68 / 77
68
しおりを挟む
「ねえ、彼女って本当に星が好きなの?」
アリアが頷いた。
「はい、彼女がずっと星ばかり見てたというのは本当のことです。一緒に暮らしていた乳母親子にも確認していますので間違いないでしょう」
「その乳母親子って今は?」
「サマンサが死んだ時に解雇されました。退職金もなく追い出されたので、我が家で保護しています」
「さすがだね」
ルルーシアがポンと手を打った。
「ねえ、確か砂漠の国に数か国が共同出資した天文観測所があったわよね? スターズ天文観測所だっけ? そこへ送るのはどうかしら。その乳母親子と一緒に」
「ああ、それは良いかも。あの国なら行くだけでもひと月はかかるし、あの親子が一緒なら彼女も心強いしね」
キースが呆れたような声を出した。
「おいおい、自分の夫を誑し込もうとした女を助けるのかい?」
「助けるというより、遠ざけるの。そして殿下と私には二度と近づかないって約束させるわ」
キリウスが腰を浮かせて手を伸ばし、ルルーシアの頭を撫でた。
「君はやっぱり優しい良い子だ」
「私も賛成よ。この方向で調整してみるわ」
アリアの声にキリウスが頷く。
「できる限り協力しよう。スターズの所長は知り合いなんだ」
「ではそのように。とりあえず私はアマデウス殿下の誤解をといてきますね……あっ。でも秘密なんですよね……どうしましょう」
キリウスがクツクツと笑う。
「ちょっと放っておきなさいよ。説明せずに『誤解ですよ~』くらいに留めといてさ。言うときは俺の口からちゃんと伝えるよ」
「……わかりました」
そう答えながらも、アリアはこのあと訪れるであろう嵐に眩暈を覚えた。
どう言おうか考えながらのろのろとアマデウスの執務室を開けると、暗闇の中に落ちたような錯覚を覚える。
「え……どういう状況?」
どんよりとした空気の中で佇むマリオが黙ったまま指を指した先には、深海魚のようにじっと動かないアマデウスがいた。
その横にはアランが座り、頭を抱えたまま固まっている。
「アラン? あんたまでどうしちゃったのよ」
分かっているが分かっていない振りをしてアリアが声を掛けた。
ギシギシという音が聞こえそうなほどぎこちない動きでふたりがアリアを見る。
「遅かったね……どうだった? ルルとは話せたかい?」
「う、うん。話をしたよ。カレンの件なんだけれど……」
アリアはルルーシアの案を三人に伝える。
じっと動かないまま聞いていたアマデウスがボソッと言った。
「そうか、ルルは彼女を逃がしてやろうとしてるのか……相変わらず優しいよね。僕には冷たいのにさ。ちょっと距離を置くべきなのかな。僕もルルを逃がしてやるべきなのかな……いやダメだ。息ができなくなる」
また一人で闇の中に沈んでいくアマデウス。
「ずっとこの調子だよ。殿下は今使い物にならないから、少し休ませようってことになって、医師に睡眠導入剤を処方してもらったんだけれど、これがちっとも効かないんだよね」
「素直に飲んだの?」
「いや。だから紅茶に混ぜたんだけど残しちゃってる」
アリアが盛大な溜息をついた。
「こうやるのよ」
マリオが持っていた丸薬を奪い取り、アマデウスの顎を持ち上げるアリア。
「ん? どうした?」
どよんとしたままのアマデウスの鼻をつまみ、口を開けた瞬間に丸薬を放り込む。
「少し眠りなさい。はい、お水」
無理やりグラスを口元に持っていき水を飲ませる。
「アラン、ベッドに運んでちょうだい」
同じようにどよんとしていたアランが、言われたままアマデウスを抱き上げた。
慌てて手助けに走り寄ったマリオと一緒に、奥の仮眠室へと運び込む。
「完全に寝たら自室に運びましょう」
戻ってきたふたりをソファーに座らせてアリアが言った。
「ルルのことは誤解だから。詳しくはまだ言えないけれど、絶対に大丈夫だから」
「そうなのか?」
「うん、私を信じてちょうだい。さあ、先にカレンのことを片づけましょう」
ルルーシアの案とキリウスの助力を説明したアリアにマリオが聞く。
「優し過ぎないか? 俺は現場を見ていたからそう思うのかもしれないが、彼女は本気で口説いていたぜ? 二度と会わないと約束させるって言ってもさぁ、同じ趣味を持っているんだから、どこかで接点はあるんじゃないか?」
「うん、私もそれは考えたよ。でもね、そもそもの話さぁ、カレンってアマデウスのこと本当に好きなのかな」
