9 / 77
9
しおりを挟む
昼休みに落ち合ったアマデウスとサマンサは、いつものように並んでベンチに座った。
「昨日は絶好の天気だったのに残念だったよ。でも叔父上も元気そうで安心した」
「そう、それは良かったわ。星は無くなるわけじゃないしね。でも……」
「でも? どうしたの?」
「もうあなたとは天体観測ができないかもしれないわ。今朝ね、お父様に呼ばれたの。私の嫁ぎ先を決めたって言われたわ」
「え? そうなの? じゃあ君も卒業と同時に結婚ってこと? 王宮の文官になりたいって言ってたからてっきり試験を受けるのだと思っていたよ」
「私だってそのつもりだったわ。でもお父様は私を売ることに決めたみたい。お相手はワートル男爵だって……ルビー鉱山を持っているお金持ちらしいけれど良い噂は聞かない人よ」
「ん? ワートル男爵って君の父親より年上じゃなかった?」
「ええ、今年で50歳ですって。4人目の奥様が亡くなられたのが先月なのに、もう再婚なんて酷い話よね。1人目が失踪、2人目は病死、3人目は精神疾患で自殺。4人目の奥さんは崖から転落したらしいわ」
「え……崖から……」
アマデウスは昨夜のキリウスとの会話を思い出した。
「きっと私も長くはもたないでしょうね。だから天体観測はもう……」
「ちょっと待てよ。なぜサマンサがそんなところに嫁がなくてはならないんだ」
「お金よ。私を今まで育てたのは売るためだもの。かなりの額の結納金が入るんだって言ってたわ。だからもう……」
「断れないの?」
「無理よ。恩を返せって言われたわ。お義母様もお義兄様もニヤニヤ笑うだけだし。家で唯一私を庇ってくれていたお義姉様はお嫁に行っちゃったし。結局女って男の所有物でしょ? 結婚するまでは父親の、結婚すれば夫の言いなりになるしかないのだわ。悔しいけれどそれが現実ってことよ」
「所有物……君がその結婚から逃れる方法は無いのかい?」
「家出して行方をくらまして逃げ切るか、自殺するか。現実的ではないけれど、男爵が払うと言ったお金より高額の結納金を払って私と結婚すると言ってくれる人を探すか……」
「高額の結納金を払って結婚……その結納金っていくらなの?」
「お父様の話では5億ルぺ(5億円)らしいわ。若い女をおもちゃにして死ぬまで甚振るための経費にしては高い方なんじゃない?」
「5億ルぺ……確かに高額だが、どうしようもない額ではないね。ねえサマンサ、その返事はいつまでにするの?」
「返事も何も無いわよ。お父様の決定を私が覆せるわけ無いでしょう? だからアマデウス様、今まで本当にありがとうございました。庶子だということで友達もいなかった私にとって、あなたという存在は生きる希望だったわ。あなたと一緒に眺めた夜空は死ぬまで絶対忘れない」
「サマンサ……」
悲しそうに泣き笑うサマンサを、アマデウスは思わず抱きしめた。
アランの方がぴくっと跳ね、まわりの目を気にするように視線を動かす。
「殿下……お止めください」
「え? ああ……でもサマンサが」
「殿下! アリア嬢が見ています」
「アリアが?」
アマデウスは慌ててサマンサから体を引いたが、その時にはすでにアリアの姿は無かった。
まだ泣き止まないサマンサの肩に手をかけたアマデウスは、意を決したように口を開く。
「ねえサマンサ、少しだけ時間をくれ。友人として僕にできることを探してみるから。絶対に諦めないでほしい」
「あなたにできること?」
「うん、こう見えても僕はこの国の皇太子だからね。他の人よりできることが多いんだ。でも少し時間が必要だから、希望を捨てずに待ってほしい」
「わかったわ。ありがとう、アマデウス様」
昼休憩が終わる予鈴がなり、アマデウスとアランは立ち去り、サマンサは呆然とその場に佇み、じっと空を見上げていた。
アランは5時限目の前に急いでアリアを探しに走った。
先ほどの情景がそのままルルーシアに伝わると絶対に拙いと考えたからだ。
女子教室の前にいた生徒にアリアを呼ぶように頼んだが、すでにアリアは早退したと言う。
「くそっ……間に合わなかったか……」
アランは慌てて踵を返し、アマデウスのもとに走った。
「殿下、すぐにルルーシア嬢のところに向かいましょう」
アマデウスが驚いた顔をする。
「早退するってこと?」
しかし、じっと考え込んだアマデウスが出した答えは、アランの望むものではなかった。
「そうだね、早退しよう。ただし行く先は王宮だ。こちらの方が緊急だから」
「しかし殿下、ルルーシア嬢に先にご相談なさった方がよろしいのではないですか? このままですとルルーシア嬢が誤解をされてしまいます」
「ルルとは信頼関係ができているから大丈夫さ。それにルルの足元には大きな岩もある。落ちたって死なないよ。でもサマンサは……」
「殿下!」
アランは声を荒げたが、アマデウスの言葉を覆すには至らなかった。
「昨日は絶好の天気だったのに残念だったよ。でも叔父上も元気そうで安心した」
「そう、それは良かったわ。星は無くなるわけじゃないしね。でも……」
「でも? どうしたの?」
「もうあなたとは天体観測ができないかもしれないわ。今朝ね、お父様に呼ばれたの。私の嫁ぎ先を決めたって言われたわ」
「え? そうなの? じゃあ君も卒業と同時に結婚ってこと? 王宮の文官になりたいって言ってたからてっきり試験を受けるのだと思っていたよ」
「私だってそのつもりだったわ。でもお父様は私を売ることに決めたみたい。お相手はワートル男爵だって……ルビー鉱山を持っているお金持ちらしいけれど良い噂は聞かない人よ」
「ん? ワートル男爵って君の父親より年上じゃなかった?」
「ええ、今年で50歳ですって。4人目の奥様が亡くなられたのが先月なのに、もう再婚なんて酷い話よね。1人目が失踪、2人目は病死、3人目は精神疾患で自殺。4人目の奥さんは崖から転落したらしいわ」
「え……崖から……」
アマデウスは昨夜のキリウスとの会話を思い出した。
「きっと私も長くはもたないでしょうね。だから天体観測はもう……」
「ちょっと待てよ。なぜサマンサがそんなところに嫁がなくてはならないんだ」
「お金よ。私を今まで育てたのは売るためだもの。かなりの額の結納金が入るんだって言ってたわ。だからもう……」
「断れないの?」
「無理よ。恩を返せって言われたわ。お義母様もお義兄様もニヤニヤ笑うだけだし。家で唯一私を庇ってくれていたお義姉様はお嫁に行っちゃったし。結局女って男の所有物でしょ? 結婚するまでは父親の、結婚すれば夫の言いなりになるしかないのだわ。悔しいけれどそれが現実ってことよ」
「所有物……君がその結婚から逃れる方法は無いのかい?」
「家出して行方をくらまして逃げ切るか、自殺するか。現実的ではないけれど、男爵が払うと言ったお金より高額の結納金を払って私と結婚すると言ってくれる人を探すか……」
「高額の結納金を払って結婚……その結納金っていくらなの?」
「お父様の話では5億ルぺ(5億円)らしいわ。若い女をおもちゃにして死ぬまで甚振るための経費にしては高い方なんじゃない?」
「5億ルぺ……確かに高額だが、どうしようもない額ではないね。ねえサマンサ、その返事はいつまでにするの?」
「返事も何も無いわよ。お父様の決定を私が覆せるわけ無いでしょう? だからアマデウス様、今まで本当にありがとうございました。庶子だということで友達もいなかった私にとって、あなたという存在は生きる希望だったわ。あなたと一緒に眺めた夜空は死ぬまで絶対忘れない」
「サマンサ……」
悲しそうに泣き笑うサマンサを、アマデウスは思わず抱きしめた。
アランの方がぴくっと跳ね、まわりの目を気にするように視線を動かす。
「殿下……お止めください」
「え? ああ……でもサマンサが」
「殿下! アリア嬢が見ています」
「アリアが?」
アマデウスは慌ててサマンサから体を引いたが、その時にはすでにアリアの姿は無かった。
まだ泣き止まないサマンサの肩に手をかけたアマデウスは、意を決したように口を開く。
「ねえサマンサ、少しだけ時間をくれ。友人として僕にできることを探してみるから。絶対に諦めないでほしい」
「あなたにできること?」
「うん、こう見えても僕はこの国の皇太子だからね。他の人よりできることが多いんだ。でも少し時間が必要だから、希望を捨てずに待ってほしい」
「わかったわ。ありがとう、アマデウス様」
昼休憩が終わる予鈴がなり、アマデウスとアランは立ち去り、サマンサは呆然とその場に佇み、じっと空を見上げていた。
アランは5時限目の前に急いでアリアを探しに走った。
先ほどの情景がそのままルルーシアに伝わると絶対に拙いと考えたからだ。
女子教室の前にいた生徒にアリアを呼ぶように頼んだが、すでにアリアは早退したと言う。
「くそっ……間に合わなかったか……」
アランは慌てて踵を返し、アマデウスのもとに走った。
「殿下、すぐにルルーシア嬢のところに向かいましょう」
アマデウスが驚いた顔をする。
「早退するってこと?」
しかし、じっと考え込んだアマデウスが出した答えは、アランの望むものではなかった。
「そうだね、早退しよう。ただし行く先は王宮だ。こちらの方が緊急だから」
「しかし殿下、ルルーシア嬢に先にご相談なさった方がよろしいのではないですか? このままですとルルーシア嬢が誤解をされてしまいます」
「ルルとは信頼関係ができているから大丈夫さ。それにルルの足元には大きな岩もある。落ちたって死なないよ。でもサマンサは……」
「殿下!」
アランは声を荒げたが、アマデウスの言葉を覆すには至らなかった。
1,656
お気に入りに追加
4,912
あなたにおすすめの小説
お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?
朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。
何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!
と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど?
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)
正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。
【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?
のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。
両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。
そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった…
本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;)
本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。
ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。
はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。
周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。
婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。
ただ、美しいのはその見た目だけ。
心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。
本来の私の姿で……
前編、中編、後編の短編です。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる