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10 どうぞお元気で
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今日から1日2話になります。よろしくお願いします。
肩を竦めながら、ララがお道化たように口を開く。
「老年の紳士たちによる女装パーティーですよ。大した秘密じゃなくてがっかりです。でもとても楽しそうに着飾っておられましたよ。互いに着付けを手伝ったり、お化粧を施したり。アクセサリーを選ぶときなど歓声まで上がっていました」
「まあ趣味は人それぞれだからねぇ……それほどまでに隠したいってことよね。でもなぜ妻が必要なの?」
「ドレスを買う理由ですよ。孫も結婚しているような年の人ばかりでしたから、ドレスを誰かにプレゼントするとしたら『若い嫁』しかないでしょう? 一番お金持ちのここの旦那様が湯水のごとく『若い妻』に貢いでいるという世間体が必要だったのでしょうね」
「あらあら。言って下されば協力するのに」
「サイズが違いすぎますよ。出入りの商会の人間は、奥様がとんでもなく大柄な女だと思っているんじゃないですか? だから前妻も、絶対に表には出ないような病弱な女性を選んでいたのでしょうね。今回は王家から売り込まれて断れなかったという事かもしれません」
「なるほど。では私は気付かない振りで1年を過ごせば良いのね」
「その通りです。でもこの際ですから少しでも貯えをなさっては如何です?」
「貯えって?」
「執事を呼んで新しいアクセサリーとかドレスとか買いたいって言うのですよ。きっと何の問題も無く買って貰えますよ。なんせ金庫の中は金貨で一杯ですからね」
「旦那様はどうやって稼いでいるのかしら」
「秘密クラブの年会費みたいですよ? ドレスや宝石は別会計なのでしょう。離れを開放して新しい衣装を購入するだけで、ガポガポ! 羨ましいですねぇ」
「私をマネージャーに雇用してくれないかしら」
「執事がその役をやってますから無理ですね。奥様は今までご苦労なさって来たのです。療養くらいのつもりで贅沢三昧な暮らしを楽しんでください」
「わかったわ」
それから二人は元侯爵の秘密を暴くことなどせず、ゆったりと好きなように暮らした。
街へ行こうにも日帰りで行けるような距離でもなく、必要なものは言えば何でも買い与えられたので、屋敷から出られないというのもそれほど苦痛では無かった。
食べるものにも困るような暮らしをしていたティナリアにとって、大人しくしていれば三食昼寝つきという暮らしは天国のようなものだ。
時折届く実家からの手紙によると、恙なくティナリア・アントレットは病死し、その遺体は母親の実家である食堂に引き取られたそうだ。
そしてマリアーナの専属騎士だったロレンソと専属メイドの一人が結婚し、仕事をやめて隣国に旅立っていったらしい。
「良かったわ。全て上手くいったみたいね」
ティナリアは早速返事を書いた。
手紙は執事によって検閲されていることはララの調べで把握している。
それを踏まえた文章を書くのもとっくに慣れたティナリアだった。
「奥様、そろそろ動きがあるようです」
「あら、まだ1年も経ってないわ? 早かったわね」
「奥様がいなくなったら次の妻が来るだけです。なにをしなくても優雅に暮らせるのですから、代理妻など簡単な役です」
「誰なの?」
「私です」
「はぁ?」
「ちょいと一年ほどお金を貯めさせていただきます。その後はなんとでもしますのでご心配には及びません」
「でもバレるでしょう?」
「大丈夫です。変装も得意ですし、執事にも話はつけてありますので」
「執事? 納得したの?」
「要は秘密がバレなければいいのですよ。あいつも甘い汁を吸ってますからね、逃したくは無いはずです。元侯爵も高齢ですからあと数年かもしれませんし、今の内ですよ」
「殺さないでよ?」
「そんなことはしません。面倒くさいですから」
「なら良いけれど……執事にはなんと?」
「秘密を見たと言いました。奥様を始末してやるから私を後釜に据えろと言ったら納得しましたよ。ですから奥様は恙なく私に消されていただきます。消す方法は任せてくれとは言いましたが、殺すとは言っていません。姿さえ消せば問題ないですよ」
「大丈夫です。王都までは私がお送りするわけにはいきませんが、オース家のものがお迎えに上がります。それまでには偽の祖父母も亡くなることになっていますから、後はあの食堂で頑張ってくださいね。いつか伺いますのでごちそうしてください」
「わかったわ。あなたを信じます。それで、いつなの? 私が消されるのは」
「次の女装パーティーの夜に実行します。今の予定では明後日ですね。宝石類はお持ちになって下さい。ああ、それと……」
ララがスカートの中からじゃらっと音がする革袋を取り出した。
「これは私からのお餞別です。奥様を消し去る手間賃として執事からもぎ取りました」
かなりの金額が入っているようだ。
ティナリアは迷ったが、これから先は一人で生きていくのだと考え直し受け取った。
