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13 お隣さん

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 数歩も歩かないうちに声がかかった。
 どうやらお隣さんのようだ。

「おや? 新しいオーナーかい?」 

「おはようございます。こちらでお店を開こうと思っているティアナと言います。どうぞよろしくお願いします」

 長い赤毛を無造作に結いあげた三十代くらいの女性が笑顔を見せた。

「そこはずっと空き家でね。去年改装したからいつ開店するのかと思ってたけど、やっと始めるんだね。私はルイザっていうんだ。ここで亭主と床屋をやってる」

「そうですか。どうぞよろしくお願いします。もう少し準備をしてから食堂を開く予定ですので、また改めてご挨拶に伺います」

「へぇ~、若いのにしっかりしてるね。こちらこそよろしく頼むよ。わからないことがあったら何でも聞いておくれ」

「はい、ありがとうございます」

 ティアナはルイザに頭を下げて歩き出した。
 朝の市場は活気がある。
 市場と言えば野菜や魚などの食料品店が多いのかと思っていたが、洋品店や手芸店もあり、市場というより朝早くからやっている商店街というところか。

「まあ! 素敵なお花!」

 黒髪をひとつに括り、背中に流した男性が店から出てきた。

「あれ? 見ない顔だね。この辺りは初めてかい?」

「ええ、あの角の空き家だったところで食堂を始めるティアナと言います」

「あそこかぁ。やっと開店するんだね? ボロボロだったのにきれいになったからさ、いつ始まるんだろうって気になってたんだ」

「どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね。可愛いお嬢さん」

 ティアナは顔を真っ赤に染めながらそそくさと歩き出した。
 八百屋のおじさんも肉屋のおばさんも、気さくに声を掛けてくれる。
 ティアナは胸を躍らせて歩き回った。
 
 商店街を抜けると教会があった。
 壁は煤けているが、掃除は行き届いているようだ
 広くもない庭で子供たちが遊んでいるが、その服はボロボロ。
 小さい子供が人参を握りしめ、ポリポリと齧っている。

 ティアナはその光景にショックを受けたように動けなくなった。
 まるでついこの前までの自分を見る思いがしたのだ。
 教会から出てきた神父もシスターも、洗濯はしているものの、ところどころ薄くなったような制服に身を包んでいる。
 それでも子供たちに声を掛け、抱き上げ微笑みかけていた。
 
「うん、ここの子たちは貧しいだけで不幸では無いわね」

 そう呟いてティアナはその場を離れた。
 来た道を引き返すより、回り道になっても違うルートを辿ろうと、通りを右に曲がったところで、ティアナの肩を掴む者がいた。

「そちらは危ないよ。若いお嬢さんが一人で行くような場所じゃない」

 声は優しいがキッパリと言い切られ、ティアナは恐る恐る振り向いた。
 
「あれ? 見ない顔だ。迷子かな?」

 迷子と言われ目を見開くティアナ。

「私は迷子になるほど子供ではありません!」

 一度は結婚も経験している大人だ! と言いたいところだがグッと堪える。

「ごめんごめん、冗談だよ。でも君みたいな可憐なお嬢さんが一人で入ってはだめだ。この先には飲み屋街があって、きれいなお姐さんたちがたくさんいるんだよ。捕まったらタダ働きさせられてしまう」

 声を掛けた男は、落ち着いた話しぶりとは裏腹に、まだ二十歳そこそこに見える。
 緑がかった青い髪を紺色のリボンで結び、制服と思しき衣装もリボンと同じ紺色だった。
 目はエメラルドのように深い緑色で、森の精を思わせる美丈夫だ。

「ごめんなさい。注意してくださったのに……ありがとうございました」

「いや、迷子なんて言ってごめんね? まだ少女だとおもったんだ。でもよく見たらとてもきれいな女性だったから、焦っちゃったよ。君は一人かい?」

「はい、つい最近引っ越して来たばかりなのです。表通りの角のお店です」

「あの店? そう言えば改装してたよね。確かご年配のご夫婦が住んでたと思うんだけど」

「親戚の者です。もう……亡くなってしまって私が引継ぎました」

「そうなんだ。それで? お店でもやるの?」

「ええ、準備が出来たら食堂をやるつもりです」

「へぇ、それは楽しみだ。僕はトマス・テスラというんだけど、君は?」

「私はティアナといいます」

「そう、今日は? まだ買い物があるの? もう君一人じゃ持てそうにないくらいの荷物だけど」

 お店を覗くたびに気になるものを買っている間に、両手で抱えるほどになっていた。

「来た道ではないルートを通ってみようと思ったんです」

「なるほどね。だったら教会まで戻った方がいい。あそこより北には行かないことをお勧めするよ」

「わかりました、ご親切にありがとうございました」

 ティアナはペコっと頭を下げて反転した。

「ちょっと待ってくれ! そんな荷物を抱えたまま黙って行かせる薄情者にしないでくれ。荷物持ちに立候補しよう」

「え?」

 ティアナの返事を待たずに、どんどん荷物を奪い取るトマス。

「でも騎士様はお仕事中では?」

「騎士様じゃないよ。ここいらの自警団員さ。だからこれもお仕事の一環だ」

 にこやかに微笑むトマスと、さっき購入した林檎より赤い頬をしているティアナ。
 
「さあ、行こうか」

 荷物をすべて片手でもって、ティアナに手を差し出すトマスはどこまでも爽やかだ。
 西大通りを廻って自宅に到着するまで、ティアナの心臓は暴れ続けていた。
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