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「ねえ、彼女って本当に星が好きなの?」

 アリアが頷いた。

「はい、彼女がずっと星ばかり見てたというのは本当のことです。一緒に暮らしていた乳母親子にも確認していますので間違いないでしょう」

「その乳母親子って今は?」

「サマンサが死んだ時に解雇されました。退職金もなく追い出されたので、我が家で保護しています」

「さすがだね」

 ルルーシアがポンと手を打った。

「ねえ、確か砂漠の国に数か国が共同出資した天文観測所があったわよね? スターズ天文観測所だっけ? そこへ送るのはどうかしら。その乳母親子と一緒に」

「ああ、それは良いかも。あの国なら行くだけでもひと月はかかるし、あの親子が一緒なら彼女も心強いしね」

 キースが呆れたような声を出した。

「おいおい、自分の夫を誑し込もうとした女を助けるのかい?」

「助けるというより、遠ざけるの。そして殿下と私には二度と近づかないって約束させるわ」

 キリウスが腰を浮かせて手を伸ばし、ルルーシアの頭を撫でた。

「君はやっぱり優しい良い子だ」

「私も賛成よ。この方向で調整してみるわ」

 アリアの声にキリウスが頷く。

「できる限り協力しよう。スターズの所長は知り合いなんだ」

「ではそのように。とりあえず私はアマデウス殿下の誤解をといてきますね……あっ。でも秘密なんですよね……どうしましょう」

 キリウスがクツクツと笑う。

「ちょっと放っておきなさいよ。説明せずに『誤解ですよ~』くらいに留めといてさ。言うときは俺の口からちゃんと伝えるよ」

「……わかりました」

 そう答えながらも、アリアはこのあと訪れるであろう嵐に眩暈を覚えた。
 どう言おうか考えながらのろのろとアマデウスの執務室を開けると、暗闇の中に落ちたような錯覚を覚える。

「え……どういう状況?」

 どんよりとした空気の中で佇むマリオが黙ったまま指を指した先には、深海魚のようにじっと動かないアマデウスがいた。
 その横にはアランが座り、頭を抱えたまま固まっている。

「アラン? あんたまでどうしちゃったのよ」

 分かっているが分かっていない振りをしてアリアが声を掛けた。
 ギシギシという音が聞こえそうなほどぎこちない動きでふたりがアリアを見る。

「遅かったね……どうだった? ルルとは話せたかい?」

「う、うん。話をしたよ。カレンの件なんだけれど……」

 アリアはルルーシアの案を三人に伝える。
 じっと動かないまま聞いていたアマデウスがボソッと言った。

「そうか、ルルは彼女を逃がしてやろうとしてるのか……相変わらず優しいよね。僕には冷たいのにさ。ちょっと距離を置くべきなのかな。僕もルルを逃がしてやるべきなのかな……いやダメだ。息ができなくなる」

 また一人で闇の中に沈んでいくアマデウス。

「ずっとこの調子だよ。殿下は今使い物にならないから、少し休ませようってことになって、医師に睡眠導入剤を処方してもらったんだけれど、これがちっとも効かないんだよね」

「素直に飲んだの?」

「いや。だから紅茶に混ぜたんだけど残しちゃってる」

 アリアが盛大な溜息をついた。

「こうやるのよ」

 マリオが持っていた丸薬を奪い取り、アマデウスの顎を持ち上げるアリア。

「ん? どうした?」

 どよんとしたままのアマデウスの鼻をつまみ、口を開けた瞬間に丸薬を放り込む。

「少し眠りなさい。はい、お水」

 無理やりグラスを口元に持っていき水を飲ませる。

「アラン、ベッドに運んでちょうだい」

 同じようにどよんとしていたアランが、言われたままアマデウスを抱き上げた。
 慌てて手助けに走り寄ったマリオと一緒に、奥の仮眠室へと運び込む。
 
「完全に寝たら自室に運びましょう」

 戻ってきたふたりをソファーに座らせてアリアが言った。

「ルルのことは誤解だから。詳しくはまだ言えないけれど、絶対に大丈夫だから」

「そうなのか?」

「うん、私を信じてちょうだい。さあ、先にカレンのことを片づけましょう」

 ルルーシアの案とキリウスの助力を説明したアリアにマリオが聞く。

「優し過ぎないか? 俺は現場を見ていたからそう思うのかもしれないが、彼女は本気で口説いていたぜ? 二度と会わないと約束させるって言ってもさぁ、同じ趣味を持っているんだから、どこかで接点はあるんじゃないか?」

「うん、私もそれは考えたよ。でもね、そもそもの話さぁ、カレンってアマデウスのこと本当に好きなのかな」

「ああ……そこか。身の安全を確保されて、大切にしたい人達が一緒なら、変な欲は出ないってことか? まあ、客観的に見て彼女に恋愛感情はないよね。あるのは保身だけだ」

「そうなのよ。好きな星の観測が思う存分できて、家に帰れば乳母親子がいて。命の危険もなくなるんだもの。お金は絶対に回収するけど」

「回収できるの?」

「正直、全額は無理だと思うけれど、返済は絶対やらせないと。そうすることで自分がやったことを忘れないようにさせなきゃダメだと思う」

「誰に対して返済させるんだ? 殿下はもうダッキィから出資した金は回収しただろ?」

「うん。考えたんだけど、一旦ロックス侯爵家が全額立て替えたって形にして、ロックス侯爵家へ返済してもらうのよ。債務者という立場で監視もできるし、返済が滞ったら追及も調査できるから、状況が把握できるでしょ?」

「5億立て替え……俺のような貧乏田舎貴族じゃ思いつかないよ。しかもベストプランだ」

 ずっと黙っていたアランがボソッと口を開いた。

「その案でいこう。アリアとマリオで宰相(仮)に報告を頼む。今はアマデウスから目を離すわけにはいかないからね。それと、この状況も耳に入れておいてほしい」

「わかったわ」

 何度も振り返りながらアリアとマリオが部屋を出た。
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