「有難くいただくわ」
「それが良いです。王都に着いたらすぐに銀行に預けてください。『ティアナ・オース』という名義で貸金庫を開設してあります。これが金庫の鍵で、暗証番号はティナリア様の誕生日です。0603ですよね?」
「私は6月2日生まれよ?」
「ありゃ間違えちゃった。では誕生日プラス1ってことで」
ティナリアは吹き出してしまった。
別にマリアーナが可哀そうで身代わりを申し出たわけでもなく、ただあの状況から脱するに丁度良いと思っただけだった今回の身代わり結婚だったのに、何がどう転ぶのかわからないものだとつくづく思う。
「なんだか私ばかり得しちゃった気分よ」
「そんなこと無いですよ。サマンサ様は心から感謝しておられますし、マリアーナ様は好きな方と一緒になれて幸せです。私もひと財産築けますからね。元侯爵の死に待ちなんて今までの仕事に比べたら天国ですよ。唯一ティナリア様のお名前が消えることが申し訳ないですが、他に方法がありません」
「そんなこと! 名前なんて何でもいいのよ。それにしても新しい苗字が畏れ多いわ」
「銀行の貸金庫なんて、貴族が大商会主でないと持てませんからね。サマンサ様のお父様の庶子っていう設定です。今回の件にとても感謝しておられました。夫人も次期当主であるサマンサ様のお兄様もご納得ですから問題ありません」
「では遠慮なく使わせていただくわね。でもただの平民として生きていくつもりだから、銀行以外でその名を名乗ることは無いはずよ」
「懸命な判断です。明日は普段通りにお過ごしください。明後日の朝食後お迎えに参ります。カラとエリはエクス侯爵邸に配属替えになり、明日出発します。本人たちは大喜びでしたよ」
その日はそのまま休み、あくる日も何事も無いように過ごした。
そして脱出当日、朝からウキウキしている元侯爵は、朝食もとらずに別邸へと向かった。
その背中に小さくお辞儀をするティナリア。
「お世話になりました。どうぞお元気で」
小さく呟いたその声を耳にしたのは、窓辺で木の実を啄んでいたジョウビタキだけだ。
部屋に戻ったティナリアはララの手引きで裏木戸を目指す。
誰にも会うことなく、待っていた馬車に乗り込んだ。
手荷物は小さなトランクが一つだけ。
ララの言うとおり、いくつかの宝石類と現金だけを持ってきた。
「出せ」
鋭い声で馭者に命じたララの手には、ティナリアのワンピースがあった。
「どうするの?」
「消した証拠にします。結構細かいんですよ、あの執事」
ティナリアはもう何も言わなかった。
ララと再会を約束したティナリアを載せた馬車は、一路王都へとひた走る。
肩を竦めながら、ララがお道化たように口を開く。
「老年の紳士たちによる女装パーティーですよ。大した秘密じゃなくてがっかりです。でもとても楽しそうに着飾っておられましたよ。互いに着付けを手伝ったり、お化粧を施したり。アクセサリーを選ぶときなど歓声まで上がっていました」
「まあ趣味は人それぞれだからねぇ……それほどまでに隠したいってことよね。でもなぜ妻が必要なの?」
「ドレスを買う理由ですよ。孫も結婚しているような年の人ばかりでしたから、ドレスを誰かにプレゼントするとしたら『若い嫁』しかないでしょう? 一番お金持ちのここの旦那様が湯水のごとく『若い妻』に貢いでいるという世間体が必要だったのでしょうね」
「あらあら。言って下されば協力するのに」
「サイズが違いすぎますよ。出入りの商会の人間は、奥様がとんでもなく大柄な女だと思っているんじゃないですか? だから前妻も、絶対に表には出ないような病弱な女性を選んでいたのでしょうね。今回は王家から売り込まれて断れなかったという事かもしれません」
「なるほど。では私は気付かない振りで1年を過ごせば良いのね」
「その通りです。でもこの際ですから少しでも貯えをなさっては如何です?」
「貯えって?」
「執事を呼んで新しいアクセサリーとかドレスとか買いたいって言うのですよ。きっと何の問題も無く買って貰えますよ。なんせ金庫の中は金貨で一杯ですからね」
「旦那様はどうやって稼いでいるのかしら」
「秘密クラブの年会費みたいですよ? ドレスや宝石は別会計なのでしょう。離れを開放して新しい衣装を購入するだけで、ガポガポ! 羨ましいですねぇ」
「私をマネージャーに雇用してくれないかしら」
「執事がその役をやってますから無理ですね。奥様は今までご苦労なさって来たのです。療養くらいのつもりで贅沢三昧な暮らしを楽しんでください」
「わかったわ」
それから二人は元侯爵の秘密を暴くことなどせず、ゆったりと好きなように暮らした。
街へ行こうにも日帰りで行けるような距離でもなく、必要なものは言えば何でも買い与えられたので、屋敷から出られないというのもそれほど苦痛では無かった。
食べるものにも困るような暮らしをしていたティナリアにとって、大人しくしていれば三食昼寝つきという暮らしは天国のようなものだ。
時折届く実家からの手紙によると、恙なくティナリア・アントレットは病死し、その遺体は母親の実家である食堂に引き取られたそうだ。
