どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連

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 メリディアン侯爵の視線に頷いたアランが続ける。

「お二人は昼休みや放課後などを利用して、星の話をなさっていました。サマンサ嬢の知識は驚くほど深く、殿下は話を聞きながらメモをとるほど傾聴しておられました。サマンサ嬢は話し相手ができたことが嬉しく、殿下は初めて対等に話せる友人を得たことをとても喜んでおられ、まわりの目が気にならないほど夢中で会話をなさっていました」

 フェリシア侯爵が鋭い声を出した。

「まわりの目を気にすることなくだと? お前が諫めなくてはいかんだろうが!」

「何度もお諫めは致しましたが、殿下はサマンサ嬢を唯一の友だと言われ……自分が愛しているのはルルーシア嬢だけだから何の心配もないと仰いました。本当にお二人の間にあるのは共通の趣味を持つ者同士の友情だけだと……同じ本を一緒に見るため、適切な距離ではないこともしばしばありましたが、その度に注意はしておりましたが……」

「注意しても噂になった時点でお前の失態だ」

「はい……申し訳ございません」

 ロックス侯爵が宥めるように言う。

「ちょっと落ち着けよ。それで? 夜に会っていたというのは本当のことなのか?」

 アランが気まずそうに頷いた。

「はい。王宮の北の森にある展望台で星の観察をなさっていました。サマンサ嬢は伯爵邸の別館で乳母と2人で暮らしているそうで、夜に抜け出しても誰にも気付かれないと言っていました。観測に良い晴れた日や、流星が出る日などは王宮の馬車を遣わされて送迎を……」

「王太子自らが送迎を?」

「いえ、馬車を出すだけです。私はずっと王太子殿下の側に居ましたので間違いありません。現地集合で現地解散というのが暗黙のルールで、飲食もせずただひたすら星座の話をしておられました。誓って申し上げますが、2人きりになられたことは一度もありません」

「はぁぁぁ……まったく紛らわしいことをしてくれる。そのことは誰が知っているんだ?」

「裏門の守衛は知っています。あとは夜勤の使用人達でしょうか」

「その場にはお前しかいなかったのか?」

「はい、私だけです」

 ドンとテーブルを叩いてメリディアン侯爵が声を荒げた。

「そこがダメなんだ! なぜ公にしない? せめて王宮の使用人を何人か控えさせておけばつまらん噂にはならんだろうが! 学園でもそうだ。王太子が星に興味があると示せば、専門の教師を雇うこともしただろうし、クラブ活動にもできたはずだ!」

 ロックス侯爵が宥める。

「だからそれは王太子が隠したがったからだろ? ちょっと2人とも深呼吸しろ」

「あ……ああ、すまん」

 フェリシア侯爵が続ける。

「まあいい、2人はただの友達だというお前の言葉を信じよう。もう一度聞くが、愛は無いのだな? 友情なのだな? それは互いにそうなのだな?」

「はい、王太子殿下に関しては家名に誓えます。サマンサ嬢とはあまり話したことが……」

「簡単に我が家の名で誓ってくれるなよ……それなのになぜ側妃にと望んだ?」

 父親の言葉に気まずそうな表情を浮かべながらアランが答えた。

「それはサマンサ嬢が王太子殿下に、卒業と同時にワートル男爵に売られると話しをされたからです。だからもう一緒に天体観測はできなくなると言われ、王太子殿下は酷く慌てておられました」

 メリディアン侯爵が溜息を吐く。

「それで側妃に召し上げれば阻止できると考えたのか? なんと短絡的な頭なんだ。一番悪手じゃないか。そんなもんとっととワートルを潰せばいいだけなのに」

 アランは何も言えず俯くだけだった。

「まさかお前も思いつかなかったのか?」

「父上……そうは言われますが、サマンサ嬢が王太子殿下にその話をしているのを、アリア嬢が見ていまして。しかも泣くサマンサ嬢を王太子殿下が抱きしめて慰めてしまい、お諫めしたので、すぐに離れましたが……私はそのシーンだけを切り取ってルルーシア嬢の耳に入ることを恐れ、すぐにアリア嬢を追ったのです。口止めをしなくてはとそればかり考えていました。しかし教室に行くとすでにアリア嬢は早退していて、慌てて王太子殿下の元に戻り、すぐにルルーシア嬢のもとに向かうように進言しましたが、王太子殿下は王宮に戻ると言われ、どんどん準備を始めてしまわれて……もうどうにもなす術がなく」

