どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連

文字の大きさ
上 下
7 / 77

しおりを挟む
 デザートまで食べ終わっていたアマデウスに王弟が声を掛けた。

「まだ眠らないだろう? 少し付き合えよ」

「ええ、是非異国の話を聞かせてください」

 二人は国王夫妻に挨拶を済ませ、談話室へと向かった。

「お前も早く飲めるようになればいいのになぁ。秘蔵のワインを一緒に味わいたいものだ」

「ははは! あと半年お待ちください。卒業すれば成人ですから、いくらでもお付き合いいたしますよ」

「あと半年かぁ、無邪気な顔で俺に纏わりついていたお前がもうすぐ結婚するんだな」

「叔父上は独身を貫かれるのですか?」

 メイドが置いたワイングラスを目の高さに持ち上げたまま王弟がニヤッと笑った。

「俺が結婚して子供でもできてみろ、望みもしない後継者争いが始まるだけだよ。俺たち兄弟は幼いころから仲が良かったし、兄上は国王として申し分ないほど優秀だ。俺は国王のご意見番で十分さ」

 遠い目をした叔父をアマデウスは静かに見た。
 身分も容姿もこの上ないほど優れているにもかかわらず、結婚しないまま今年で33歳になるこの叔父は、国の内外を問わず数多の浮名を流している事でも有名だ。

「なあアマデウス。お前が天体観測が趣味だってことを隠したいという気持ちはわからんでもない。でもな、女というのは隠し事をされるのを一番嫌うのだよ。たとえそれが心変わりの言葉だったとしても、隠されるより聞きたがる。早めに打ち明けることを勧めるよ」

 アマデウスはたっぷりとミルクを注いだ紅茶のカップに口をつけた。

「隠すというより言いそびれたってだけなのです。それにしても、先ほどの噂話ってそれほど広がっているのですか?」

「そうみたいだな。まあ、気を付けるに越したことはない。ところでそのサマンサという子はどんな子なんだい?」

 アマデウスはサマンサについて話した。
 嬉しそうな顔で話すアマデウスの顔を見ながら、キリウスは複雑な表情を浮かべる。

「へぇ……新しい星をみつけたいなんて面白い子だなぁ」

「ええ、彼女の探求心は尊敬に値しますよ。毎晩自室のバルコニーから星を眺めていると、ほんの些細な変化にも気付くようになるのだそうです」

「ふぅん、お前たちってどこで星の観測をしてるんだ?」

「王宮の北の森です。森の入口に展望台があるでしょう? 遮蔽物もないし街の灯りも届かないから天体観測には絶好なのです」

「彼女は夜に家を抜け出しても大丈夫なのかい?」

「サマンサは乳母と二人で別邸に住んでいるので、誰にも気付かれないらしいです。展望台に行く日はこちらから馬車を回すので、行き帰りも安全ですし、裏門から森に入れるので、門番にさえ話を通しておけば問題なく通過できますしね」

「ははは! まるで秘密の逢瀬だな。なるほど噂になるはずだ」

「えっ? 誰にも気付かれていないと思ったのですが」

「甘いよ。隠そうとすればするほど目立つものさ。むしろ正面から堂々と迎え入れて、何人もの護衛やメイドを連れて行った方が良かったんじゃないか?」

「そういうものですか」

「そういうものだね」

 考え込むアマデウスを見ながら楽しそうに笑う王弟。

「ルルに疑われたどうしよう……」

「すでに疑われてるかもしれんぞ? これから毎日どれほど婚約者を思っているかを面倒がらずに伝えるしかないな。まだ間に合うことを祈ってるよ」

「叔父上……そんな不吉なことを言わないでくださいよ」

 キリウスがニヤッと笑った。

「なあ、想像してみろ。目の前でルルちゃんとサマンサ嬢が崖からぶら下がって助けを求めている。婚約者の指は岩に掛かっているが、いまにも外れそうだ。でも1メートルほど下には大きな岩が突き出ていて、そこに落ちれば助かるだろう。一方の友人は崖から突き出た太い枝に両手がかかり、枝もすぐには折れそうにない。でも彼女の下には何もなく、もしそれが折れたら真っ逆さまに落ちて死んでしまう。さあ、お前はどちらに手を伸ばす?」

「え……ルルは落ちても助かるかもしれないけれど、今にも指が離れそうなんですよね? で、サマンサは今は安全そうだけれど、もし何かがあったら助からない……」

「うん、そういうこと」

「そういう状況なら……」

 アマデウスはキリウスが考えていたより随分早く答えを出した。
 その答えを聞いたキリウスは残ったワインを飲み干してから声を出す。

「なるほどね……さあ、明日も学園だろ? もう寝ようか」
しおりを挟む
感想 969

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

「君の作った料理は愛情がこもってない」と言われたのでもう何も作りません

今川幸乃
恋愛
貧乏貴族の娘、エレンは幼いころから自分で家事をして育ったため、料理が得意だった。 そのため婚約者のウィルにも手づから料理を作るのだが、彼は「おいしいけど心が籠ってない」と言い、挙句妹のシエラが作った料理を「おいしい」と好んで食べている。 それでも我慢してウィルの好みの料理を作ろうとするエレンだったがある日「料理どころか君からも愛情を感じない」と言われてしまい、もう彼の気を惹こうとするのをやめることを決意する。 ウィルはそれでもシエラがいるからと気にしなかったが、やがてシエラの料理作りをもエレンが手伝っていたからこそうまくいっていたということが分かってしまう。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

処理中です...