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8 喜んで嫁ぎます
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「私の予想では、マリアーナの嫁入りは来月始め頃だと思うの。建国祭のパーティー資金稼ぎだに違いないわ。あまり時間が無いわね」
「私はいつでも良いですよ?」
泣きそうな顔になったマリアーナに、サマンサがスパっと言った。
「マリアーナ。あなたが泣いてはいけません。ロレンソと幸せになることでしか恩返しはできないのですよ?」
「はい、お母様。ティナリア……本当にごめんなさい」
ニコッと笑ったティナリアがロレンソに顔を向ける。
「ここを出てどうやって暮らすのですか?」
ロレンソが跪いて答える。
「私は騎士です。辺境の地でもどこでも戦い抜く自信はあります。そしてなんとしてでもマリアーナ様を幸せにいたします」
サマンサが口を開く。
「あなたも甘いわね。恋愛小説じゃないのだから、そんな遠回りは止めた方がいいわ。ここを出たら私の実家に行きなさい。そしてどこか都合の良い貴族の養子になるの。それはお父様が探してくださるわ。そしてオース伯爵家の遠縁の娘を嫁に迎えるという筋書きよ。貴族の当主ともなればやらなくてはならないことがたくさんあります。勉強も必要ですよ。マリアーナにはどのような家に嫁いでも困らない程度の教育は施してあるから、二人で協力してその家を盛り立てなさい」
「はい、ありがたき幸せです。必ずやマリアーナ様を幸せに致します」
「命を賭けて守ってやってね」
「誓います」
ふと思ったティナリアが聞く。
「お嬢様を私と同じように逃がすことはお考えにならなかったのですか?」
サマンサが溜息を吐いた。
「もう何度も考えたわ。でもこの子は気が弱くてダメよ。きっと嫁いだその日から泣き続けて寝込んでしまうわ。それに王家の証であるこの瞳は誤魔化しようがないでしょう? 誰かを代わりにするのも不可能だったのよ。」
「ああ……なるほど」
ティナリアは心から納得した。
サマンサが立ち上がり、ティナリアを抱きしめる。
「絶対に裏切らないわ。私を信じて」
「もちろんです」
ティナリアも腕に力を込めて抱き返した。
その翌日、顔見知りのメイドと男性使用人に付き添われ、ティナリアは自分の宮に戻り、必要なものを持ち出す準備をした。
「大したものは無いのだけれど、母愛用の調理道具は持っていきたいの」
頷いた使用人たちは、テキパキと指示通りに動く。
1時間も経たないうちに、宮の中はすっきりと片付いてしまった。
2階に上がろうとする使用人を呼び止め、ティナリアが言う。
「2階は大丈夫です。1度も使ったことが無いし上がったことも無いの」
一人の使用人が驚いた顔で聞いた。
「寝室も1階だったのですか?」
「寝室も何も、ここで母と一緒に寝ていたわ。亡くなってからは私一人だし」
使用人たちはキッチンを見回した。
確かにベッドらしき台が窓辺に置かれている。
その横には箪笥らしきものもあった。
「ああ、その中には洗濯したシーツや毛布が入っているだけだから気にしないで。さあ、戻りましょうか」
ティナリアの荷物は男性二人が余裕で持てるほどしかなく、メイドとティナリアは手ぶらでオース邸に戻った。
「お帰りなさい。終わったのかしら?」
リビングで待っていたのであろうサマンサが腰を浮かせる。
「お陰様で全て片付きました。後は誰かに住んでもらうかですね」
そういうティナリアにサマンサが笑いかける。
「もう選んでありますよ。この家のメイド長です。彼女は男爵家の次女ですが、きちんと教育を施されていますからマナーなどは問題ありません。しかも本人はメイドよりも騎士になりたかったというほどのお転婆さんですからね。あの家に住むことなど何でもないと申していますわ」
サマンサに紹介され、一人の女性が一歩前に出た。
「アンヌと申します。お役に立てるよう頑張ります。それに行くのは私だけではございません。ローナも一緒に参りますのでご安心ください」
見ると、洗濯場でよく一緒になっていた親切なメイドがニコッと笑った。
サマンサが後を引き取る。
「彼女達ならきっと上手くやれますよ。食事はこちらから運ばせるから心配ないわ」
その一点だけが気がかりだったティナリアは、ホッと胸を撫でおろした。
「では、今日からあなたがマリアーナよ。ドレスには早く慣れてね。そしてマリアーナ、あなたはメイド服を着なさい。王族の証であるその瞳を前髪で隠すのよ」
「はい、お母様。私はマリアーナ様専属メイドとしてお仕えいたします」
「ええ頑張りなさい。あなたの役目はわかっているわね?」
「はい。ティナリアのマナーと言葉使いをブラッシュアップ致します。できればこの国の歴史と近隣諸国との関係、そして審美眼もお伝えできればと思っています」
ティナリアがグッと息を吞む。
サマンサが笑いながら言った。
「あまり詰め込み過ぎないようにね。世間の常識に疎い着飾るだけが趣味のおバカなお姫様で十分よ。そしてロレンソ卿」
ロレンソが一歩進み出た。
「あなたは二人の専属騎士としてしっかりと守りなさい」
