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結局その夜、ルルーシアはどこにも出掛けなかった。
観劇にも行かず、星を見に行くことも断り、ずっと自室で本を読んでいる。
帰り際にキリウスが言った一言が、ルルーシアの心に何かを残したのだ。
「君たちは圧倒的に会話が足りていないね。お互いに自分の想像だけで動いていて、から回っているよ。回っている独楽同士がぶつかると、反発しあって大きく跳ねてしまう。一度立ち止まってごらん」
読んでいるというより眺めていた本を閉じて、ルルーシアは溜息を吐いた。
今日一日で得た情報量が多すぎて頭も気持ちも整理がつかない。
ふと墓参から帰った翌日、アリアから耳打ちされた言葉を思い出す。
「私たちを信じて大人しく守られていて。必ず解決してみせるから」
もちろんその言葉を信じたからこそ、口を出さず流されるままに今日まで来た。
おそらくあの三人はアマデウスにも自分にも詳細を明かすことは無いだろう。
彼らは知らない方が良いと判断したのだから。
「殿下は傷つかないかしら。純粋な方だから心配だわ」
ルルーシアはとっくにアマデウスを許しているのだが、どうしても素直になれない。
「きっとキリウス殿下が私のサポート役なのでしょうね。アマデウス様には誰がついているのかしら。もし誰もいないのだとしたら……」
ルルーシアは目を伏せて小さく息を吐いてから再び本を開いた。
栞を挟んでいるページに視線を落とす。
「牡牛座の男性の特徴は……強い信念を持ち、自分の考えに固執する傾向が強く、柔軟性に欠けると評価されることが多い。ふふふ、当たっているかも。それから……家族や親しい友人をとても大切にする。穏やかで愛に満ちた家庭を築くことを理想としてる。そうね、殿下には穏やかで心安らぐ環境にいてほしいわね」
ふと窓から夜空を見た。
星自体にはさほど興味はないが、星が持つ物語や言い伝えには心惹かれるものがある。
アマデウスが星のことを話し、自分がその星にまつわる物語を話すふたりの時間……きちんと互いの胸の内を語り合っていれば、今頃はそんな日々を送っていたのだろうか。
ルルーシアはパラパラとページを捲り、おとめ座の記述を探した。
「おとめ座の女性の特徴は? 完璧主義な人が多く、細部にまで拘ってしまうため、自己批判が強い傾向がある。ん? 私が完璧主義? まさかね……責任感が強く、信頼されることに喜びを感じやすい。慎重で用心深く、時には臆病という印象を与えるが、時に激しい感情をぶつけることもある……なるほどそうね。私はとても臆病なのだわ」
サイドテーブルに置かれた花瓶に挿してある花を、指先でピンッと弾いてみる。
これは今日のティータイムにアマデウスが持ってきた花だ。
ラッピングもなく、リボンさえもついていないその花は、きっと彼自身が庭園で切ってきたものなのだろう。
「これって……珍しい花よね。庭園のどこに咲いているのかしら」
ルルーシアは立ち上がって本棚から植物図鑑を取り出してきた。
色別の索引のなかから赤と黄の混色のページを探し、イラストを頼りに絞り込む。
「マネッティア? あなたはマネッティアっていうの?」
その花の記述を読み進めているうちに、ルルーシアの眉が下がった。
「花言葉は『たくさんお喋りをしましょう』か。殿下が花言葉を分かっていてこれをお選びになったのだとしたら……」
ルルーシアの心の中に固まっている何かが、少しだけ柔らかくなった。
「はい、アマデウス様。もっとお話ししましょうね。そうよ……そこからなんだわ」
本を棚に戻し、ルルーシアは静かに目を閉じた。
その頃アマデウスは、王弟キリウスとともに北の森の展望台にいた。
周りには天文観測所の所長と所員が数名、目を皿のようにして夜空を睨んでいる。
キリウスが欠伸を嚙み殺しながら所長に聞いた。
「そんなに簡単に見つかるものなのかい?」
所長が笑顔で応える。
「簡単ではないですよ。だからこそやり甲斐があるのですから」
アマデウスが夜空を見上げたまま声を出す。
「僕は学園に入ってからずっと探し続けているんです。本当なら婚姻式に間に合わせたかったのにダメでした。だから今年の誕生日には必ず……ん? 所長。あれって」
所長がアマデウスが覗いていた望遠鏡に近寄った。
場所を譲ったアマデウスが、みつけた星の位置を説明する。
「ほうほう! 確かにあれは新星かもしれませんなぁ。おい君たち、座標を作ってくれ」
所員たちがバタバタと動きだした。
興奮冷めやらぬアマデウスの顔が、ランプの灯りでも分かるほど紅潮している。
「ダメだ。俺には全部同じにしか見えん」
キリウスの声にアマデウスが笑う。
「ははは! 興味がないとそんなものですよ。でも本当に新星なら……」
「新星なら?」
「ルルにプレゼントします。ずっとそうしたかったんです」
「名前は決めているのかい?」
「ルルーシアです」
「お前……もう少し捻れよ……」
キリウスの声は夜空に吸い込まれていった。
観劇にも行かず、星を見に行くことも断り、ずっと自室で本を読んでいる。
帰り際にキリウスが言った一言が、ルルーシアの心に何かを残したのだ。
「君たちは圧倒的に会話が足りていないね。お互いに自分の想像だけで動いていて、から回っているよ。回っている独楽同士がぶつかると、反発しあって大きく跳ねてしまう。一度立ち止まってごらん」
読んでいるというより眺めていた本を閉じて、ルルーシアは溜息を吐いた。
今日一日で得た情報量が多すぎて頭も気持ちも整理がつかない。
ふと墓参から帰った翌日、アリアから耳打ちされた言葉を思い出す。
「私たちを信じて大人しく守られていて。必ず解決してみせるから」
もちろんその言葉を信じたからこそ、口を出さず流されるままに今日まで来た。
おそらくあの三人はアマデウスにも自分にも詳細を明かすことは無いだろう。
彼らは知らない方が良いと判断したのだから。
「殿下は傷つかないかしら。純粋な方だから心配だわ」
ルルーシアはとっくにアマデウスを許しているのだが、どうしても素直になれない。
「きっとキリウス殿下が私のサポート役なのでしょうね。アマデウス様には誰がついているのかしら。もし誰もいないのだとしたら……」
ルルーシアは目を伏せて小さく息を吐いてから再び本を開いた。
栞を挟んでいるページに視線を落とす。
「牡牛座の男性の特徴は……強い信念を持ち、自分の考えに固執する傾向が強く、柔軟性に欠けると評価されることが多い。ふふふ、当たっているかも。それから……家族や親しい友人をとても大切にする。穏やかで愛に満ちた家庭を築くことを理想としてる。そうね、殿下には穏やかで心安らぐ環境にいてほしいわね」
ふと窓から夜空を見た。
星自体にはさほど興味はないが、星が持つ物語や言い伝えには心惹かれるものがある。
アマデウスが星のことを話し、自分がその星にまつわる物語を話すふたりの時間……きちんと互いの胸の内を語り合っていれば、今頃はそんな日々を送っていたのだろうか。
ルルーシアはパラパラとページを捲り、おとめ座の記述を探した。
「おとめ座の女性の特徴は? 完璧主義な人が多く、細部にまで拘ってしまうため、自己批判が強い傾向がある。ん? 私が完璧主義? まさかね……責任感が強く、信頼されることに喜びを感じやすい。慎重で用心深く、時には臆病という印象を与えるが、時に激しい感情をぶつけることもある……なるほどそうね。私はとても臆病なのだわ」
サイドテーブルに置かれた花瓶に挿してある花を、指先でピンッと弾いてみる。
これは今日のティータイムにアマデウスが持ってきた花だ。
ラッピングもなく、リボンさえもついていないその花は、きっと彼自身が庭園で切ってきたものなのだろう。
「これって……珍しい花よね。庭園のどこに咲いているのかしら」
ルルーシアは立ち上がって本棚から植物図鑑を取り出してきた。
色別の索引のなかから赤と黄の混色のページを探し、イラストを頼りに絞り込む。
「マネッティア? あなたはマネッティアっていうの?」
その花の記述を読み進めているうちに、ルルーシアの眉が下がった。
「花言葉は『たくさんお喋りをしましょう』か。殿下が花言葉を分かっていてこれをお選びになったのだとしたら……」
ルルーシアの心の中に固まっている何かが、少しだけ柔らかくなった。
「はい、アマデウス様。もっとお話ししましょうね。そうよ……そこからなんだわ」
本を棚に戻し、ルルーシアは静かに目を閉じた。
その頃アマデウスは、王弟キリウスとともに北の森の展望台にいた。
周りには天文観測所の所長と所員が数名、目を皿のようにして夜空を睨んでいる。
キリウスが欠伸を嚙み殺しながら所長に聞いた。
「そんなに簡単に見つかるものなのかい?」
所長が笑顔で応える。
「簡単ではないですよ。だからこそやり甲斐があるのですから」
アマデウスが夜空を見上げたまま声を出す。
「僕は学園に入ってからずっと探し続けているんです。本当なら婚姻式に間に合わせたかったのにダメでした。だから今年の誕生日には必ず……ん? 所長。あれって」
所長がアマデウスが覗いていた望遠鏡に近寄った。
場所を譲ったアマデウスが、みつけた星の位置を説明する。
「ほうほう! 確かにあれは新星かもしれませんなぁ。おい君たち、座標を作ってくれ」
所員たちがバタバタと動きだした。
興奮冷めやらぬアマデウスの顔が、ランプの灯りでも分かるほど紅潮している。
「ダメだ。俺には全部同じにしか見えん」
キリウスの声にアマデウスが笑う。
「ははは! 興味がないとそんなものですよ。でも本当に新星なら……」
「新星なら?」
「ルルにプレゼントします。ずっとそうしたかったんです」
「名前は決めているのかい?」
「ルルーシアです」
「お前……もう少し捻れよ……」
キリウスの声は夜空に吸い込まれていった。
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