「ああ……そこか。身の安全を確保されて、大切にしたい人達が一緒なら、変な欲は出ないってことか? まあ、客観的に見て彼女に恋愛感情はないよね。あるのは保身だけだ」
「そうなのよ。好きな星の観測が思う存分できて、家に帰れば乳母親子がいて。命の危険もなくなるんだもの。お金は絶対に回収するけど」
「回収できるの?」
「正直、全額は無理だと思うけれど、返済は絶対やらせないと。そうすることで自分がやったことを忘れないようにさせなきゃダメだと思う」
「誰に対して返済させるんだ? 殿下はもうダッキィから出資した金は回収しただろ?」
「うん。考えたんだけど、一旦ロックス侯爵家が全額立て替えたって形にして、ロックス侯爵家へ返済してもらうのよ。債務者という立場で監視もできるし、返済が滞ったら追及も調査できるから、状況が把握できるでしょ?」
「5億立て替え……俺のような貧乏田舎貴族じゃ思いつかないよ。しかもベストプランだ」
ずっと黙っていたアランがボソッと口を開いた。
「その案でいこう。アリアとマリオで宰相(仮)に報告を頼む。今はアマデウスから目を離すわけにはいかないからね。それと、この状況も耳に入れておいてほしい」
「わかったわ」
何度も振り返りながらアリアとマリオが部屋を出た。
アリアが頷いた。
「はい、彼女がずっと星ばかり見てたというのは本当のことです。一緒に暮らしていた乳母親子にも確認していますので間違いないでしょう」
「その乳母親子って今は?」
「サマンサが死んだ時に解雇されました。退職金もなく追い出されたので、我が家で保護しています」
「さすがだね」
ルルーシアがポンと手を打った。
「ねえ、確か砂漠の国に数か国が共同出資した天文観測所があったわよね? スターズ天文観測所だっけ? そこへ送るのはどうかしら。その乳母親子と一緒に」
「ああ、それは良いかも。あの国なら行くだけでもひと月はかかるし、あの親子が一緒なら彼女も心強いしね」
キースが呆れたような声を出した。
「おいおい、自分の夫を誑し込もうとした女を助けるのかい?」
「助けるというより、遠ざけるの。そして殿下と私には二度と近づかないって約束させるわ」
キリウスが腰を浮かせて手を伸ばし、ルルーシアの頭を撫でた。
「君はやっぱり優しい良い子だ」
「私も賛成よ。この方向で調整してみるわ」
アリアの声にキリウスが頷く。
「できる限り協力しよう。スターズの所長は知り合いなんだ」
「ではそのように。とりあえず私はアマデウス殿下の誤解をといてきますね……あっ。でも秘密なんですよね……どうしましょう」
キリウスがクツクツと笑う。
「ちょっと放っておきなさいよ。説明せずに『誤解ですよ~』くらいに留めといてさ。言うときは俺の口からちゃんと伝えるよ」
「……わかりました」
そう答えながらも、アリアはこのあと訪れるであろう嵐に眩暈を覚えた。
どう言おうか考えながらのろのろとアマデウスの執務室を開けると、暗闇の中に落ちたような錯覚を覚える。
「え……どういう状況?」
どんよりとした空気の中で佇むマリオが黙ったまま指を指した先には、深海魚のようにじっと動かないアマデウスがいた。
その横にはアランが座り、頭を抱えたまま固まっている。
「アラン? あんたまでどうしちゃったのよ」
分かっているが分かっていない振りをしてアリアが声を掛けた。
ギシギシという音が聞こえそうなほどぎこちない動きでふたりがアリアを見る。
「遅かったね……どうだった? ルルとは話せたかい?」
「う、うん。話をしたよ。カレンの件なんだけれど……」
アリアはルルーシアの案を三人に伝える。
じっと動かないまま聞いていたアマデウスがボソッと言った。
「そうか、ルルは彼女を逃がしてやろうとしてるのか……相変わらず優しいよね。僕には冷たいのにさ。ちょっと距離を置くべきなのかな。僕もルルを逃がしてやるべきなのかな……いやダメだ。息ができなくなる」
また一人で闇の中に沈んでいくアマデウス。
「ずっとこの調子だよ。殿下は今使い物にならないから、少し休ませようってことになって、医師に睡眠導入剤を処方してもらったんだけれど、これがちっとも効かないんだよね」
「素直に飲んだの?」
「いや。だから紅茶に混ぜたんだけど残しちゃってる」
アリアが盛大な溜息をついた。
「こうやるのよ」
マリオが持っていた丸薬を奪い取り、アマデウスの顎を持ち上げるアリア。
「ん? どうした?」
どよんとしたままのアマデウスの鼻をつまみ、口を開けた瞬間に丸薬を放り込む。
「少し眠りなさい。はい、お水」
無理やりグラスを口元に持っていき水を飲ませる。
「アラン、ベッドに運んでちょうだい」
同じようにどよんとしていたアランが、言われたままアマデウスを抱き上げた。
慌てて手助けに走り寄ったマリオと一緒に、奥の仮眠室へと運び込む。
「完全に寝たら自室に運びましょう」
戻ってきたふたりをソファーに座らせてアリアが言った。
「ルルのことは誤解だから。詳しくはまだ言えないけれど、絶対に大丈夫だから」
「そうなのか?」
「うん、私を信じてちょうだい。さあ、先にカレンのことを片づけましょう」
ルルーシアの案とキリウスの助力を説明したアリアにマリオが聞く。
「優し過ぎないか? 俺は現場を見ていたからそう思うのかもしれないが、彼女は本気で口説いていたぜ? 二度と会わないと約束させるって言ってもさぁ、同じ趣味を持っているんだから、どこかで接点はあるんじゃないか?」
「うん、私もそれは考えたよ。でもね、そもそもの話さぁ、カレンってアマデウスのこと本当に好きなのかな」
「ああ……そこか。身の安全を確保されて、大切にしたい人達が一緒なら、変な欲は出ないってことか? まあ、客観的に見て彼女に恋愛感情はないよね。あるのは保身だけだ」
「そうなのよ。好きな星の観測が思う存分できて、家に帰れば乳母親子がいて。命の危険もなくなるんだもの。お金は絶対に回収するけど」
「回収できるの?」
「正直、全額は無理だと思うけれど、返済は絶対やらせないと。そうすることで自分がやったことを忘れないようにさせなきゃダメだと思う」
「誰に対して返済させるんだ? 殿下はもうダッキィから出資した金は回収しただろ?」
「うん。考えたんだけど、一旦ロックス侯爵家が全額立て替えたって形にして、ロックス侯爵家へ返済してもらうのよ。債務者という立場で監視もできるし、返済が滞ったら追及も調査できるから、状況が把握できるでしょ?」
「5億立て替え……俺のような貧乏田舎貴族じゃ思いつかないよ。しかもベストプランだ」
ずっと黙っていたアランがボソッと口を開いた。
「その案でいこう。アリアとマリオで宰相(仮)に報告を頼む。今はアマデウスから目を離すわけにはいかないからね。それと、この状況も耳に入れておいてほしい」
「わかったわ」
何度も振り返りながらアリアとマリオが部屋を出た。
2,335
お気に入りに追加
4,959
あなたにおすすめの小説
業腹
ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。
置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー
気がつくと自室のベッドの上だった。
先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【悪女】の次は【意地悪な継母】のようです。
ごろごろみかん。
恋愛
旦那様は、私の言葉を全て【女の嫉妬】と片付けてしまう。
正当な指摘も、注意も、全て無視されてしまうのだ。
忍耐の限界を試されていた伯爵夫人ルナマリアは、夫であるジェラルドに提案する。
「もうやめましょう。お互いの幸せのためにも、私たちは解放されるべきです」と。
──悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。
【本編完結】独りよがりの初恋でした
須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。
それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。
アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。
#ほろ苦い初恋
#それぞれにハッピーエンド
特にざまぁなどはありません。
小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。
最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる