22 / 46
22 ウィスの過去
しおりを挟む
ほぼ無理やり食堂のスタッフになったララは、自己申告の通り本当によく働く。
ティアナが朝食を準備している間に、ちゃっちゃと掃除を済ませるララ。
客あしらいも上手く、ティアナの料理と同じくらいララの笑顔がお客を呼んでいた。
ランチタイムを終え、いつものようにウィスが顔を出す。
「お疲れさん。今日も忙しそうだったねぇ」
「あらウィス。今日は少し遅いのね。もう先に食べちゃおうかって言ってたところよ」
同じ年だと分かってから、ララもウィスも遠慮がなくなっていた。
「うん、今日は教会のバザーがあったから手伝いに行ってたんだよ。あちらでも炊き出しをしてたけど、こっちの方が旨いから戻ってきた」
「教会の手伝い? 意外と殊勝なことをするのねぇ」
「まあね、どう? 今度一緒に行ってみない? あそこの牧師は古い知り合いなんだ。僕がここに住み始めたのも彼の紹介さ」
初めて聞く話にティアナが調理の手を止めた。
「ウィスって元々ここの人じゃないの?」
「うん違うよ。僕がここに住み始めたのは5年前さ。それで花屋を始めたんだ」
ララがチラッとティアナを見てからウィスに話しかける。
「なぜ辞めたの? 騎士だったのでしょ?」
ウィスが目を丸くする。
「良く分かったねぇ。僕はトール辺境伯家の三男だった。騎士ではないけれど騎士と同じ訓練は受けていたから、まあ……そうだね。騎士みたいなもんだね」
あっさりと認めたウィスが、自分の過去を話し始めた。
ウィスの実家であるトール辺境伯家では少し変わった後継者選びをする伝統があった。
当主が代わると同時に前辺境伯と妻たちは別邸に移り、新しい当主は妻帯とほぼ同時に数人の妾も娶る。
妻妾同居は当たり前で、承継から5年の間に生まれた男児だけが次代の継承権を持つ。
産んだ女の身分などは関係なく、とにかく優秀な者が次の辺境伯となる。
「僕の時は長男と次男が同じ年で、ひとつ下に僕がいて、その下に二人弟がいたよ。結局男児は5人だけだったから、この5人が継承権を賭けて争うわけさ。姉や妹もいたけれど女性には権利がないからね。楽しく遊び暮らしていてね。とても羨ましかった」
「なんだかどこかで聞いたような話ね」
ララの声にティアナが頷く。
「王家の話と似てるよね。この国の伝統なのかしら」
「クズね」
「そうね、クズだわ」
女性二人が顔を顰めるのを困った顔で見ていたウィスが続ける。
「兄弟の仲は悪くは無かったんだよ。まあそういうところも採点基準になるから表面上だけかもしれないけど、少なくとも僕は兄達も弟達も好きだった。特に仲が良かったのは次兄でね、彼はとても頭が良くて、いろいろな話を聞くのが楽しかった」
ララがお代わりのフィッシュフライをティアナに要求しながら、話を促した。
ウィスも3個目のパンに手を伸ばしながら話し続ける。
「でも次兄は剣の腕がイマイチだったんだよね。なんと言うか打ち込むのも受けるのも、最終的には本能的なんだ。そこに訓練と実戦経験が加わった結果、剣技は上達する。でも彼は体が動く前に脳が動く。だから対応が一歩遅れる。これは致命的な欠点だよ」
ララがタルタルソースを揚げたてのフライにたっぷり掛けながら頷いた。
「ああ、それはダメね。死ぬわ」
「そうなんだ。だから死んじゃったんだよ。訓練中に」
ティアナが息をのんだ。
「え? 訓練中に? 死ぬってことあるの?」
「そりゃあるでしょうよ。そのくらいやらないと強くはなれないもん」
ララはさぞ当たり前のように言う。
ウィスが続けた。
「次兄の頭に訓練剣を打ち込んだのは父だよ。彼は15才になったばかりの息子に、渾身の力で木剣を振り降ろしたのさ。僕を含めた残りの4人は目の前でその光景を見た。次は自分だと思って震えたよ」
一気に食欲が失せたティアナの前で、むしゃむしゃと食事を続ける二人。
「それから数日後、一番下の弟が逃げ出した。そしてその次の日には……長兄が首を吊ったんだ。これはさすがにショックだった。なんだかんだ言っても彼が継ぐと思っていたから」
ララがごくんと最後のフィッシュフライを飲み込んだ。
「そしてウィスがここにいるということは、弟さんが一人だけ残ったのね?」
「そうだ。僕は彼に殺されそうになって逃げたから」
「決闘でも申し込まれたの?」
「それなら喜んで受けたさ。でもあいつが選んだ手段は毒だった。そして僕の母親がそれを飲んで死んだ。もう全部が嫌になって、訓練遠征の途中で姿を消したのさ。そしてこの街にやってきた」
ララがチラッとウィスを見た。
「牧師さんは、一番下の弟さん?」
ウィスが肩を竦めた。
「ララにはかなわないね。その通りだよ」
途中からショックのあまり話についていけなくなっていたティアナだったが、その新事実に言葉を失った。
「なんて言っていいのかわからないけど……壮絶ねぇ」
ティアナの言葉にララが顔を向けた。
「あなたもなかなかだと思うけど? そういう意味だと私が一番普通ね」
ウィスがララに聞く。
「普通? 君の戦闘能力は半端ないと見てるんだが」
ララが小首を傾げる。
「戦闘能力については否定しないわ。それなりに自負もあるし。でも私の過去なんて良くある話よ? 孤児を引き取って訓練して、金持ちに高値で売る。そんな奴が育ての親よ」
ウィスとティアナが顔を見合わせた。
「ララはここでウェイトレスしてるより、誰かの護衛になった方が稼げるんじゃない?」
ウィスの言葉にララは鼻で笑った。
「それはあなたも同じでしょう? でも私はここが気に入っているし、物凄くお金持ちだから稼ぐ必要が無いのよ」
事情を知っているティアナとは違い、ウィスはその言葉を冗談だと受け取ったようだ。
「ははは! 物凄い金持ちかぁ、羨ましいねぇ」
「そうでしょ? ウィスはもう少し私を崇め奉った方が良いと思うわよ?」
ララは冗談とも本気ともわからない言葉を返した。
ティアナが朝食を準備している間に、ちゃっちゃと掃除を済ませるララ。
客あしらいも上手く、ティアナの料理と同じくらいララの笑顔がお客を呼んでいた。
ランチタイムを終え、いつものようにウィスが顔を出す。
「お疲れさん。今日も忙しそうだったねぇ」
「あらウィス。今日は少し遅いのね。もう先に食べちゃおうかって言ってたところよ」
同じ年だと分かってから、ララもウィスも遠慮がなくなっていた。
「うん、今日は教会のバザーがあったから手伝いに行ってたんだよ。あちらでも炊き出しをしてたけど、こっちの方が旨いから戻ってきた」
「教会の手伝い? 意外と殊勝なことをするのねぇ」
「まあね、どう? 今度一緒に行ってみない? あそこの牧師は古い知り合いなんだ。僕がここに住み始めたのも彼の紹介さ」
初めて聞く話にティアナが調理の手を止めた。
「ウィスって元々ここの人じゃないの?」
「うん違うよ。僕がここに住み始めたのは5年前さ。それで花屋を始めたんだ」
ララがチラッとティアナを見てからウィスに話しかける。
「なぜ辞めたの? 騎士だったのでしょ?」
ウィスが目を丸くする。
「良く分かったねぇ。僕はトール辺境伯家の三男だった。騎士ではないけれど騎士と同じ訓練は受けていたから、まあ……そうだね。騎士みたいなもんだね」
あっさりと認めたウィスが、自分の過去を話し始めた。
ウィスの実家であるトール辺境伯家では少し変わった後継者選びをする伝統があった。
当主が代わると同時に前辺境伯と妻たちは別邸に移り、新しい当主は妻帯とほぼ同時に数人の妾も娶る。
妻妾同居は当たり前で、承継から5年の間に生まれた男児だけが次代の継承権を持つ。
産んだ女の身分などは関係なく、とにかく優秀な者が次の辺境伯となる。
「僕の時は長男と次男が同じ年で、ひとつ下に僕がいて、その下に二人弟がいたよ。結局男児は5人だけだったから、この5人が継承権を賭けて争うわけさ。姉や妹もいたけれど女性には権利がないからね。楽しく遊び暮らしていてね。とても羨ましかった」
「なんだかどこかで聞いたような話ね」
ララの声にティアナが頷く。
「王家の話と似てるよね。この国の伝統なのかしら」
「クズね」
「そうね、クズだわ」
女性二人が顔を顰めるのを困った顔で見ていたウィスが続ける。
「兄弟の仲は悪くは無かったんだよ。まあそういうところも採点基準になるから表面上だけかもしれないけど、少なくとも僕は兄達も弟達も好きだった。特に仲が良かったのは次兄でね、彼はとても頭が良くて、いろいろな話を聞くのが楽しかった」
ララがお代わりのフィッシュフライをティアナに要求しながら、話を促した。
ウィスも3個目のパンに手を伸ばしながら話し続ける。
「でも次兄は剣の腕がイマイチだったんだよね。なんと言うか打ち込むのも受けるのも、最終的には本能的なんだ。そこに訓練と実戦経験が加わった結果、剣技は上達する。でも彼は体が動く前に脳が動く。だから対応が一歩遅れる。これは致命的な欠点だよ」
