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 庭園のガゼボで昼食をとり、そのままお喋りを楽しんだ後、明日から登校だからといってアリアは家に戻って行った。
 入れ違いのように王宮から戻ったメリディアン侯爵がルルーシアに言う。

「夕食の後で話したいことがあるんだ」

 父親の言葉に頷きながら、ルルーシアは話の内容を思い、視線を下げた。
 執務室のソファーを指さしながら、侯爵が優しい表情を浮かべる。

「座りなさい。何か飲むかい?」

「ではホットミルクをお願いしようかしら」

 飲み物の準備が終わるのを待って人払いをした侯爵が、愛娘の隣に移動した。

「ルル、やはりダメだった。私もかなり粘ったのだが、王太子が泣いて頼むものだから、押し切られてしまったよ」

「ええ、私も無理だろうとは思っていましたの。それほど重要なことなのですね、ロマニヤ
国との関係強化は」

「まあそれもあるが、決め手は王太子だ。大粒の涙を流して膝をついて懇願するんだもの。驚いたよ」

「それほど責任を感じておられるということなのでしょうね。お可哀想に……」

「いや、それは違う。ルルは聞かないと言ったけれど、私は全て聞いてきた。その話に噓は無かったと思う。直接は辛いだろうが、私が話すのなら聞けるかな?」

 ルルーシアが眉を下げる。

「聞かなくてはなりませんの?」

「うん、聞いた方が良いと思うよ。ひとりで悪い想像ばかりして、ひとりで傷つくのは良くないさ。でも信じるかどうかはお前の判断だ」

 ルルーシアの手をそっと握りながら、昨日アランから聞いたことや、それと同じことを国王自らが説明してきたことなどを、嚙んで含めるように伝えるメリディアン侯爵。
 何度も何かを言いかけながらも、最後まで口を挟まずに聞き終えたルルーシアがスッと目を閉じた。

「お父様は信じたのですね?」

「うん、腹が煮えくり返ったが噓ではないと思ったよ」

「殿下はなぜ趣味のことを私にお話しにならなかったのでしょう。それほど信頼してはいただいていなかったということでしょうか」

 侯爵の手に少しだけ力が入る。

「ルルは素直だから理解できないだろうけれど、男というのは臆病でね。きっと幼い頃に傷ついた心がストップをかけたのだろう。要するにお前に嫌われたくなかったのさ。子供の頃に負った心の傷は、洗っても洗っても落ちないシミのようにずっと消えてはくれないからね」

「そういうものですか……それにしてもサマンサ嬢を唯一の友人と認め、私財を投げうってまでお助けになりたかったということですわね? お二人はそれほどの厚い友情を育んでおられたということでしょう?」

「友情かぁ。男と女の間に友情は育つものなのだろうかというテーマは、とても古くから議論されてきたことなんだ。きっと人それぞれの考えがあるだろうし、価値観とかも関わるから、結論は出ないだろうが、あのアホは友情だと信じているようだ」

「男と女の間の友情ですか。私は殿下以外の男性と接することがございませんでしたのでなんとも……しかし、もしもアリアがサマンサ嬢と同じ立場になったとしたら、持てる全てを投げうってでも助けたいと思うでしょうね」

「うん、それは私も同意するよ。私もロックスやフェリシアが助けてくれと言ってきたら、借金をしてでもなんとかするだろうからね。しかし奴らは女性ではない。それがコリンだったとしたら命に代えても守ろうとするだろうけれど、それは友情ではなく愛情だ。私も長く生きているが、そこまでの強い友情を感じるような女性の知り合いはいないよ」

「殿下にとってアランは友人では無かったのでしょうか」

「友人というより主従だよね。アリア嬢とルルは同じ爵位だろ? 主従ではない。そう考えるとアマデウス王太子殿下と同じ身分の者は国内にはいないんだよ。誰であれ主従という枠から出ることはないだろう。だから友達という感覚を持ったことは無かったのかもしれない」

「ではなぜサマンサ嬢には友情をお感じになったのでしょうか」

「同じ趣味を持っていたというのが一番だろう。星座にいくら詳しくても国政には何の関係もない。それに殿下は自分の趣味にコンプレックスを持っておられた。それを隠す必要がない相手をみつけたということだろうね」

「隠す必要がない相手……」

「最初の出会いは図書室だそうだ。サマンサ嬢が異国の星座図鑑を、辞書を片手に眺めていたのを偶然見かけた殿下が、翻訳してやったのがきっかけだそうだ」

 侯爵が俯くルルーシアの肩に手を回した。
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