そしてマリアーナの専属騎士だったロレンソと専属メイドの一人が結婚し、仕事をやめて隣国に旅立っていったらしい。
「良かったわ。全て上手くいったみたいね」
ティナリアは早速返事を書いた。
手紙は執事によって検閲されていることはララの調べで把握している。
それを踏まえた文章を書くのもとっくに慣れたティナリアだった。
「奥様、そろそろ動きがあるようです」
「あら、まだ1年も経ってないわ? 早かったわね」
「奥様がいなくなったら次の妻が来るだけです。なにをしなくても優雅に暮らせるのですから、代理妻など簡単な役です」
「誰なの?」
「私です」
「はぁ?」
「ちょいと一年ほどお金を貯めさせていただきます。その後はなんとでもしますのでご心配には及びません」
「でもバレるでしょう?」
「大丈夫です。変装も得意ですし、執事にも話はつけてありますので」
「執事? 納得したの?」
「要は秘密がバレなければいいのですよ。あいつも甘い汁を吸ってますからね、逃したくは無いはずです。元侯爵も高齢ですからあと数年かもしれませんし、今の内ですよ」
「殺さないでよ?」
「そんなことはしません。面倒くさいですから」
「なら良いけれど……執事にはなんと?」
「秘密を見たと言いました。奥様を始末してやるから私を後釜に据えろと言ったら納得しましたよ。ですから奥様は恙なく私に消されていただきます。消す方法は任せてくれとは言いましたが、殺すとは言っていません。姿さえ消せば問題ないですよ」
「大丈夫です。王都までは私がお送りするわけにはいきませんが、オース家のものがお迎えに上がります。それまでには偽の祖父母も亡くなることになっていますから、後はあの食堂で頑張ってくださいね。いつか伺いますのでごちそうしてください」
「わかったわ。あなたを信じます。それで、いつなの? 私が消されるのは」
「次の女装パーティーの夜に実行します。今の予定では明後日ですね。宝石類はお持ちになって下さい。ああ、それと……」
ララがスカートの中からじゃらっと音がする革袋を取り出した。
「これは私からのお餞別です。奥様を消し去る手間賃として執事からもぎ取りました」
かなりの金額が入っているようだ。
ティナリアは迷ったが、これから先は一人で生きていくのだと考え直し受け取った。
「有難くいただくわ」
「それが良いです。王都に着いたらすぐに銀行に預けてください。『ティアナ・オース』という名義で貸金庫を開設してあります。これが金庫の鍵で、暗証番号はティナリア様の誕生日です。0603ですよね?」
「私は6月2日生まれよ?」
「ありゃ間違えちゃった。では誕生日プラス1ってことで」
ティナリアは吹き出してしまった。
別にマリアーナが可哀そうで身代わりを申し出たわけでもなく、ただあの状況から脱するに丁度良いと思っただけだった今回の身代わり結婚だったのに、何がどう転ぶのかわからないものだとつくづく思う。
「なんだか私ばかり得しちゃった気分よ」
「そんなこと無いですよ。サマンサ様は心から感謝しておられますし、マリアーナ様は好きな方と一緒になれて幸せです。私もひと財産築けますからね。元侯爵の死に待ちなんて今までの仕事に比べたら天国ですよ。唯一ティナリア様のお名前が消えることが申し訳ないですが、他に方法がありません」
「そんなこと! 名前なんて何でもいいのよ。それにしても新しい苗字が畏れ多いわ」
「銀行の貸金庫なんて、貴族が大商会主でないと持てませんからね。サマンサ様のお父様の庶子っていう設定です。今回の件にとても感謝しておられました。夫人も次期当主であるサマンサ様のお兄様もご納得ですから問題ありません」
「では遠慮なく使わせていただくわね。でもただの平民として生きていくつもりだから、銀行以外でその名を名乗ることは無いはずよ」
「懸命な判断です。明日は普段通りにお過ごしください。明後日の朝食後お迎えに参ります。カラとエリはエクス侯爵邸に配属替えになり、明日出発します。本人たちは大喜びでしたよ」
その日はそのまま休み、あくる日も何事も無いように過ごした。
そして脱出当日、朝からウキウキしている元侯爵は、朝食もとらずに別邸へと向かった。
その背中に小さくお辞儀をするティナリア。
「お世話になりました。どうぞお元気で」
小さく呟いたその声を耳にしたのは、窓辺で木の実を啄んでいたジョウビタキだけだ。
部屋に戻ったティナリアはララの手引きで裏木戸を目指す。
誰にも会うことなく、待っていた馬車に乗り込んだ。
手荷物は小さなトランクが一つだけ。
ララの言うとおり、いくつかの宝石類と現金だけを持ってきた。
「出せ」
鋭い声で馭者に命じたララの手には、ティナリアのワンピースがあった。
「どうするの?」
「消した証拠にします。結構細かいんですよ、あの執事」
ティナリアはもう何も言わなかった。
ララと再会を約束したティナリアを載せた馬車は、一路王都へとひた走る。
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