ララがタルタルソースを揚げたてのフライにたっぷり掛けながら頷いた。
「ああ、それはダメね。死ぬわ」
「そうなんだ。だから死んじゃったんだよ。訓練中に」
ティアナが息をのんだ。
「え? 訓練中に? 死ぬってことあるの?」
「そりゃあるでしょうよ。そのくらいやらないと強くはなれないもん」
ララはさぞ当たり前のように言う。
ウィスが続けた。
「次兄の頭に訓練剣を打ち込んだのは父だよ。彼は15才になったばかりの息子に、渾身の力で木剣を振り降ろしたのさ。僕を含めた残りの4人は目の前でその光景を見た。次は自分だと思って震えたよ」
一気に食欲が失せたティアナの前で、むしゃむしゃと食事を続ける二人。
「それから数日後、一番下の弟が逃げ出した。そしてその次の日には……長兄が首を吊ったんだ。これはさすがにショックだった。なんだかんだ言っても彼が継ぐと思っていたから」
ララがごくんと最後のフィッシュフライを飲み込んだ。
「そしてウィスがここにいるということは、弟さんが一人だけ残ったのね?」
「そうだ。僕は彼に殺されそうになって逃げたから」
「決闘でも申し込まれたの?」
「それなら喜んで受けたさ。でもあいつが選んだ手段は毒だった。そして僕の母親がそれを飲んで死んだ。もう全部が嫌になって、訓練遠征の途中で姿を消したのさ。そしてこの街にやってきた」
ララがチラッとウィスを見た。
「牧師さんは、一番下の弟さん?」
ウィスが肩を竦めた。
「ララにはかなわないね。その通りだよ」
途中からショックのあまり話についていけなくなっていたティアナだったが、その新事実に言葉を失った。
「なんて言っていいのかわからないけど……壮絶ねぇ」
ティアナの言葉にララが顔を向けた。
「あなたもなかなかだと思うけど? そういう意味だと私が一番普通ね」
ウィスがララに聞く。
「普通? 君の戦闘能力は半端ないと見てるんだが」
ララが小首を傾げる。
「戦闘能力については否定しないわ。それなりに自負もあるし。でも私の過去なんて良くある話よ? 孤児を引き取って訓練して、金持ちに高値で売る。そんな奴が育ての親よ」
ウィスとティアナが顔を見合わせた。
「ララはここでウェイトレスしてるより、誰かの護衛になった方が稼げるんじゃない?」
ウィスの言葉にララは鼻で笑った。
「それはあなたも同じでしょう? でも私はここが気に入っているし、物凄くお金持ちだから稼ぐ必要が無いのよ」
事情を知っているティアナとは違い、ウィスはその言葉を冗談だと受け取ったようだ。
「ははは! 物凄い金持ちかぁ、羨ましいねぇ」
「そうでしょ? ウィスはもう少し私を崇め奉った方が良いと思うわよ?」
ララは冗談とも本気ともわからない言葉を返した。
14
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
業腹
ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。
置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー
気がつくと自室のベッドの上だった。
先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた
バツイチ夫が最近少し怪しい
家紋武範
恋愛
バツイチで慰謝料を払って離婚された男と結婚した主人公。
しかしその夫の行動が怪しく感じ、友人に相談すると『浮気した人は再度浮気する』という話。
そう言われると何もかもが怪しく感じる。
主人公は夫を調べることにした。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【悪女】の次は【意地悪な継母】のようです。
ごろごろみかん。
恋愛
旦那様は、私の言葉を全て【女の嫉妬】と片付けてしまう。
正当な指摘も、注意も、全て無視されてしまうのだ。
忍耐の限界を試されていた伯爵夫人ルナマリアは、夫であるジェラルドに提案する。
「もうやめましょう。お互いの幸せのためにも、私たちは解放されるべきです」と。
──悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる