上 下
53 / 77

53

しおりを挟む
 笑いながら見送ったキリウスが言う。

「なんだか一周まわって変な方に振り切ってるねぇ、うちの甥っ子は。なぁルルちゃん。アマディに秘密でオペラを見た時の気分はどうだった?」

 少し考えてから返事をするルルーシア。

「そうですわね、少し胸が痛みました。でも好きでもないものにお誘いするのも……」

「好きでもない? アマディはたぶんオペラを見たことが無いよ」

「そうなのですか? 王太子として何度かご経験があるのだとばかり思っていました」

 キリウスがニコッと笑う。

「君たちが婚約したのは12歳だろ? 学園に入る前の子供がオペラなんて退屈でじっとしていられるわけがないから、連れて行ってはいないんだ。婚約後はふたりとも忙し過ぎてそれどころじゃなかったし。まあ、そんなこんなであの子は未経験なんだよ」

「左様でございましたか。聞いてみないと分からないものですわね。私はてっきりご覧になった上で、興味を持たれなかったのだと思っておりました」

「そうだよね。聞いてみないと分からない。でも、聞いても信じられないってこともあるよ。人って結局は自分が想像した答えを求めちゃうんだよね。良くも悪くも自分が想像した答えと違うと失望したりして」

 ルルーシアが何度も頷いた。

「分かるような気がしますわ。求められる答えが分かってしまったら、無意識のうちにそれに応えようとしてしまいますもの。ああ、だから殿下はご趣味のことを言えなかったのでしょうね。私が求める答えではないとお考えになったのね」

「あの子は小さい頃から自分に自信が持てない子だったからね。頭は良いんだよ? 人の話をちゃんと聞けるし、理解しようとする根気もある。きっとイザという時はきっちりやってくれる。でもね、そのイザという時が来たことが無いんだよ。敢えて言うなら今かな?」

 プッと吹き出すルルーシア。

「それは我が国が安寧ということですわね」

「そうだね。俺はアマディは国王向きの性格をしていると思うんだ。兄上もそうさ。それは何かわかるかな?」

 ルルーシアはじっと考えた。

「家臣の言葉を真摯に聞くという姿勢でしょうか」

「うん、その通りだ。あの親子は自分が最優秀ではないということを知っている。だからこそ王に向いているんだよ。俺なんて世界で一番頭が良いのは自分だと思っているもんね。他者の意見がバカバカしく聞こえるから、ちゃんと聞く気になれない。だからきっと独裁政治をするだろうなぁ。黙って言われたことだけやっておけ! バカタレ! みたいな感じで」

「まあ! それは危険な思想ですわね。フフフ」

 ルルーシアは真面目な顔で力説するキリウスを楽しそうに見た。

「そうでしょ? それと王族にとってとても大切なことがあの親子には備わっている」

「なんでございましょうか?」

「見栄えの良さだ。結局政治なんていうものは、官僚がおこなうものさ。国の命運を1人で決めて良いわけがない。官僚たちが白髪になるくらい頭をひねって出した答えが政策になっていくんだ。だからこそ、それを最終決定する者は、きちんと聞いて理解する責任がある。そして見目麗しい人間の言葉は、国民も他国も聞く気になるんだ。見栄えが良くて、頭も良くて、行動力もあるけれど、冷静な自己批判ができる傀儡。これが理想の国王だ。俺には絶対に無理なんだよね。あの親子に比べたらダークなイメージでしょ? にっこり笑って他国を侵略しそうな感じで」

「まあ! キリウス殿下ったら。本当に面白い方」

「俺と一緒にいると楽しいって言ってくれる女性は多い。でも、心から愛し一生を捧げると誓ったのはたった一人さ」

  ルルーシアが頷いた。

「存じておりますわ」

「それなら良かった。君はやはり賢いね。かわいい甥っ子が嫉妬で眠れないといけないから、今日は義姉上と兄上に席を譲ろう。その代わりアマディを誘って星でも見に行く?」

「星でございますか?」

「うん、俺は知っているよ? ルルちゃんは密かに星の本を読んでいるよね」

「まあ! ご存じでしたか」

「なぜか聞いても?」

 キリウスの言葉に、ルルーシアは恥ずかしそうに笑った。

「ずっと幼い頃……まだ殿下と婚約をする前の事です。父について王宮を訪れるたびに、なぜか殿下とはよく出会っていたのです。父の仕事が終わるまで庭園で遊んでいると、殿下がやってきて、独りぼっちの私に星の話をして下さったのです。とても楽しいひと時でしたわ」

「なるほど。そんな小さなころからアマディはルルちゃんを見染めてたってことか」

「ある日、木陰で話せば良いのに、バラの庭園の真ん中に座り込んで、話に夢中になった私が倒れてしまったことがありました。殿下が私を背負って運んでくださったそうで、邸に戻って父にこっぴどく𠮟られてしまいました」

「ああ! 覚えてるよ。アマディも兄上にこっぴどくしかられていた。あれはルルちゃんだったのか。まあ、運んだっていってもほんの数メートルさ。あの子も倒れちゃったから」

「そうだったのですか? それは存じませんでした」

「熱で苦しいだろうに、ずっと同じことを言っていたよ『僕の星のお姫さま』ってね。アマディの星のお姫さまはルルちゃんだったのだね」

「それを言うならアマデウス様は私の『星の王子さま』でしたわ。目をキラキラさせて、一生懸命説明してくださって……きっと殿下はもうお忘れなのでしょうね」

 キリウスがポンと手を打った。

「ああ、ルルちゃんが引っかかっているのはそれか。君は自分以外の女性に、自分にしたように星の話をしたアマディに失望したんだね?」

 ルルーシアが悲しそうな顔をする。

「失望したというなら自分に対してです。殿下がサマンサ嬢と星の話をしていると聞いた時、私ではダメだったんだなって思いましたから。聞くばかりではなく、もっと質問したり、自分でも調べたりして話を盛り上げることができていれば、きっと今でも殿下は……」

「そうか……でもね、ルルちゃん。その後すぐにあの子は星を趣味にしていることで、とても傷ついたんだよ。だから大好きな君に嫌われたくないって思ったのだろう。星の話をする男は軟弱なのだそうだ」

「そのお話はつい最近聞きました。きっとお辛かったでしょうね。でもサマンサ嬢とは星の話をなさった。私ではc力不足だったということでしょう?」

「違うと思うけど……俺は甥っ子が可愛い。だからひいき目に見ているのかもしれないけれど、男というものは好きな女の子に嫌われるのはとても怖いことなんだ。彼女に言えたのは本当に恋愛感情がなかったからじゃない?」

「そうでしょうか……」

「うん。だってあの狸娘がもし狸息子でも、助けるためには同じことをしたと思うよ。まあ側妃にはできないけど、側近にはしたかもね。貸してやるから働いて必ず返せくらいのことは言うはずだ。あの子にとっては人生で初めて得た友人だったんだ。必死で助けただろうと思う。ところでルルちゃんはアマディのどこが好きだったの?」

 キリウスの唐突な質問に、ルルーシアは目を丸くした。  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

今日、大好きな婚約者の心を奪われます 【完結済み】

皇 翼
恋愛
昔から、自分や自分の周りについての未来を視てしまう公爵令嬢である少女・ヴィオレッタ。 彼女はある日、ウィステリア王国の第一王子にして大好きな婚約者であるアシュレイが隣国の王女に恋に落ちるという未来を視てしまう。 その日から少女は変わることを決意した。将来、大好きな彼の邪魔をしてしまう位なら、潔く身を引ける女性になろうと。 なろうで投稿している方に話が追いついたら、投稿頻度は下がります。 プロローグはヴィオレッタ視点、act.1は三人称、act.2はアシュレイ視点、act.3はヴィオレッタ視点となります。 繋がりのある作品:「先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います」 URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/690369074

【完結】あなただけが特別ではない

仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。 目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。 王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...