どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連

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「それが1日のうちの出来事ですか?」

「うん、なんと言うか凄かった。で、父上たちに会いに行ったらものすごく怒られて、ルルには話してあるのかって聞かれたから、まだだって言ったんだ。でもどうしても友人を救いたいのだと言ったら勝手にしろって言われたよ。とにかくルルが先だと怒鳴られた」

「そりゃ当たり前ですね。しかもその勝手にしろって肯定じゃないですからね?」

「うん……今ならわかるよ。それでその日のうちにメリディアン侯爵家に行こうとしたら、急に公務が入って行けなくなったんだ。それで次の日に先触れを出して行ったんだけど……」

 アランが後を引き取る。

「半狂乱でしたね……侯爵も激高してましたし」

「ルルとは長い付き合いだけれど、あそこまで大きな声を聞いたのは初めてだった。それから日参したけれど会わせてもらえないし、なぜか急に仕事が増えて身動きがとれなくなって……それきり婚姻式まで数回会えた程度だよ。これじゃあ嫌われて当たり前だ」

 マリオが聞く。

「それでは彼女との天体観測は?」

「5億の話からはぜんぜん行ってない。一度、天体観測所の所長が解説してくれる事になって、星仲間として彼女を呼ぼうとしたら、叔父上に怒鳴られた。だからほぼ1年近く彼女とは観測をしていない。何ていうのかな、側妃の件はあれよあれよという間に全部お膳立てされていたって感じで、僕があわあわしている間に全部決まってたんだよね……もう後悔しかないよ」

 アランが悔しそうに唇を嚙みしめた。
 マリオがアマデウスに言う。

「でもルルーシア様が予定通り婚姻してくださって良かったですね」

「本当にそうだ。ルルには嫌われちゃったけれど、彼女が僕の妻でいてくれることは何よりの悦びさ」

「殿下ってどうやって妃殿下を口説いてるんです? やっぱり強引に押し倒すとか?」

 アマデウスが真っ赤な顔で大きな声を出した。

「まさか! なんてことを言うんだ! ルルが納得できないのにそんなことできるわけがないだろう!」

「え……ってことは、殿下って……」

 アランがマリオを止める。

「それ以上言うな」

 がっくりと肩を落とすアマデウスを、マリオが雨に濡れた捨て犬を見るような目で見ている。
 コクンと水を一口飲んだアマデウスがボソッと言った。

「戻りたいな……あの頃に。学園に入るずっと前にさ。多分僕はそこから間違えてたんだ」

 アランがすこし強い口調で言った。

「戻れませんよ、絶対に。でもね殿下、リセットは無理だがリトライはできるのです。諦めちゃだめです」

 アマデウスがのっそりと顔を上げた。

「リトライかぁ。なあ、ふたりに頼みがあるんだ」

 アランとマリオが顔を見合わせた。

「何なりとお申し付けください」

「うん……僕と友達になってくれないか?」

 アランとマリオが再び顔を見合わせる。

「もちろん君たちはルルーシアの側近だ。言い換えると僕の側近じゃないだろ? だからこそ頼みたい。僕はずっと友達がいなくてさ……人とどう接するのが正しいのか良く分からないんだ。女の子に泣かされるような情ない子供だったし、兄弟もいないし、甘やかされてたし」

 マリオがポンと手を打った。

「ああ、適切な距離感ってやつですね? あれは経験しないとなかなか掴めませんものね。分かりました。殿下、俺で良ければお友達にして下さい。でも仕事は仕事ですから、そこのオンオフはきっちりつけさせてもらいます。それで良いですか?」

 アマデウスが嬉しそうな顔をする。

「ありがとう。アランとはずっと一緒にいたけれど、主従という枠から出なかっただろ? アランは本当に良く僕に仕えてくれたと感謝しているよ。急に友達って言われても困るだろうけれど、ふたりとはルルーシアとアリアのような関係になれるんじゃないかって思ってさ」

 アランがニコッと笑った。

「わかりました。俺もオフの時は主従枠から出ます。今は休暇中ですから友人モードでいきますね。では……はっきり言うから良く聞いておけよ、アマデウス」

「お、おぅ」

「絶対にルルちゃんの心を取り戻せ。とにかく必死に気持ちを伝えるんだ。もしやり過ぎだと思ったら、その場で俺かマリオが止めてやる。そしてサマンサ……今はカレンだが、あの女の罠には嵌るなよ! 絶対にだ!」

「罠? サカレンが僕に罠?」

 マリオも口を開いた。

「ああ、友達だと思っているのはアマデウスだけだ。彼女は違う。いや、かつてはそうだったのかもしれないが、今は違う。そして君にできる唯一は彼女の毒牙にかからないことだ」

 アマデウスが複雑そうな顔をした。
 マリオが続ける。

「俺は男女の間に友情はないと思っているよ。あるとしたら、それぞれが最愛を持っていて、その最愛がその友情を認めてくれた場合だが、それでも不快には思うだろう? 最愛にそんな思いをさせてまで繋ぐ友情は、すでに無自覚の恋情なんだよ。そしてどちらかがほんの少しでもそれを認めたら、その瞬間に終わる薄氷みたいなものさ。男女が何の屈託もなく友達として過ごせるのは、恋を知らないガキの頃だけだ」

 アマデウスが大きなため息を吐いた。

「そうなのだろうか……でも教会長は夫婦は生涯にわたる親友だと言われたぞ? ああ、そうか、それは愛情を持った上で何でも話せる関係という意味か……どうも僕は単純でいけない」

「そうだね、君はとても単純だ。そして思い込みも激しい。でもとても良い奴だと思うよ。まあ安心してくれ。もうすぐ全て片付く。それに俺たちがついているんだ。アリアもいる。そして何よりルルーシア様もいるんだ。頑張れよ」

「うん、わかった。カレンの事は肝に銘じるよ。教えてくれてありがとう。それにしても何がもうすぐ片付くんだ?」

 アランがニヤッと笑った。

「終わったら教えてやるから楽しみにしておけ」

 三人が食事を終える頃、観劇を終えた人たちで大通りが賑やかになっていた。
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