸せないさ」

 キャサリンの顔がパッと明るくなる。
 サムは思わず目を伏せた。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨ 恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...