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 そしてひと月が経ち、王太子妃の誕生日パーティーの準備で忙しくなった王宮に、ロマニア国からモネ公爵一行が到着した。

「おじい様にお会いするのは婚姻式以来ですわ」

「うん、あの時はご挨拶だけしかできなかったから僕も楽しみだ」

 たくさんのプレゼントを積み込んだ馬車を連ねて、ローレンティア王宮の門くぐって馬車が進んで来る。
 三侯爵と王太子夫妻、それぞれの側近たちが出迎える中、モネ公爵が馬車から降りてきた。

「ルル! ルルちゃ~ん! 会いたかったよぉ」

「おじい様! ご無沙汰しております」

 ルルーシアに一目散に駆け寄り抱きついたモネ公爵。
 その横でニコニコしながら立っているアマデウス。

「モネ公爵閣下、ようこそおいで下さいました」

 ルルーシアを抱きしめた手を少しだけ緩めて顔を向けたモネ公爵がニカッと笑った。

「おお、我が孫娘の夫殿か。お元気そうで何よりですなあ」

「お陰様で。さあ、お部屋を用意しておりますので、ひとまず休憩をなさってください」

 ルルーシアの心が自分から離れたのかもしれないと思ったあの日から、アマデウスは妻に対する態度を改めた。
 相変わらず時間さえあれば会いに行くが、一緒にいたいと懇願したり、星の観測会に無理やり誘うこともない。

 相変わらずキリウスやキースと観劇に向かうルルーシアを淡々と見送りつつも、恋焦がれるような視線を送る夫に、ルルーシアは戸惑いつつも愛おしさを感じていた。
『まるで婚約時代に戻ったみたい』というのがルルーシアの率直な感想だ。

 アリアはアマデウスがルルーシアとキースの関係を誤解したままなのを気にしていたが、それを解くこともできないまま、ひとりやきもきとしている。
 
「さあ、こちらの部屋をお使いください」

 アマデウスは王宮の中でも最上の客間へと義祖父を案内する。
 すぐに国王夫妻がやってきて歓迎の言葉を述べた。

「ようこそ、モネ公爵。長旅で疲れたでしょう?」

「この度はお招きいただきありがとうございます。久しぶり孫たちの顔を見ることができて嬉しい限りですよ」

 当たり障りのない会話の後、国王夫妻と一緒に立ち上がったアマデウスが言う。

「では、ルル。僕らは仕事に戻るから、おじい様とゆっくりしていなさい」

「ええ、ありがとうございます」

 客間を出るとすぐ、アマデウスがふらついた。

「大丈夫ですか? 体調が?」
 
 駆け寄った側近に首を振りながら、のそのそと執務室に入っていく。

「どうしたのですか?」

 出迎えたアランの声に顔を上げたアマデウスは真っ赤な目をしている。

「ルルが僕と別れたいってモネ公爵に相談するかもしれないと思うと……」

「ああ……それは無いと思いますよ? それほど心配なら同席なされば良かったのに」

 何度誤解だと言っても、拗らせすぎてもう本人にも解けなくなっているのだろうと思ったアランは、黙って書類を渡した。
 ため息ばかりを繰り返しつつも、しっかりと書類に目を通すその生真面目さがかえって痛々しい。

「無理は禁物です。少し休んでください」

「いや……でも……」

 執務室の扉がノックされ、アリアが顔を覗かせた。

「妃殿下より、一緒にお茶でも如何ですかとのことです」

「ルルが? うん、わかった。すぐに伺うと伝えてくれ」

 広げていた書類を引き出しに入れてアマデウスが立ち上がった。

「ふたりも一緒に来てくれ」

 三人は急いで執務室を出た。
 丁度ルルーシアの執務室から出てきたキリウスとキース・レイダー。

「やあ、アマディ。私たちの用は終わったからゆっくりお茶でも楽しみなさい。モネ公爵は思ったより随分話が分かる人だったよ」

 どう返事をして良いのか分からないアマデウスを置き去りに、ふたりは去って行った。
 ドアをノックするとアリアがすぐに顔を出した。
 一度だけ強く目を瞑ったアマデウスが、にこやかな表情で部屋に入る。

「お招きありがとう、ルル。モネ公爵、可愛い孫娘さんとのお時間に、お邪魔させていただき申し訳ございません。同席させていただき感謝いたします」

 モネ公爵がにこやかに微笑みソファーを勧めた。
 つい先ほどまでキリウスとキースが座っていたであろうソファーを見たアマデウスが、一瞬だけ複雑そうな顔をする。

「叔父上達が来ていたようですね」

 ルルーシアが答える。

「ええ、とても大切なお話しだったので、先にお通ししたのですわ」

「そう……それで? 上手くいったの?」

「上手く? ええ、そうですわね。おじい様が手伝って下さることになりました……殿下? お顔の色がすぐれませんが……アラン! 殿下は体調がお悪いの?」

 ルルーシアが焦った声でアランを問いただした。
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