上 下
40 / 77

40

しおりを挟む
 王宮に到着したのは予定より2時間も早く、まだ西の空の端に太陽が残っていた。
 出迎えたのは王弟と使用人、そして医師と数名の看護師だ。
 それを窓から見たアリアがひゅっと口笛を吹く。

「さすがキリウス殿下だわ。ちゃんと国王夫妻を遠ざけてくださっている」

「うん、ちゃんと話は通っているみたいだね」

 三台の馬車が止まると、医師と看護師、そして数人の使用人が担架を持って駆け寄った。
 アランが緊迫した声を出す。

「三台目だ。気をつけて運んでくれ。場所は北の客間だ、侍女長が知っている」

「畏まりました」

 マスクと手袋をした使用人たちがサマンサを担ぎだし、その後ろを医師たちが続く。
 先導するのは事情を知らない侍女長だ。
 頭からかけられた毛布の隙間から、サマンサの手が出てきて、手を振るようにひらひらと動いた。
 
「あのバカ……」

 口ではそう言いながらも、アリアはホッと大きな息を吐いた。
 その肩をアランがポンと叩く。

「さすがだ。アリアを心から尊敬するよ」

「ありがとう、ここからはあなたとマリオの出番よ。頑張ってね」

「ああ、体を張って誰かを止める修行は十分に積んだ」

 側近の3人に王弟が近寄って来る。

「お疲れさん。この奇策は誰の知恵だ? まあ聞かなくても分かるけど」

 アリアが笑顔を浮かべた。

「ただいま戻りました、王弟殿下。サポートしていただき心から感謝申し上げます」

「いや、感謝したいのはこちらの方だ。それにしても一気に片づけたな。まさか殺すとは思わなかった。良くアマディが納得したものだ」

「ええ、割とすんなり受け入れてくださいました。サマンサの為人もわかりましたし、今後に繋がる良い旅となりましたわ」

「ああ、それこそご先祖様のお導きというものだろう。俺もたまには墓参りでもするかな」

 後ろでカチャッと音がして、馬車のドアが開いた。
 使用人に続いて降りてきたアマデウスの腕には、ルルーシアが抱かれている。

「どうした! ルルちゃんも具合が悪いのか?」

「ああ、叔父上。ただいま戻りました。いえ、ルルはよく眠っているので、起こさない方が良いかと思いまして」

「そ……そうか。それなら良かった。今夜はこのまま寝かせてやりなさい」

「はい、ルルの部屋に運びます」

 宮殿に入っていくアマデウスを見送りながら、キリウスがボソッと言った。

「あのアホは何も気付いていないようだな」

 それには誰も返事をしない。
 その沈黙こそが返事だと受け取ったキリウスが言った。

「可愛い甥のために、教育的指導をしてやらねばならんな」

 三人は俯いて聞こえなかった振りをした。

 そして翌朝、国王夫妻に帰還の挨拶を済ませた王太子夫妻は、新しい執務室へと向かった。
 ルルーシアが出した答えは『執務室を分ける』というもので、アマデウスは泣く泣く同意するしかなかったのだ。

「まあ、素敵な部屋ね。それに広くて明るいわ」

 ルルーシアに従っているのはアランとマリオだ。

「壁紙は王妃殿下がお選びだと聞きました」

「へえ……王妃殿下って意外と少女趣味なのね。でも色が落ち着いているからしっくりくるし、なんだか心落ち着くわ」

 ドアがノックされ、メイドが顔を出した。

「まあキャロ! どうしたの? お父様と一緒に来たの?」

 メリディアン家に残したはずのキャサリンが、嬉しそうな顔で入ってくる。

「ご主人様のお計らいで、さる伯爵家の養女に迎えていただき、王宮への出仕が叶うようになりました」

「まあ! お父様ったら、どこまでも私を甘やかすのだから。でも嬉しいわ。百人力を得た思いよ。エディも来てくれるし、これで私も頑張れるわ」

「ご主人様より、これをお渡しするようにと」

 キャロラインがワゴンを引き入れると、食べきれないほどのスイーツが載っていた。

「さっそく持ってくて下さったのね。ところでお父様は?」

「ご主人様は大変お忙しくしておられます。当分は会えないが、お菓子は毎日届けるとの事でございました」

「そう……いろいろ手を尽くして下さっているのね。ねえ、マリオ。殿下とアリアを呼んできてくれない? メリディアン家のスイーツは世界一なの。見た目も味も私が保証するわ。キャロ、お茶の準備をお願い」

「ただ今すぐに」

 マリオが頷いて部屋を出ると、キャロラインが紅茶を淹れ始めた。

「俺は初めて見たけれど、アリアからは良く聞かされていました。これが噂のメリディアンスイーツなのですね」

 アランがルルーシアに声を掛ける。

「アリアは止めないといくらでも食べてしまって、食事ができなくなるのよ。今日も見張ってなくちゃ」

 ルルーシアのこれほど嬉しそうな顔は久しぶりだとアランは思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

【本編完結】独りよがりの初恋でした

須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。  それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。 アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。 #ほろ苦い初恋 #それぞれにハッピーエンド 特にざまぁなどはありません。 小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

処理中です...