 メリディアン侯爵が何度目かの溜息を吐きながら、両手で顔を覆った。
 フェリシア侯爵が気まずそうに口を開く。

「もしかして王太子が俺に購入して欲しいと言った領地は、結納金の捻出か?」

「はい。そのように後で聞きました」

 今度はフェリシア侯爵が盛大な溜息を吐いた。

「すまん、メリディアン。どうやら俺が結納金準備の手助けをしてしまったようだ」

「その領地とは?」

「トール領だ。俺はてっきりルルーシア嬢との結婚準備のために金が必要なのだと思って、祝いのつもりで言い値で買ったんだ。人気のリゾート地だし、隠居して住むにはまあまあかなと思ってなぁ」

「トール領か……あそこはルルーシアが気に入っていたんだ。なあフェリシア、俺に譲ってくれ。いくら出したんだ?」

「5億ルぺ」

「安く買ったな。即金で支払おう」

「ああ、知らなかったとはいえすまん事をした。そうと知っていれば返事をする前にお前に話したのにな」

「いや、事情を知らなかったんだ。私がお前でも同じことをしただろう」

 ロックス侯爵が言う。

「まあ不動産の件はゆっくり2人で話せ。なあアラン、事は重大だ。率直に教えてくれ。殿下はサマンサ嬢を側妃として王宮に住まわせるのだな? 側妃として扱うということだな?」

「詳しい話は詰まっていませんが、サマンサ嬢は王太子の側近として働き、その給与からお金を返済する予定だと聞いています。彼女はもともと文官志望でしたし、試験を受けて資格を取ると言っていました。住まいは王宮となるでしょうが」

「側妃を側近にだと? 本当にアホだな。まわりから見れば昼も夜も側から離したくないとしか見えんだろうに。その行動がどれほどルルちゃんを傷つけるのかもわからんのだろうか」

「勝手にすればいいさ。すでにルルはこれ以上ないほど傷ついている。この先何があっても驚かんだろうよ。それにどうせその天体観測ってのは続くんだろ? 別宮を与えるなら、毎晩のように側妃の宮に通う王太子というレッテルが貼られるだけさ」

「いや、これ以上の悪手は無いぞ。別宮は拙い。それこそ側妃にぞっこんという噂になる。それならいっそ本宮に客間を与えて王太子妃の側近にした方が……いや、それは拙い。しかし側妃の経費で借金を払うというのも違うしなぁ。ああ面倒なことだ。アホ王子が!」

「初手を間違うと後処理が大事になるってことが痛いほどわかっただろう。いや、まだわかってないか? アホだから」

 メリディアン侯爵が独り言のように言う。

「いっそルルとは白い結婚にしてもらって、側妃に王太子教育を施せばいいんだ。側近に取り立てるほど優秀なら3年も我慢すれば晴れて離婚だ。そうすれば好きなだけ2人で過ごせるぞ。星を眺めようが子作りしようが思いのままだ。そしてルルはロマニアの皇族にでも嫁がせる」

 アランが大きな声を出した。

「待ってください! 王太子殿下が愛しておられるのはルルーシア嬢だけです。ルルーシア嬢以外と結婚する意志は持っておられません。それだけは勘弁してあげてください」

「何言ってるんだよ。すでに他の女を娶ると宣言してるじゃないか。アホくさい」

「それは!」

 ロックス侯爵が割って入る。

「アホ王子の思いなどどうでもいい。一番大事なのはルルちゃんの気持ちだよ。彼女はどうしたいんだ?」

 メリディアン侯爵が苦虫をかみ潰したように言う。

「あの子はつい最近まで王太子を支え、愛し愛される夫婦になることを夢見ていたよ。だからこそ傷ついたんだ。気を失うほどのショックから目覚めて、今はどう思っているんだろうな。私に無理はするなと言っていたから、嫁げと言えばそうするだろうし、婚約破棄だといえば頷くだろう。まあ、あの子は誰よりも一番自分の立場を理解しているから」

「犠牲となる覚悟か? 若い娘にさせて良い覚悟じゃないな」

「ああ、俺たちにできることはこれ以上傷つかないように守ってやることだけだな」

 大人たちの会話を聞きながら、アランは再び唇を強くかみしめた。
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