上 下
8 / 77

しおりを挟む
 その頃ルルーシアは眠れないままベッドで悶々としていた。
 考えないようにしようとしても、頭の中をぐるぐると様々な思いが駆け巡る。
 アマデウスとサマンサが肩を寄せ合っていたあの光景が、脳裏に焼き付いて消えてくれないのだ。
 
 妄想がどんどんと膨らみ、自分がお飾りの正妃になる未来が目に浮かぶ。
 自分が執務室で机にかじり付いている間に、2人は見つめ合って愛を語り合っている未来図。
 ルルーシアは枕に顔を埋めて声を殺して泣き続けた。
 友達を作ることも諦め、過酷な教育に耐えたのは一重にアマデウスが好きだからだった。
 そこには愛情があるだけで、貴族令嬢としての義務感も責任感もない。

「アマデウスさま……なぜ? 私の何がいけなかったのでしょうか」

 ルルーシアはずっと頑張ってきた。
 外国語も周辺諸国のものは全て習得したし、全貴族の顔も家族構成も領地も特産品も全て覚えた。
 王家については5代前まで全て言えるし、それぞれの王の功績も諳んじている。

 自国のマナーはもちろん、友好国の独特なマナーも全てマスターした。
 ダンスも声楽も楽器も及第点を貰っている。

「これ以上どうすれば良かったというの? すべてを放り出して、ただあなたにくっついていれば良かったの?」

 そんなことを考えては泣くという悲しいループを繰り返しているうちに、東の空が明るくなってきた。
 カーテンの隙間から差し込む青白い光りに目を細めながら、ルルーシアはポツンと呟いく。

「私が泣こうが喚こうが、朝日は昇るし夕日は沈むんだわ……今ここで私が死んだとしても、何も変わるわけじゃない。なんてちっぽけな存在なのかしら」

 起こしに来たメイドがベッドに潜り込んでいるルルーシアの顔を見て驚き、大慌てで駆け去って行く。
 ルルーシアの目はまるで蜂に刺されたように腫れあがり、頬は真っ赤に染まっていた。
 知らせを聞いて駆け込んできたメリディアン侯爵は、大きな声で医者を呼ぶように指示を飛ばしている。
 朦朧としたまま他人事のように慌てる父親と使用人を見ていたルルーシアは、いつの間にか深い眠りに落ちていった。

 大きな鞄を従者に持たせた医者がメリディアン侯爵家に駆け込んだころ、学園の正門前でルルーシアの馬車を待っていたアマデウス。
 校舎から使者が走り寄ってアランに何かを告げ、アランは小さく頷いた。

「殿下、本日ルルーシア様はお休みとのことです」

「え? ルルが休み? どうしたんだろう……昨日は元気そうだったのに」

「しかしランチはほとんど召し上がっていませんでしたよ」

「あ……ああ、そうだったね。どこか具合が悪かったのだろうか。もう少し気を遣うべきだったな」

 アランが小さな溜息をもらす。

「お帰りの前にお見舞いに向かわれますか?」

 アマデウスが弾かれたように顔をあげる。

「うん、そうしよう。途中で花屋に寄るから手配して欲しい」

「畏まりました」

 もうここには用は無いとばかりに踵を返すアマデウス。
 校舎に入る直前に駆け寄ってきたのはサマンサだった。

「おはようサマンサ。昨日の星空はどうだった?」

「素晴らしかったわ。雲一つない夜空なんて久しぶりだったもの。小熊と大熊が仲良く並んで見えたし、東の端のてんびん座まできれいに見えたわ」

「そりゃ見事だっただろうね。ぜひ一緒に見たかったよ」

「ええ、私も同じことを考えていたわ」

 後ろに控えるアランは苦虫をかみ潰したような表情を浮かべ、楽しそうに話す二人を遠巻きにしている生徒たちに、無言の圧力を掛けていた。

「殿下、そろそろ」

「ああ、そうだね。ではサマンサ、昼休みに裏庭に行くから」

「うん、わかったわ」

 その会話を聞いていたアリアがアランに言い放つ。

「絶対に許さないわ。全部ルルに伝えるから」

「おい! 誤解するな!」

 アランはアリアを呼び止めようとしたが、スタスタと歩いていくアマデウスから離れるわけにもいかず、舌打ちをして主の後を追った。
しおりを挟む
感想 969

あなたにおすすめの小説

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

わたしは不要だと、仰いましたね

ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。 試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう? 国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も── 生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。 「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」 もちろん悔しい。 だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。 「きみに足りないものを教えてあげようか」 男は笑った。 ☆ 国を変えたい、という気持ちは変わらない。 王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。 *以前掲載していたもののリメイク

悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

ごろごろみかん。
恋愛
旦那様は、私の言葉を全て【女の嫉妬】と片付けてしまう。 正当な指摘も、注意も、全て無視されてしまうのだ。 忍耐の限界を試されていた伯爵夫人ルナマリアは、夫であるジェラルドに提案する。 ──悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

【本編完結】記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王妃の鑑

ごろごろみかん。
恋愛
王妃ネアモネは婚姻した夜に夫からお前のことは愛していないと告げられ、失意のうちに命を失った。そして気づけば時間は巻きもどる。 これはネアモネが幸せをつかもうと必死に生きる話

処理中です...