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 まる二日ほど自室に籠っていたアマデウスが執務室に出てきた。

「おはようございます。殿下」

 アリアと文官たちが迎える。

「おはよう。悪かったね、もう大丈夫だから。不在の間の説明を頼むよ、アリア」

「畏まりました」

 吹っ切れたような気配はないが、何か思うところがあったのだろうと感じたアリアは、敢えて触れることはせず、淡々と業務を進めていった。
 ルルーシアから回ってきた書類を抱えたアランが、アマデウスの顔を見て驚いた表情を浮かべた。

「おはようございます、お体のは大丈夫ですか?」

「やあアラン、おはよう。カレンの件は進んでる?」

「ええ、宰相(仮)の承認もいただきましたし、本人にも伝えました。温情に感謝しますと言っていましたよ。それと、本当に申し訳なかったと伝えてほしいとのことでした」

「そう……彼女には悪いことをしてしまった。僕が未熟だったから、彼女の人生を変えてしまったようなものだ」

 アリアが口を挟む。

「良い方に変えてあげたって考えましょう。あのまま実家にいるより絶対に良いですよ」

「もう彼女とは会うことはないから、元気で頑張ってほしいと伝えといてくれ。それと側近の補充が必要だろ?」

「そうですね。今のままじゃアリアの負担が大き過ぎますから」

「彼女を採用したときにふたり補欠採用してたでしょ? 彼らを配属しようと思う」

「ではアリアと三人体制ですか?」

「いや、この際だから当初の予定に戻そう。僕のところにアランと新人のひとり、ルルのところにアリアとマリオと新人ひとりがついてほしい」

 アランが驚いた顔をした。

「妃殿下のところに三人ですか?」

「うん、彼女の負担を極力減らしたいんだ。アリアには、側近というより秘書に近い形でルルーシアに寄り添って欲しい。実務はマリオと新人に任せて、君は彼らへの助言とルルのフォローを頼む」

「それは良いですが……」

 アマデウスがニコッと笑った。

「そういえば、アランはもうアリアにプロポーズしたの?」

 アランの肩がビクッと揺れた。

「僕はもう結婚しちゃったけれど、ルルにちゃんとプロポーズもしていないことに気付いたんだ。指輪は王家のものを贈る決まりだったから選ぶこともできなかった。だから僕からは思いを込めて星を贈ろうと思うんだ。もう遅いのかもしれないけれど、精一杯足搔く。絶対に諦めない」

「アマディ……」

「もしルルの気持ちを取り戻すことができたら、今度こそ本当の夫婦になりたい。子供も欲しい。アリアには是非僕たちの子供の乳母になってほしいと思っている」

「乳母……」

「乳母っていうよりガヴァネスが近いかな」

 アリアとアランが顔を見合わせた。

「ありがたいお言葉でございます、王太子殿下」

「そう? そう言ってもらえると嬉しいよ。でもこれは僕のプロポーズが成功したらっていう条件付きだ。プロポーズが成功したら1年後にもう一度結婚式からやり直すつもりさ。どうか成功を祈っていてくれ」

「一年後? どういうことですか?」

「うん、僕には再教育が必要だから……」

 再びアリアとアランが顔を見合わせる。
 それから数日して新しい側近が配属され、アリアとアランの人事異動が発表された。
 そんなニュースに隠れるようにして、カレンと乳母親子が砂漠の国に旅立っていく。

「元気でな。生まれ変わって頑張りなさい」

 見送ったのはロックス侯爵とアリア親子だ。

「これはルルーシア妃殿下からのお餞別よ。馬車の中で食べなさいって」

 手渡されたのは籠いっぱいに詰め込まれたメリディアンスイーツだった。

「ありがとうございます」

 カレンは憑き物が落ちたような穏やかな顔で微笑んだ。
 
「お金は必ず払い続けます。本当に……本当にありがとうございました」

 ロックス侯爵が口を開く。

「あそこは世界有数の観測地だが、それだけに厳しい環境だと聞く。へこたれずに頑張りなさい。それが君にできる贖罪だと思って励みなさい」

「はい、心に刻みます」

 遠ざかる馬車を見送りながらアリアが父親に言う。

「甘すぎない?」

 ロックス侯爵が答えた。

「若者の未来は奪うより与えるものさ。それが大人の役割だ。でも二度目はない。あの子もそれは理解しているだろう」

 その後カレンは必死で研究を続け、新星を二つ発見して巨額の報奨金を得た。
 その全額を返済にあててなお、毎月支払いを続けた結果、ローレンティア国を出て20年後に返済を完了した。

 ロックス侯爵がその返済金を使い、虐待を受けている子供を救済する基金を設立したというのを知る人は少ない。
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