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24 初恋の音
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助けてと叫んでみたが、集まっている人達も怖いのだろう、見物人に徹している。
「何事か!」
少し高めだがよく通る声が聞こえ、男たちは動きを止める。
ティアナがその声の主に顔を向けた瞬間、攫おうとしていた男にドサッと落とされた。
男の子が駆け寄ってきて、ティアナの捲れたスカートを必死で押さえてくれた。
「大丈夫か?」
「助けていただいてありがとうございます」
「馬車に載せられていたご婦人は無事だ。安心してくれ」
騒ぎを聞きつけて駆け付けた警備隊員が数人の男たちを拘束する。
その中にトマスの姿は無く、なぜか無性に安心するティアナ。
スカートを押さえていた男の子が、馬車から降りてくる女性に駆け寄った。
警備隊員の手を借りながら、ようやく降り立った中年女性が男の子を抱きしめる。
かなり無茶をしてしまったが、抱き合う二人を見ていると妙な達成感がこみ上げた。
自分の服についた汚れも払わず、二人の姿を眺めるティアナの顔を、昼下がりの明るい日差しが照らした。
その顔を凝視した騎士が言葉を発した。
「その目は……」
ティアナは慌てて目を逸らしたが、騎士は咄嗟に跪こうとしていた。
「お願いですからやめてください」
「しかし……王家の……」
「どうぞ何も言わないでください。ちゃんと説明しますから」
騎士はゆっくりと頷くと、ティアナのエプロンについた泥をパンパンと払ってくれた。
「お姉さん、助けてくれてありがとう」
男の子がぺコンと頭を下げ、その後ろでリーナと呼ばれていた女性もお辞儀をしていた。
ティアナは男の子の頭をそっと撫でる。
「よく頑張りましたね。とても勇敢でしたよ。でも一人で大人の男に向かっていくのは無謀とも言います。周りの大人に助けを求めることも覚えてくださいね」
男の子とお付きの女性は何度も頭を下げながら去って行った。
ティアナの後ろから先ほどの騎士が小さい声で言う。
「あなたもですよ、王女様」
聞こえない振りをしたティアナは、騎士に向かって微笑んだ。
ふと見ると、男の胸に王家の紋章が刺繡されている。
ああ、私ってば、なんで首突っ込んじまったかなぁと思うが、時すでに遅し。
投げ出した買い物かごを持った騎士を促して家路を急いだ。
店の前にはトマスが運んでくれた麻袋。
ふと見ると王城前広場にはたくさんの人だかりだ。
先ほどの子供もこれを見に来ていたのかもしれないとぼんやり考えた。
鍵を開け騎士を招き入れる。
大きな体を縮こませながら入ってきた騎士は、店内をきょろきょろしていたが、ティアナが中央のテーブルを示すと、大人しく座った。
「紅茶でいいですか?」
「とんでもございません、王女殿下」
ティアナは久々に聞くその単語に、溜息を吐く。
「その呼び方は止めてください」
お茶の準備の手を止めて、騎士の前に進む。
座っている騎士より頭一つ分くらい高い位置にあるのが、立っているティアナの頭だ。
図らずも見上げた騎士の顔を、至近距離で見下ろす形になったティアナの顔が、一瞬で固まった。
その時の彼女の心情を擬音化すると『ずきゅゅゅゅん』だろうか。
その音が鳴りやむと、どこからか舞い降りてきた小さなエンジェル達が、金色のラッパを吹き鳴らし、その周りでピンク色の聖霊たちが花弁を撒き散らす。
すべては幻聴幻覚のはずだが、その時のティアナにははっきりと見えていた。
息をするのも忘れ、騎士の目を凝視するティアナ。
王家の色をした瞳に射抜かれて、動けなくなった騎士。
どのくらいそうしていただろうか……
「ティアナさん!」
駆け込んできたのはララだ。
ララは素早く二人の間に割り込み、どこからか小さなナイフを取り出した。
ティアナを背に庇いながら、騎士に向かってナイフを向ける。
暫し呆けたようになっていたとはいえ、彼も現役の騎士だ。
椅子から腰を浮かせ、ララの攻撃に備える態勢をとった。
「やめてララ! その騎士様は私を助けてくれたのよ」
騎士から目線を外さず、ララが背中のティアナに聞いた。
「危害は加えられていませんか? スカートやエプロンが汚れているように見えますが」
「これは違うの。こうなった原因から救ってくださったのよ。いいからすぐにナイフを下ろしなさい」
ララは緊張を解かないまま、ナイフだけを下ろす。
二人の間にティアナが体を滑り込ませた。
「騎士様、申し訳ございません。彼女は私を守ろうとしただけです。お許しください」
騎士がホッと息を吐いた。
「許すも何もありませんよ。優秀な護衛がついていたのですね。安心しました。それにしても先ほどはいなかったようですが? 君は何処に行っていた? 職務怠慢ではないか?」
ララが口を開こうとしたとき、今度はウィスが入ってきた。
状況がつかめず、入り口で固まるウィスに、視線を向けないままララが声を掛けた。
「ごめんウィス。今日はもう帰って」
「え? 何がどうなってるんだ?」
「良いから! 早く帰ってちょうだい。あなたを巻き込みたくない」
しかしウィスは逆に近づいてきた。
「こんな殺伐とした空気の中に恋人を置き去りにするほど腰抜けじゃないよ」
ウィスはララとティアナを守るように後ろに下がらせてから騎士に顔を向けた。
「あなたもお座りになってください」
騎士はニヤッと笑ってから壁際の席に落ち着いた。
ウィスが口を開く。
「王宮護衛騎士様が何事でしょうか? ここは至って普通の食堂です。しかも今日は定休日だ。ご説明いただけますか?」
「違うの、違うのよウィス。この方は私を助けてここまで送って下さったの。ララが誤解して緊張状態になっただけなのよ」
ララはまだ騎士を信用していない様子だが、ウィスは冷静に騎士の顔を見た。
騎士が穏やかな顔で頷いた。
ウィスが言う。
「ララちゃん、どうも君の勘違いのようだよ? ここは謝った方が良くない?」
ララが小さく舌打ちをした。
「どうもすんません」
騎士が吹き出してしまった。
「何事か!」
少し高めだがよく通る声が聞こえ、男たちは動きを止める。
ティアナがその声の主に顔を向けた瞬間、攫おうとしていた男にドサッと落とされた。
男の子が駆け寄ってきて、ティアナの捲れたスカートを必死で押さえてくれた。
「大丈夫か?」
「助けていただいてありがとうございます」
「馬車に載せられていたご婦人は無事だ。安心してくれ」
騒ぎを聞きつけて駆け付けた警備隊員が数人の男たちを拘束する。
その中にトマスの姿は無く、なぜか無性に安心するティアナ。
スカートを押さえていた男の子が、馬車から降りてくる女性に駆け寄った。
警備隊員の手を借りながら、ようやく降り立った中年女性が男の子を抱きしめる。
かなり無茶をしてしまったが、抱き合う二人を見ていると妙な達成感がこみ上げた。
自分の服についた汚れも払わず、二人の姿を眺めるティアナの顔を、昼下がりの明るい日差しが照らした。
その顔を凝視した騎士が言葉を発した。
「その目は……」
ティアナは慌てて目を逸らしたが、騎士は咄嗟に跪こうとしていた。
「お願いですからやめてください」
「しかし……王家の……」
「どうぞ何も言わないでください。ちゃんと説明しますから」
騎士はゆっくりと頷くと、ティアナのエプロンについた泥をパンパンと払ってくれた。
「お姉さん、助けてくれてありがとう」
男の子がぺコンと頭を下げ、その後ろでリーナと呼ばれていた女性もお辞儀をしていた。
ティアナは男の子の頭をそっと撫でる。
「よく頑張りましたね。とても勇敢でしたよ。でも一人で大人の男に向かっていくのは無謀とも言います。周りの大人に助けを求めることも覚えてくださいね」
男の子とお付きの女性は何度も頭を下げながら去って行った。
ティアナの後ろから先ほどの騎士が小さい声で言う。
「あなたもですよ、王女様」
聞こえない振りをしたティアナは、騎士に向かって微笑んだ。
