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 王太子妃教育で身につけた鉄壁の笑顔を張り付けて、ルルーシアが代わりに口を開いた。

「ダッキィ宰相には、いつも力になってもらっています。これもご家族の支えがあってこそでしょうね。感謝いたします」

 どう言い含められているのか、カリスは分かり易くアマデウスを見つめていた。
 声が出ないアマデウスと、じっと彼の顔を見続けているカリス。

「殿下?」

 ルルーシアの声で金縛りが解けたように、ホウッと息を吐いたアマデウス。

「あ……ああ、久しぶりだね、カリス嬢。学園では何度か見かけたような気もするが、令嬢は衣裳が変ると雰囲気が変るね」

 カリスがニコッと笑った。

「王太子ご夫妻におかれましては、ご健勝のご様子で何よりでございます。こうして殿下と親しくお言葉を交わすのは何年振りでございましょうか。それに……ドレスをありがとうございました」

 アマデウスがカリスを見た。

「ドレス? 意味が分からないが。君と話すのはいつぶりだったかな」

「ずっと幼い頃に王宮で開かれたガーデンパーティー以来ですわ。あの後すぐに私は領地に参りまして、学園へも高等部からの編入でしたから」

「ああ、そうか。ガーデンパーティー……すまないね、どうやら忘れているみたいだ」

 宰相が取り繕うように言う。

「この子には夫を支え、跡継ぎとなる子供たちを慈しみ育てる立派な妻になるよう教育を施したのです。領地でしっかりした家庭教師をつけておりました」

 父親のフォローなど気にすることもなく、カリスが言葉を続けた。

「殿下はまだ星を……」

 そう言いかけた娘の肩を掴んで、無理やり後ろに下がらせた宰相が、これ以上ないほどの笑顔でアマデウスに言った。

「侯爵様達がお待ちのようです。娘は後学のために王宮に来ることもございますので、その時に改めてご挨拶に伺わせましょう」

 カリスが何気なく口にした『星』という単語を聞き逃さなかったルルーシアが、不満げな顔で肩を擦っているカリスに声を掛けた。

「今後王宮に来るのなら、殿下がお作りになる天体観測クラブにお入りなってはいかが? 先ほど『星』と仰ったでしょう? ご興味がおありなのね?」

 父親の行動で機嫌を損ねてしまったカリスが、ぶっきら棒なほどの声で言い放った。

「いいえ、星に興味を持つのは女性だけですので、殿下がお作りになったと仰られても……まさか男性もメンバーにおられるのですか?」

 どうやらカリスは結婚相手をみつけるために王宮に来るのだと勘違いしているようだ。
 その会話を横で聞いていたアマデウスがガバッと立ち上がった。

「思い出したぞ……君だったのか。そう言えばあの日も紫色のドレスだったな。君は星に興味を持つなんて軟弱な男だと僕に……うぅっ……」

 アマデウスが頭を抑えて座り込んだ。
 すぐに駆け寄ったのは護衛騎士とアラン。
 アリアはカレンに指示を飛ばし、救護室へと向かわせる。

「おいおい……ここまで酷かったとは」

 丁度その時、国王の前で談笑していたメリディアン侯爵が呟いた。
 側に控えていた近衛騎士達が、宰相一家と共に皇太子たちを囲むように人目を遮断する。
 その時、ルルーシアがすっくと立ち上がった。

「カリスとやら、あなたでしたか。まだ幼い王太子殿下に暴言を吐き、その純粋な御心に深い傷を負わせたのは」

 カリスは真っ青になり父親の後ろに隠れようとするが、ルルーシアはそれを許さない。

「前へ。カリス・ダッキィ伯爵令嬢。ここに来なさい」

 王妃が腰を浮かせたが、フェリシア侯爵とロックス侯爵が止めた。
 国王は表情を変えずに成り行きを見守っている。
 救護担当が駆け付けて、アマデウスの様子の確認を急ぐ。
 近衛騎士二人がアマデウスの腕をとり、別室に下がらせようとした。

「王太子はここに残しなさい。やっと治ったとおもっていたが、何かがトリガーになってフラッシュバックしたようだ。ここで終わらせないと、一生抱えることになる。荒療治だ」

 王の言葉に困惑しつつも、近衛騎士達がアマデウスを椅子に座らせた。
 その両脇を固めたのはアリアとアランだ。
 駆け寄ろうとするカレンを体で止めているのはマリオ・メントールだった。

「ちょっと! どきなさいよ!」

「ダメ。俺と君はここで待機だ」

 それでもマリオの横をすり抜けようとするカレンに、ニヤッと笑ったマリオが言う。

「無理だよ。アランと一緒にガードの訓練をうけたんだから」

 睨みつけるカレンを涼しい顔で受け流すマリオ。
 
「早く来なさい。命令です」

 ルルーシアの突き放したような冷たい声に、宰相の顔色が一気に悪くなった。

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