「この命に代えましてもお守りいたします」
サマンサは満足そうに頷いた。
そしてティナリアの『王女化教育』の日々が始まった。
「私はいつでも良いですよ?」
泣きそうな顔になったマリアーナに、サマンサがスパっと言った。
「マリアーナ。あなたが泣いてはいけません。ロレンソと幸せになることでしか恩返しはできないのですよ?」
「はい、お母様。ティナリア……本当にごめんなさい」
ニコッと笑ったティナリアがロレンソに顔を向ける。
「ここを出てどうやって暮らすのですか?」
ロレンソが跪いて答える。
「私は騎士です。辺境の地でもどこでも戦い抜く自信はあります。そしてなんとしてでもマリアーナ様を幸せにいたします」
サマンサが口を開く。
「あなたも甘いわね。恋愛小説じゃないのだから、そんな遠回りは止めた方がいいわ。ここを出たら私の実家に行きなさい。そしてどこか都合の良い貴族の養子になるの。それはお父様が探してくださるわ。そしてオース伯爵家の遠縁の娘を嫁に迎えるという筋書きよ。貴族の当主ともなればやらなくてはならないことがたくさんあります。勉強も必要ですよ。マリアーナにはどのような家に嫁いでも困らない程度の教育は施してあるから、二人で協力してその家を盛り立てなさい」
「はい、ありがたき幸せです。必ずやマリアーナ様を幸せに致します」
「命を賭けて守ってやってね」
「誓います」
ふと思ったティナリアが聞く。
「お嬢様を私と同じように逃がすことはお考えにならなかったのですか?」
サマンサが溜息を吐いた。
「もう何度も考えたわ。でもこの子は気が弱くてダメよ。きっと嫁いだその日から泣き続けて寝込んでしまうわ。それに王家の証であるこの瞳は誤魔化しようがないでしょう? 誰かを代わりにするのも不可能だったのよ。」
「ああ……なるほど」
ティナリアは心から納得した。
サマンサが立ち上がり、ティナリアを抱きしめる。
「絶対に裏切らないわ。私を信じて」
「もちろんです」
ティナリアも腕に力を込めて抱き返した。
その翌日、顔見知りのメイドと男性使用人に付き添われ、ティナリアは自分の宮に戻り、必要なものを持ち出す準備をした。
「大したものは無いのだけれど、母愛用の調理道具は持っていきたいの」
頷いた使用人たちは、テキパキと指示通りに動く。
1時間も経たないうちに、宮の中はすっきりと片付いてしまった。
2階に上がろうとする使用人を呼び止め、ティナリアが言う。
「2階は大丈夫です。1度も使ったことが無いし上がったことも無いの」
一人の使用人が驚いた顔で聞いた。
「寝室も1階だったのですか?」
「寝室も何も、ここで母と一緒に寝ていたわ。亡くなってからは私一人だし」
使用人たちはキッチンを見回した。
確かにベッドらしき台が窓辺に置かれている。
その横には箪笥らしきものもあった。
「ああ、その中には洗濯したシーツや毛布が入っているだけだから気にしないで。さあ、戻りましょうか」
ティナリアの荷物は男性二人が余裕で持てるほどしかなく、メイドとティナリアは手ぶらでオース邸に戻った。
「お帰りなさい。終わったのかしら?」
リビングで待っていたのであろうサマンサが腰を浮かせる。
「お陰様で全て片付きました。後は誰かに住んでもらうかですね」
そういうティナリアにサマンサが笑いかける。
「もう選んでありますよ。この家のメイド長です。彼女は男爵家の次女ですが、きちんと教育を施されていますからマナーなどは問題ありません。しかも本人はメイドよりも騎士になりたかったというほどのお転婆さんですからね。あの家に住むことなど何でもないと申していますわ」
サマンサに紹介され、一人の女性が一歩前に出た。
「アンヌと申します。お役に立てるよう頑張ります。それに行くのは私だけではございません。ローナも一緒に参りますのでご安心ください」
見ると、洗濯場でよく一緒になっていた親切なメイドがニコッと笑った。
サマンサが後を引き取る。
「彼女達ならきっと上手くやれますよ。食事はこちらから運ばせるから心配ないわ」
その一点だけが気がかりだったティナリアは、ホッと胸を撫でおろした。
「では、今日からあなたがマリアーナよ。ドレスには早く慣れてね。そしてマリアーナ、あなたはメイド服を着なさい。王族の証であるその瞳を前髪で隠すのよ」
「はい、お母様。私はマリアーナ様専属メイドとしてお仕えいたします」
「ええ頑張りなさい。あなたの役目はわかっているわね?」
「はい。ティナリアのマナーと言葉使いをブラッシュアップ致します。できればこの国の歴史と近隣諸国との関係、そして審美眼もお伝えできればと思っています」
ティナリアがグッと息を吞む。
サマンサが笑いながら言った。
「あまり詰め込み過ぎないようにね。世間の常識に疎い着飾るだけが趣味のおバカなお姫様で十分よ。そしてロレンソ卿」
ロレンソが一歩進み出た。
「あなたは二人の専属騎士としてしっかりと守りなさい」
「この命に代えましてもお守りいたします」
サマンサは満足そうに頷いた。
そしてティナリアの『王女化教育』の日々が始まった。
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