96 / 97
96
しおりを挟む
「どうしたの? 場所を変える?」
「いや、陛下にも聞いてもらいたいし、もちろんお二人にもね」
ブルーノがシュラインとサミュエルを見て困った顔で言った。
アルバートの執務机の前に椅子を移動し、三人が座る。
シェリーはアルバートの横に置いてある椅子に腰かけた。
シュラインが人払いをして、ブルーノを促した。
できるだけ申告にならないように気をつけながら、ブルーノが話し出す。
「今回の件を決めたのは、父上の健康状態に問題があったからです。正直に言うと余命1年と言われています。父上は最後まで隠し通すつもりです。知れてしまうと下らない事を考える奴らが湧きだしてきますからね」
シェリーがヒュッと息を吞んだ。
アルバートがシェリーの手を握る。
「今更どうこうできる段階はすでに過ぎています。今はオピュウムで痛みを感じないようにしているという状態ですよ。それと、ミスティ侯爵ですが彼は爵位を返上するつもりです。
屋敷はオピュウムの研究機関に献上すると言われました。ご本人は余生を静かな場所で送りたいという希望を持っています」
シェリーの手を握るアルバートの指先がピクッと動いた。
「僕としてはヌベール辺境領とバローナ国が隣接している地帯が栽培に適していると考えています。バローナが属国となるなら、ヌベールは辺境ではなくなりますからね。しかし、黒狼に植物の世話は無理だ」
シュラインが口を開く。
「ああ、黒狼と花は似合わないな。どうだろう、辺境伯ではなく侯爵として王都に出てもらって、叔父上の後を継いでもらうというのは」
サミュエルが何度も頷いた。
「異論はない。奴が承諾すればだがな」
「絶対に承諾しますよ。自信がある。そうなると……」
シュラインがシェリーの顔を見た。
アルバートが助け舟を出す。
「兄上、遠慮しなくていいよ。イーサンの事だろう? 彼は黒狼の影武者だ。でも今は剣も握れない状態だと聞いている。とても近衛は無理だろう」
「あっ……ああ、すまん。つまらないことに気を回すのは悪い癖だな。申し訳ない」
シュラインが素直に謝った。
シェリーが微笑み、アルバートを見る。
「お義兄様、お気遣いありがとうございます。でも……もう彼のことは良い思い出なのです。遠い昔の初恋の思い出というか……それは彼にとっても同じです。私はアルバートの妻です。夫を愛し、信じています。死が私たちを分かつまでそれは変わりませんわ」
「シェリー……愛してるよ」
シェリーの顔を見上げながらアルバートが心からの笑みを浮かべた。
「僕はね、イーサンにも幸せになってもらいたいと思っているよ。彼の希望を聞いてみてはどうだろう。黒狼と共にというならそれも良いし、ヌベール領に残りたいというならそれもありだと思う」
ブルーノが口を開く。
「それについては僕が聞いています。彼はオピュウムの栽培地に行きたいそうですよ。そこで父親と一緒に穏やかに暮らしたいと言っていました。どうやら良い人ができたみたいですしね」
「まあ! それは嬉しいニュースね。でも私、それが誰かわかっちゃった。ふふふ」
「お? 誰だと思う?」
「レモンでしょ」
「ブブ~」
「え? 違うの?」
「レモンは黒狼にロックオンされて、そろそろ陥落しそうな勢いさ。ジュライだよ。知ってるんだろ?」
「え? 戦闘メイドの? 妹の方だったかしら」
「そう、妹の方。それはそれは甲斐甲斐しく看病してもらったみたいだ。まるでイーサンの影武者のために作ったストーリーをなぞっているみたいだね」
「そう、でも彼女はとてもいい子よ。良かったわ」
「姉のジューンは利き手を失くして、半身に麻痺が残ったらしい。イーサンはジュライと一緒にシューンの面倒をみたいと言っていたよ」
「彼らしいわ」
アルバートが言う。
「父親と嫁と嫁の姉かぁ。彼には破格の給料を用意せねばな」
シュラインが笑った。
「ヌベール辺境領の城と、爵位を用意しよう。彼の実家は伯爵家だったね。確か弟さんが継ぐのだったかな?」
「ええ、妻の兄が継ぎますよ」
アルバートがポンと手を打った。
「そうか、それならミスティ侯爵位を黒狼に、ヌベール辺境伯位をイーサンにどうだろうか。ヌベールの名はかの地に残した方がいい。近隣への牽制にもなるからね」
シュラインが立ち上がった。
「すぐに通達を出すよ。それでいいかな?」
ブルーノの顔を見てから、シェリーが言う。
「お義兄様、お願いがございますの」
「ん? 何かな?」
「父の具合が悪いので、実家にお見舞いに行きたいのです」
「なんか聞いたことがあるようなセリフだが、もちろん否は無いよ。何度でも行くといいさ。そうだろう? アルバート」
「ああ勿論だ。でも前回とは違う点がある」
「何だ?」
「僕も一緒に行くってことさ」
サミュエルが顔色を悪くする。
「マジか……」
「ああ、マジだ」
ブルーノの口調を真似てアルバートが言うと、サミュエルが吹き出した。
「シュライン、お前の負けだ。私もできる限り頑張るから、今回の陰の功績者であり、一番貢献してくれた侯爵を安心させてやろう」
シュラインが何度も頷いた。
「そうだ、ところでお前んとこの女傑は? お元気なのか?」
「ええ、母上は父上に付きっ切りですよ。食事も父上の部屋でとるほどです。二人は穏やかに過ごしていますよ。姉上が顔を見せたら喜びます。しかも最愛の人と一緒なら尚更だ」
小さな声でシュラインが言う。
「はい、善処します」
サミュエルがポンポンとシュラインの肩を叩いた。
