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27 過去の話

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 ララが少しだけ肩を竦めてから話し始めた。

「この子の本当の名前はティナリア・アントレットで、21番目の王女です。19番目の王女であるマリアーナ様がエクス元侯爵に売られる時、身代わりで嫁いだのです。ティナリアは側妃の宮で亡くなったことになっています」

「ではマリアーナ王女は亡くなったってこと?」

「いいえ、生きてますよ。もう結婚もして子供もおられます」

「じゃあティアナちゃんは死んだことになって、代わりに結婚したの?損した感じだね」

「いいえ、むしろ得してますよ。この家は母の実家なのですが、住む人も無くてボロボロだったのをここまで直して下さいましたし、嫁ぎ先からも逃がしてくれました。私は王女なんて辞めたかったので、平民になれて大満足なんです。それに生活費としてかなりのお金も戴きましたから、こんな原価計算もしないような商売ができるんです。あのままでいたら、私は餓死していたかもしれません」

「餓死? 王女様が? 意味不明だな。それにしてもよくエクス家から逃げられたね」

 ララが言う。

「私が囮で残りましたからね。あのおじいちゃんは趣味に生きる人だったので、二人合わせると2年以上は元侯爵の妻をやりましたが、顔を合わせるのは朝食の時だけで、廊下ですれ違っても声もかけられません。その代わり品位維持費は弾んでくれますから貯蓄し放題ですよ。おいしい仕事でした」

 キースが目を丸くしている。

「ああ……なるほど。それがこの前のララ発言の理由か」

「そうです。彼女はエクス元侯爵との婚姻届けにサインをしただけで、私は彼の死亡診断書に確認サインをしただけですよ」

「ああ、亡くなっちゃったんだ」

「ええ、爵位は息子さんが継いでますし、何人目かの継母であるマリアーナは、自分の子供より年下でしたからね。死亡と同時に縁切りですよ」

「なんだか凄い話だね」

 ティアナが頷いた。

「そうですね。自分から願い出たことですから、ある程度の覚悟はしていたのですが、全く嫌な思いはしなかったです。ずっとララが一緒にいてくれましたし。毎日草ばかり食べていたあの頃に比べたら楽園でしたよ」

「腹違いの姉の代理で年寄りのところに嫁いで楽園とは……いったいそれまでどんな暮らしをしていたの?」

 ティアナは森に囲まれた宮で暮らしていた頃の話をした。
 掃除や洗濯は自分たちでやったこと、週に一度届く食材で母が料理を教えてくれたこと。
 母がなくなり林の中に一人で埋葬したことや、食材が来なくなって困り果てたことも、隠さず全てを話す。

「なるほど、それでお隣に行ったんだ」

「ええ、最初はメイドか下働きに雇ってもらえないかと思って行ったのです」

「それでラブシーンを目撃したわけだ」

「そして足をひねっちゃって、あれよあれよという間にって感じです」

「聞いてるだけならとても面白いけれど、本人は必死だったろうね」

「そりゃ必死でしたよ。でもずっとララが一緒にいてくれるから心強かったです」

 二人がララの顔を見た。

「私は自分の主に命じられたので同行しただけですよ。でもこのお嬢さんったら、どこか抜けているのに、腹を括るのだけはとても早いんです。もう見ていて楽しくて、つい肩入れしちゃうんですよね」

「ああ、わかる」

 キースとウィスが一緒に声に出した。
 ウィスが言う。

「最初に会った時なんて、目をキラキラさせてさぁ。財布を握ってきょろきょろしてるんだもん。後ろにスリがいるのも気付いてないし。心配になるような子だったよ」

 キースが続ける。

「私が出会ったときもそうさ。質の悪そうな男の中に突っ込んでいくんだから、つい助けちゃうよね。見ず知らずの他人の代わりに攫われそうになってるんだもん。焦ったよ」

 三人が楽しそうにティアナの話をしている。
 ティアナは今この瞬間も夢なのではないかと思った。
 キースの横顔を盗み見ているティアナを、ララとウィスがニヤニヤと見ているのにも気付いてはいない。
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