上 下
15 / 46

15 世間知らずです

しおりを挟む
「あれ? さっきのお嬢さんじゃないか」

 トマスはニコニコと笑いながらティアナの頭に手を置いた。

「このお嬢さんは僕の大切な友達なんだ。さっき聞いたら配達までしてもらえるって喜んでいたから、僕からも礼を言おうと思ってね」

「は……ははは……そういうこと? 参ったな……」

「今後とも僕の友人をよろしくね」

 肉屋の親父が苦笑いをしてる。
 そんな事などお構いなしに、今度は八百屋に突撃するトマス。
 ティアナはどぎまぎしながら引っ張られていくしかない。
 同じような会話を繰り返し、同じような反応を見せられながら店をでる。

「あのね、ティアナちゃん。言い値で買っちゃだめだよ。あちらも値切られるのを加味して値段を決めているから大丈夫。絶対に損はしない」

「そういうものなのですか」

「うん、そういうものなのです。心配な子だなぁ。あとはどこに寄るの?」

「あとはパン屋さんに行くつもりでした。昨日教えていただいたサンドイッチがすごくおいしくて」

「ねっ! あそこのおいしいでしょう? じゃあ一緒に行こう」

「え? え? え?」

 戸惑うティアナの手をがっちり握って歩き出すトマス。
 ティアナはもういっぱいいっぱいだった。

「私の心臓……もつかしら」

「ん? 何か言った?」

 ぶんぶんと首を横に振り、走るようにトマスに着いて行くティアナだった。

「あら、いらっしゃい。トマスじゃない。今日も来てくれたんだ」

「ああ、シェリーのパンがおいしいってこちらのお嬢さんが言うから案内してきたよ」

「まあ! ありがたいわ。昨日のお嬢さんね? 毎度御贔屓にありがとうございます」

 焼きたてのパンの香りに包まれつつも、ティアナは複雑な心境だった。
 この二人の空気感は何だろう。
 とても親しそうだけれど、それ以上に親密な感じだ。

「ん? どうしたの? ティアナちゃん。欲しいパンがない?」

「えっ、違います。どれもおいしそうで迷ってしまって」

「うんうん、そうだろう。シェリーが焼くパンは最高だからね。僕の大好物なんだ」

「そう……ですか。えっと……これとこれと……これを下さい」

 シェリーが不思議そうな顔をする。

「そんなに家族がいるの?」

 ティアナの代わりにトマスが答える。

「違うよ、シェリー。ティアナちゃんは角の店で食堂を開くんだ。今は準備中」

 シェリーの笑顔が弾ける。

「あそこで? 改装してたとこ? 一等地よね。いつ開店なの?楽しみだわ」

「まだはっきりとは決めてなくて……でもできるだけ早くとは思っています」

「そうなのね? パンも自分で焼くの?」

「いえ、パンは仕入れようと思っています。一人でやるので手がまわらないので」

「そういうことなら協力させて下さいな。卸価格はここに書いてある値札の8割でいいわ」

「え? そんなに安く?」

「毎日買って貰えるのだもの、そのくらいはさせてもらうわよ」

「ではその時にはよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いしますね。でもうちは配達はしてないのよ。大丈夫?」

 トマスが口を挟んだ。

「シェリーのパンなら僕が毎日届けてあげるよ。どうせ出勤前には焼けているんだから」

「そうね、あの店なら出勤の途中だものね。よろしくね、トマス」

 トマスがふざけるように敬礼した。
 ティアナは口から心臓が飛び出すような気分を味わった。

「あの……私、お昼までに戻らないといけないのでそろそろ……」

「ああ、ごめんなさいね。すぐに包むわ」

 シェリーがバゲット三本を紐で縛り、くるくると紙で包んだ。

「頑張ってね、ティアナちゃん」

 シェリーがトマスの真似をしてティアナの名を口にした。
 ティアナは引き攣りそうになるのを何とか抑えて、笑顔で礼を言った。

「送っていくよ、ティアナちゃん」

「大丈夫です。これくらいならぜんぜん持てますから」

 少し驚いた顔をするトマスにも笑顔を向けて、ティアナは店を出た。
 バゲットを抱えて速足で歩く。
 少しでも早くあの店から遠ざかりたいと思っている自分に嫌気がさした。
 自宅に着いた頃には、ほとんど走っていたティアナの息が荒い。

「どうしたのよ、走ってきたの? まだ来てないから大丈夫だったのに」

 顔色の悪いティアナを心配してルイザが通りまで出てきた。

「大丈夫です。ちょっと遅くなったので」

「来たらお店に行かせるわ」

「よろしくお願いします」

 急いで店に入り、水をごくごくと飲んだ。

「あんなに親切にしてくれたのに……悪い子としちゃった」

 自己嫌悪に陥っても、もう過去のことだ。
 椅子に座ってぼんやりと買ったばかりのバゲットを眺めていると、八百屋の親父がドアを開けた。

「たくさんにありがとうね。店を開くんだろ? 安くしとくからこれからもよろしくね」

「はい、こちらこそ」

「トマスの紹介だから。これオマケだ」

 大きなレモンが10個入った紙袋を渡された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

業腹

ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。 置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー 気がつくと自室のベッドの上だった。 先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた

バツイチ夫が最近少し怪しい

家紋武範
恋愛
 バツイチで慰謝料を払って離婚された男と結婚した主人公。  しかしその夫の行動が怪しく感じ、友人に相談すると『浮気した人は再度浮気する』という話。  そう言われると何もかもが怪しく感じる。  主人公は夫を調べることにした。

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。

白霧雪。
恋愛
 王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【悪女】の次は【意地悪な継母】のようです。

ごろごろみかん。
恋愛
旦那様は、私の言葉を全て【女の嫉妬】と片付けてしまう。 正当な指摘も、注意も、全て無視されてしまうのだ。 忍耐の限界を試されていた伯爵夫人ルナマリアは、夫であるジェラルドに提案する。 「もうやめましょう。お互いの幸せのためにも、私たちは解放されるべきです」と。 ──悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

処理中です...