ふと見ると、男の胸に王家の紋章が刺繡されている。
ああ、私ってば、なんで首突っ込んじまったかなぁと思うが、時すでに遅し。
投げ出した買い物かごを持った騎士を促して家路を急いだ。
店の前にはトマスが運んでくれた麻袋。
ふと見ると王城前広場にはたくさんの人だかりだ。
先ほどの子供もこれを見に来ていたのかもしれないとぼんやり考えた。
鍵を開け騎士を招き入れる。
大きな体を縮こませながら入ってきた騎士は、店内をきょろきょろしていたが、ティアナが中央のテーブルを示すと、大人しく座った。
「紅茶でいいですか?」
「とんでもございません、王女殿下」
ティアナは久々に聞くその単語に、溜息を吐く。
「その呼び方は止めてください」
お茶の準備の手を止めて、騎士の前に進む。
座っている騎士より頭一つ分くらい高い位置にあるのが、立っているティアナの頭だ。
図らずも見上げた騎士の顔を、至近距離で見下ろす形になったティアナの顔が、一瞬で固まった。
その時の彼女の心情を擬音化すると『ずきゅゅゅゅん』だろうか。
その音が鳴りやむと、どこからか舞い降りてきた小さなエンジェル達が、金色のラッパを吹き鳴らし、その周りでピンク色の聖霊たちが花弁を撒き散らす。
すべては幻聴幻覚のはずだが、その時のティアナにははっきりと見えていた。
息をするのも忘れ、騎士の目を凝視するティアナ。
王家の色をした瞳に射抜かれて、動けなくなった騎士。
どのくらいそうしていただろうか……
「ティアナさん!」
駆け込んできたのはララだ。
ララは素早く二人の間に割り込み、どこからか小さなナイフを取り出した。
ティアナを背に庇いながら、騎士に向かってナイフを向ける。
暫し呆けたようになっていたとはいえ、彼も現役の騎士だ。
椅子から腰を浮かせ、ララの攻撃に備える態勢をとった。
「やめてララ! その騎士様は私を助けてくれたのよ」
騎士から目線を外さず、ララが背中のティアナに聞いた。
「危害は加えられていませんか? スカートやエプロンが汚れているように見えますが」
「これは違うの。こうなった原因から救ってくださったのよ。いいからすぐにナイフを下ろしなさい」
ララは緊張を解かないまま、ナイフだけを下ろす。
二人の間にティアナが体を滑り込ませた。
「騎士様、申し訳ございません。彼女は私を守ろうとしただけです。お許しください」
騎士がホッと息を吐いた。
「許すも何もありませんよ。優秀な護衛がついていたのですね。安心しました。それにしても先ほどはいなかったようですが? 君は何処に行っていた? 職務怠慢ではないか?」
ララが口を開こうとしたとき、今度はウィスが入ってきた。
状況がつかめず、入り口で固まるウィスに、視線を向けないままララが声を掛けた。
「ごめんウィス。今日はもう帰って」
「え? 何がどうなってるんだ?」
「良いから! 早く帰ってちょうだい。あなたを巻き込みたくない」
しかしウィスは逆に近づいてきた。
「こんな殺伐とした空気の中に恋人を置き去りにするほど腰抜けじゃないよ」
ウィスはララとティアナを守るように後ろに下がらせてから騎士に顔を向けた。
「あなたもお座りになってください」
騎士はニヤッと笑ってから壁際の席に落ち着いた。
ウィスが口を開く。
「王宮護衛騎士様が何事でしょうか? ここは至って普通の食堂です。しかも今日は定休日だ。ご説明いただけますか?」
「違うの、違うのよウィス。この方は私を助けてここまで送って下さったの。ララが誤解して緊張状態になっただけなのよ」
ララはまだ騎士を信用していない様子だが、ウィスは冷静に騎士の顔を見た。
騎士が穏やかな顔で頷いた。
ウィスが言う。
「ララちゃん、どうも君の勘違いのようだよ? ここは謝った方が良くない?」
ララが小さく舌打ちをした。
「どうもすんません」
騎士が吹き出してしまった。
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