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サマンサが助け舟を出した。

「要するに、側妃として召し上げられる予定だったけれど、婚姻式をする前に熱病で死ぬのよ、私が。表舞台には一切出ないままでね。絶対に無いと思うけれど、もし父が遺体を返せって言い張っても、感染する恐れがあったから、荼毘に付したって言われたらどうしようもないわ。そしてアリアのお父様がみつけてくれた適当な貴族のA嬢となって、新しい側近として登城するってわけ。そうよね? アリア」

「理解が早くて助かるわ。死人は結婚できないでしょ? そして新しく得た身分で側近として働けば、借金も返せるでしょ? まあ死ぬまでかかるかもだけど。側妃予定の令嬢が、側近になったのはいいけれど、何の功績もないまま死んじゃうんだから、スキャンダルにもならないわよ。分かったかな? にぶちん君達」

 アランとマリオがアリアの言葉を反芻するように呟いている。

「な……なるほど。でも顔は変えられないだろう?」

「女はね、化粧と髪型で化けるのよ。ねえ? サマンサ」

「ええ、髪を切って眼鏡をかけて、ばっちり化粧するわ。A嬢が留学していた国ではこれが当たり前で押し通せるし、高く売る事ばかりで私の顔なんてまともに見ていない父も義母も義兄も気が付かないと思う。何なら髪も染めるし。嫌だったのよね、この平凡な茶色い髪が」

「完璧ね」

 マリオがおそるおそる聞く。

「実物のサマンサは死なないんだね? 殺人は絶対反対だ」

 アリアがニヤッと笑った。

「もちろんよ。ただし、約束を違えるなら容赦はしないわ。少しでも王太子に色気を出したら、バッサリと私が引導を渡してあげる」

 アリアが自分の手を刀に見立てて首に当てた。

「誓ってありません! もしそんな動きをしたらバッサリとやって下さって結構です」

「了解よ。信じましょう。そうとなると……いろいろ準備が必要よね。ねえサマンサ、あなたはどこに部屋を賜る予定なの?」

「今は北の客間を使わせてもらっているわ。といっても昨日からだから荷物も解いていないけれど、侍女長の話だと側妃としての居室はまだ決まってないって」

「だったらそのまま北の客間にいなさいよ。万が一フロレンシア伯爵の手の者が確認に来ても王宮内ならまだ誤魔化しやすいもの」

 アランが口を出す。

「後は王太子殿下の驚異の行動力をどう抑止するかだが……」

 アリアが笑いながら言う。

「そんなの簡単よ。殿下にも妃殿下にも全部話せばいいの。隠し事や噓は絶対にいつかは破綻する。ああ、この際だから王弟殿下も味方に引き入れちゃいましょう。でも王と王妃はダメ。意外と口が軽いからね」

 マリオが苦笑いを浮かべる。

「アリア……君って最強だな。惚れそうだよ」

 何も言わないままアランがマリオを睨みつけた。

「マリオ、邸の到着したらすぐに手紙を書くから、誰かを走らせてくれない?」

「了解。お安い御用だ」

「では晩餐の後に集合しましょう」

 4人が突き出した拳を合わせようとしていた時、馬車が急に止まったのだ。

「何事だ!」

 アランがいち早く馬車を飛び出し、前の馬車へと走る。
 続こうとしたアリアがサマンサに言った。

「作戦成功のためにも、あなたは顔をなるべく晒さない方がいいわ」

「うん、分かった」

「マリオは一緒に来て」

「おう!」

 一人馬車に残ったサマンサは、木陰に連れ出されたルルーシアを見ていた。

「殿下は来ないのね……本当に愛しているのかしら。まあもしそうなら、天体観測に私を誘うなんてしないか……政略結婚ってどっちも可愛そうね。あの人の言うとおりだわ」

 サマンサの独り言は誰の耳にも届かず、白いテーブルナプキンに散ったスープのシミのように、深く彼女の心に沈殿していくのだった。
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