上 下
69 / 77

69

しおりを挟む
 まる二日ほど自室に籠っていたアマデウスが執務室に出てきた。

「おはようございます。殿下」

 アリアと文官たちが迎える。

「おはよう。悪かったね、もう大丈夫だから。不在の間の説明を頼むよ、アリア」

「畏まりました」

 吹っ切れたような気配はないが、何か思うところがあったのだろうと感じたアリアは、敢えて触れることはせず、淡々と業務を進めていった。
 ルルーシアから回ってきた書類を抱えたアランが、アマデウスの顔を見て驚いた表情を浮かべた。

「おはようございます、お体のは大丈夫ですか?」

「やあアラン、おはよう。カレンの件は進んでる?」

「ええ、宰相(仮)の承認もいただきましたし、本人にも伝えました。温情に感謝しますと言っていましたよ。それと、本当に申し訳なかったと伝えてほしいとのことでした」

「そう……彼女には悪いことをしてしまった。僕が未熟だったから、彼女の人生を変えてしまったようなものだ」

 アリアが口を挟む。

「良い方に変えてあげたって考えましょう。あのまま実家にいるより絶対に良いですよ」

「もう彼女とは会うことはないから、元気で頑張ってほしいと伝えといてくれ。それと側近の補充が必要だろ?」

「そうですね。今のままじゃアリアの負担が大き過ぎますから」

「彼女を採用したときにふたり補欠採用してたでしょ? 彼らを配属しようと思う」

「ではアリアと三人体制ですか?」

「いや、この際だから当初の予定に戻そう。僕のところにアランと新人のひとり、ルルのところにアリアとマリオと新人ひとりがついてほしい」

 アランが驚いた顔をした。

「妃殿下のところに三人ですか?」

「うん、彼女の負担を極力減らしたいんだ。アリアには、側近というより秘書に近い形でルルーシアに寄り添って欲しい。実務はマリオと新人に任せて、君は彼らへの助言とルルのフォローを頼む」

「それは良いですが……」

 アマデウスがニコッと笑った。

「そういえば、アランはもうアリアにプロポーズしたの?」

 アランの肩がビクッと揺れた。

「僕はもう結婚しちゃったけれど、ルルにちゃんとプロポーズもしていないことに気付いたんだ。指輪は王家のものを贈る決まりだったから選ぶこともできなかった。だから僕からは思いを込めて星を贈ろうと思うんだ。もう遅いのかもしれないけれど、精一杯足搔く。絶対に諦めない」

「アマディ……」

「もしルルの気持ちを取り戻すことができたら、今度こそ本当の夫婦になりたい。子供も欲しい。アリアには是非僕たちの子供の乳母になってほしいと思っている」

「乳母……」

「乳母っていうよりガヴァネスが近いかな」

 アリアとアランが顔を見合わせた。

「ありがたいお言葉でございます、王太子殿下」

「そう? そう言ってもらえると嬉しいよ。でもこれは僕のプロポーズが成功したらっていう条件付きだ。プロポーズが成功したら1年後にもう一度結婚式からやり直すつもりさ。どうか成功を祈っていてくれ」

「一年後? どういうことですか?」

「うん、僕には再教育が必要だから……」

 再びアリアとアランが顔を見合わせる。
 それから数日して新しい側近が配属され、アリアとアランの人事異動が発表された。
 そんなニュースに隠れるようにして、カレンと乳母親子が砂漠の国に旅立っていく。

「元気でな。生まれ変わって頑張りなさい」

 見送ったのはロックス侯爵とアリア親子だ。

「これはルルーシア妃殿下からのお餞別よ。馬車の中で食べなさいって」

 手渡されたのは籠いっぱいに詰め込まれたメリディアンスイーツだった。

「ありがとうございます」

 カレンは憑き物が落ちたような穏やかな顔で微笑んだ。
 
「お金は必ず払い続けます。本当に……本当にありがとうございました」

 ロックス侯爵が口を開く。

「あそこは世界有数の観測地だが、それだけに厳しい環境だと聞く。へこたれずに頑張りなさい。それが君にできる贖罪だと思って励みなさい」

「はい、心に刻みます」

 遠ざかる馬車を見送りながらアリアが父親に言う。

「甘すぎない?」

 ロックス侯爵が答えた。

「若者の未来は奪うより与えるものさ。それが大人の役割だ。でも二度目はない。あの子もそれは理解しているだろう」

 その後カレンは必死で研究を続け、新星を二つ発見して巨額の報奨金を得た。
 その全額を返済にあててなお、毎月支払いを続けた結果、ローレンティア国を出て20年後に返済を完了した。

 ロックス侯爵がその返済金を使い、虐待を受けている子供を救済する基金を設立したというのを知る人は少ない。
しおりを挟む
感想 969

あなたにおすすめの小説

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。

処理中です...