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39 助け舟を沈める女

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 その日から怒涛の日々が始まった。
 主要取引銀行から取引停止を言い渡されたキャサリンは、予想通りサムに当たり散らす。

「従業員の粗相はあなたの責任でしょう! あなたが王都銀行に行って土下座でも何でもしてきなさいよ!」

 サムが冷静に言う。

「それはもうやったさ。でもダメだったんだよ。取り付くシマもない」

「そこを何とかするのがあなたの仕事じゃないの?」

「できないものはできないよ。王都中の銀行も回ったけれど門前払いさ。打つ手がない」

「情けない男ね」

「嫌なら離婚すれば良いだろう?」

「……離婚したらあの女のところに戻るのでしょう? 絶対にさせないわ。あなたは私のものよ。誰にも渡さない!」

「だったら他の男を漁るような真似を止めて、もっと家業に専念しろよ」

「それはあなたのせいよ! あなたがいつまでたっても私を愛そうとしないからじゃない」

「それは当たり前だろ? 私は君を愛してない。それは結婚する前からずっと言い続けていたはずだ。それでも無理やり籍を入れたのは君じゃないか」

「でも私ほどのいい女が目の前にいるのよ? 手を出そうともしないなんて!」

「だから男漁りをしているというなら、それも仕方が無いのだろう。でもね、私は君が誰と会おうと、誰と寝ようと、何の興味もない」

「出て行って……早く出て行きなさい!」

 サムは肩を竦めて部屋を出て、誰にも聞こえないように呟いた。

「なかなか離婚って言葉は吐かないな……」

 その頃キャサリンは会長室で爪を嚙んでいた。

「あなたを手に入れるために、どれほどの犠牲を払ったと思っているのよ! まったく忌々しい。持ちたくもない裏家業の奴らにも接触して……ああ、そうだわ。その手があったわ」

 キャサリンはベルを鳴らして秘書を呼んだ。

「すぐにラランジェグループの責任者を呼んでちょうだい」

 秘書が頭を下げて出て行った。

「そうよ、あの男を使えばいいのよ。金利は高いかもしれないけれど、資金さえ調達すれば仕入れも再会できるわ。オース商会と同じ商品をもっと安く売れば、客はこちらに流れるはず……そうなれば後は、少しくらい値を上げても……ふふふ……ふははははは。いつもサムを熱い目で見ているご夫人方に、彼とのデートでもちらつかせれば飛びつくわね、きっと」

 キャサリンはあれほど好きで手に入れたサムさえ利用するつもりになっている。
 獲らぬ狸のなんとやらで、キャサリンはすっかり上機嫌になっていた。

「お客様です。ラランジェグループのケイン様がお越しです」

「すぐに通してちょうだい。お茶を出したら、誰も部屋に入らないように。ああ、サムは同席させて」

「畏まりました」

 ケインが入ってきた。
 この男はエクス元侯爵の執事をしていた男だ。
 その腹黒さを気に入ったララが連れてきて、裏家業を任せている。

「急な呼び出しだねぇ」

 男は無遠慮にソファーに座った。
 少し顔を顰めたキャサリンだが、今は仕方がないと文句を言わなかった。

「どう? また抱かれたくなったのかい?」

「違うわよ。まあ、今回のことに協力するなら、抱かれてあげても良いわよ?」

「いや、それは遠慮しておこう。私もなかなかモテるんでね」

「勝手にしなさい!」

 ドアがノックされ、サムが顔を出す。
 キャサリンには見えないように、ケインがサムにウィンクをして見せた。

「お客様かい?」

「ええ、こちらはラランジェグループのケインさんよ。金融業もしておられるの」

 ケインとサムが握手をした。

「ご夫婦がご一緒なのは初めて見ましたね。ケインと申します」

「副会長がお世話になっているようで。サムと申します」

 キャサリンが余裕の笑顔で口を開いた。

「うちの従業員が下手を打って、王都銀行から取引を止められているのよ。すぐに戻る算段はあるのだけれど、仕入れをするための現金が必要なの。それに支払いもあるでしょう? そこで短期融資をお願いしたいのよ」

「なるほど」

「借主はグルー商会だから、私と夫が個人で保証人になるわ。金額はこれよ」

 キャサリンがメモを渡す。

「こりゃ大金だ。右から左というわけにはいかない額だ。仕入れと支払いでこれほど必要なのかい?」

「今回はオース商会に差をつけたいのよ。だから今までよりずっと高価なものが必要だわ」

「オース商会のお客さんといえば、高位貴族ばかりじゃないか。そりゃ宝石ひとつとっても相当高額な者になるね」

「そうなのよ。だから……」

「ダメだな」

 キャサリンが立ち上がる。

「どうして! 返すといっているでしょう」

「そりゃ貸したものはどうあっても返してもらうけど、社運を賭けた商売だろ? コケたら返済も何もありゃしない。君個人になら貸すけれど、グルー商会には貸せないさ」

 キャサリンの顔がパッと明るくなる。
 サムは思わず目を伏せた。
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