「いや、陛下にも聞いてもらいたいし、もちろんお二人にもね」
ブルーノがシュラインとサミュエルを見て困った顔で言った。
アルバートの執務机の前に椅子を移動し、三人が座る。
シェリーはアルバートの横に置いてある椅子に腰かけた。
シュラインが人払いをして、ブルーノを促した。
できるだけ申告にならないように気をつけながら、ブルーノが話し出す。
「今回の件を決めたのは、父上の健康状態に問題があったからです。正直に言うと余命1年と言われています。父上は最後まで隠し通すつもりです。知れてしまうと下らない事を考える奴らが湧きだしてきますからね」
シェリーがヒュッと息を吞んだ。
アルバートがシェリーの手を握る。
「今更どうこうできる段階はすでに過ぎています。今はオピュウムで痛みを感じないようにしているという状態ですよ。それと、ミスティ侯爵ですが彼は爵位を返上するつもりです。
屋敷はオピュウムの研究機関に献上すると言われました。ご本人は余生を静かな場所で送りたいという希望を持っています」
シェリーの手を握るアルバートの指先がピクッと動いた。
「僕としてはヌベール辺境領とバローナ国が隣接している地帯が栽培に適していると考えています。バローナが属国となるなら、ヌベールは辺境ではなくなりますからね。しかし、黒狼に植物の世話は無理だ」
シュラインが口を開く。
「ああ、黒狼と花は似合わないな。どうだろう、辺境伯ではなく侯爵として王都に出てもらって、叔父上の後を継いでもらうというのは」
サミュエルが何度も頷いた。
「異論はない。奴が承諾すればだがな」
「絶対に承諾しますよ。自信がある。そうなると……」
シュラインがシェリーの顔を見た。
アルバートが助け舟を出す。
「兄上、遠慮しなくていいよ。イーサンの事だろう? 彼は黒狼の影武者だ。でも今は剣も握れない状態だと聞いている。とても近衛は無理だろう」
「あっ……ああ、すまん。つまらないことに気を回すのは悪い癖だな。申し訳ない」
シュラインが素直に謝った。
シェリーが微笑み、アルバートを見る。
「お義兄様、お気遣いありがとうございます。でも……もう彼のことは良い思い出なのです。遠い昔の初恋の思い出というか……それは彼にとっても同じです。私はアルバートの妻です。夫を愛し、信じています。死が私たちを分かつまでそれは変わりませんわ」
「シェリー……愛してるよ」
シェリーの顔を見上げながらアルバートが心からの笑みを浮かべた。
「僕はね、イーサンにも幸せになってもらいたいと思っているよ。彼の希望を聞いてみてはどうだろう。黒狼と共にというならそれも良いし、ヌベール領に残りたいというならそれもありだと思う」
ブルーノが口を開く。
「それについては僕が聞いています。彼はオピュウムの栽培地に行きたいそうですよ。そこで父親と一緒に穏やかに暮らしたいと言っていました。どうやら良い人ができたみたいですしね」
「まあ! それは嬉しいニュースね。でも私、それが誰かわかっちゃった。ふふふ」
「お? 誰だと思う?」
「レモンでしょ」
「ブブ~」
「え? 違うの?」
「レモンは黒狼にロックオンされて、そろそろ陥落しそうな勢いさ。ジュライだよ。知ってるんだろ?」
「え? 戦闘メイドの? 妹の方だったかしら」
「そう、妹の方。それはそれは甲斐甲斐しく看病してもらったみたいだ。まるでイーサンの影武者のために作ったストーリーをなぞっているみたいだね」
「そう、でも彼女はとてもいい子よ。良かったわ」
「姉のジューンは利き手を失くして、半身に麻痺が残ったらしい。イーサンはジュライと一緒にシューンの面倒をみたいと言っていたよ」
「彼らしいわ」
アルバートが言う。
「父親と嫁と嫁の姉かぁ。彼には破格の給料を用意せねばな」
シュラインが笑った。
「ヌベール辺境領の城と、爵位を用意しよう。彼の実家は伯爵家だったね。確か弟さんが継ぐのだったかな?」
「ええ、妻の兄が継ぎますよ」
アルバートがポンと手を打った。
「そうか、それならミスティ侯爵位を黒狼に、ヌベール辺境伯位をイーサンにどうだろうか。ヌベールの名はかの地に残した方がいい。近隣への牽制にもなるからね」
シュラインが立ち上がった。
「すぐに通達を出すよ。それでいいかな?」
ブルーノの顔を見てから、シェリーが言う。
「お義兄様、お願いがございますの」
「ん? 何かな?」
「父の具合が悪いので、実家にお見舞いに行きたいのです」
「なんか聞いたことがあるようなセリフだが、もちろん否は無いよ。何度でも行くといいさ。そうだろう? アルバート」
「ああ勿論だ。でも前回とは違う点がある」
「何だ?」
「僕も一緒に行くってことさ」
サミュエルが顔色を悪くする。
「マジか……」
「ああ、マジだ」
ブルーノの口調を真似てアルバートが言うと、サミュエルが吹き出した。
「シュライン、お前の負けだ。私もできる限り頑張るから、今回の陰の功績者であり、一番貢献してくれた侯爵を安心させてやろう」
シュラインが何度も頷いた。
「そうだ、ところでお前んとこの女傑は? お元気なのか?」
「ええ、母上は父上に付きっ切りですよ。食事も父上の部屋でとるほどです。二人は穏やかに過ごしていますよ。姉上が顔を見せたら喜びます。しかも最愛の人と一緒なら尚更だ」
小さな声でシュラインが言う。
「はい、善処します」
サミュエルがポンポンとシュラインの肩を叩いた。
17
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる