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 過呼吸と診断されたルルーシアの枕元に付き添っているのはメリディアン侯爵とアリアだ。
 
「アリア嬢、申し訳ないがルルが目覚めるまでよろしく頼むよ。ルルは君を頼りにしているからね」

「もちろんですわ。たとえ帰れと言われても居座るつもりで参りましたの。父は事情を知りませんが侯爵様をとても心配しておりました」

「そうか……お父上には私から話をしておくよ」

 侯爵が指先で目尻の涙をぬぐった。
 後ろからキャロラインが声を掛ける。

「ご主人様、お昼のお食事はいかがなさいますか? アリア様の分もご用意しておりますが」

「ああ……そうだね。アリア嬢、先に食事を済ませてきなさい。私は後からいただくよ」

 アリアが首を振った。

「いえ、私も今は食べられそうにありません。ルルの側に居たいですし」

 キャロラインが気を利かせる。

「でしたら軽食をこちらにお持ちしましょう」

「そうか、ではそうしてもらおう。料理長には手間をかけさせてしまうが、よろしく伝えてほしい。すでに準備している昼食はみんなで分けて食べてくれ」

「畏まりました」

 扉の横で控えているエディに目配せをしてキャロラインが部屋を出た。
 侯爵がエディに声を掛ける。

「キャロラインが戻ったら君達も食事にしなさい。ここは私がいるから大丈夫だ」

「畏まりました」

 エディはそう答えながら、浅い呼吸を続けるルルーシアの顔を見た。
 幼いころからずっと守ってきたこの屋敷のお姫様が、気を失うほど傷つけられたのだ。
 立場上口は出せないが、王太子とフェリシア侯爵令息を許すつもりは無い。
 先ほどの光景を思い出したエディはギュッと唇を嚙んだ。

 カチカチと秒針が時を刻む音だけが響く。
 薄いレースのカーテンが風に揺れた。
 あんなことさえなければ、穏やかな初夏の日差しの中で、お嬢様は微笑んでいたはずだ。

「お待たせいたしました」

 キャロラインがワゴンを押して入室し、テーブルにサンドイッチと紅茶を並べていく。

「ありがとう。アリア嬢、私と2人では申し訳ないが、食事にしようか」

「はい、侯爵様とご一緒できるなんて光栄ですわ」

「ははは……そんなことを言ってくれるのは亡き妻と君ぐらいのものだ。お世辞でも嬉しいよ。うちの料理長はとても腕が良くてね、たかがサンドイッチだが、なかなかの味だぞ」

 キャロラインが紅茶をカップに注ぎ、2人はソファーに向かい合って座った。

「婚約は継続されますの?」

 サンドイッチをひとつつまんでアリアが聞いた。

「いや、あちらの不貞で破棄すると伝えるつもりだ。まあ、おそらく受けてはもらえないだろうがね」

「やはり無理ですよね……ルルが可哀想」

「うん、お飾りの正妃ほど空しいものは無い。激務だけ押し付けられて、夫からの愛は貰えないんだ。いや、王太子はルルを愛しているようだから……」

「だとすれば余計に可哀そうだと思いますわ。王太子殿下はルルだけを一心に愛しているわけでは無いのですから。誰かと愛する人を共有するなんてルルには無理でしょう?」

「そうだね、ルルはそういう子だ。しかしなぜ王太子は心変わりをしたのだろうな」

「侯爵様、私がアランを問い詰めてみます。ルルもそうですが、同じ侯爵家として幼いころから交流もございますし」

「ああ、先ほどルルが説明を拒んだから、私も詳しい事情はわからないままなんだ。まだ腸が煮えくり返っているが、私は王太子を評価していたんだよ。彼は本当に心からルルを愛しているように見えていたし、とても大切に扱っていたからね。政略で始まったとはいえ、ルルは幸せな人生を送るだろうと信じていたんだ」

「ええ、私もルルとアマデウス殿下なら仲睦まじい素晴らしい国王夫妻になると信じていましたわ。半年前、噂を耳にしたときに動くべきだったと反省しております」

「君が責任を感じる必要は無いさ。その噂は私も耳にはしていたんだが、まさかあれほどルルにぞっこんの王太子がと考えてしまって、放置した私が悪い。許しがたいが、我が国の繫栄を考えると泣き寝入りするしか無いのだろうね。あとはこの子を愛してやまないおじい様の耳に入らないことを祈るだけだ」

「おじい様……ロマニヤ王国のモネ公爵様ですわね。交易の権限を一手に握っておられるとか」

「うん、亡き妻の父親さ。妻にそっくりに育ったルルを愛してくれている」

「王太子殿下は本当にバカな事をなさったものですわ」

「本当にね。いまだに信じられんよ」

 手に取ったサンドイッチを口に運ぼうともせず、侯爵は深い溜息をついた。
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