そして愛は突然に

志波 連

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「議論は出尽くしたようだね。この国を立て直すための資金調達としてオピュウムを使う。ただし、それは医薬品としての使用のみに留める。これを侵した取引先は排除し、如何なる理由であれ二度と取引再開はしない。この条件を吞んだ国とのみ契約を交わす。ここまではいいね?」

 全員が大きく頷いて同意を示す。

「オピュウムの栽培と精製、そして調薬の技術は、従来ブラッド侯爵家のものだった。門外不出の秘儀であり、その詳しい方法は一子相伝とされている。これはオピュウムの危険性を鑑みた結果だということは、疑う余地も無い。ちなみに王妃となったシェリー妃の実家はブラッド侯爵家だが、彼女はオピュウムに関する知識は持っていない。その徹底ぶりは賞賛に値する」

 全員が微動だにせずシュラインを見詰めている。

「それを量産して、比較的廉価な薬として流通させたいと考えている。むしろ薬草の状態で販売するよりも、丸薬のような分離できない状態にして販売した方が、危険性は低くなると考えるのだがどうだろうか」

 財務大臣が口を開く。

「それは公明正大な施策として広く受け入れられることでしょう。しかし、ブラッド侯爵家が承知するでしょうか」

 幾人かがシェリーの顔を見た。
 アルバートがシェリーの代わりに答える。

「僕と宰相で説得してみようと思う。そこで先ほどのバローナの件なんだ。すでに何人かは口に出して推薦していたが、今の宰相の発言も踏まえてブラッド侯爵家に統治を任せてはどうだろうか」

 文官の一人が挙手をして発言を求めた。

「栽培と精製と製薬の全てをバローナで実施するという事ですか?」

 シュラインが答える。

「そこは分散するべきだろうね。集中はリスクが高すぎる」

「では?」

「バローナにオピュウム専用の畑を作り、そこの管理をブラッド家に委託する。そして精製はゴールディ国内……といっても限りなくバローナに近い場所が良いとは思うが、そこで実施するんだ。精製方法は当然ブラッド家のものだから、その権利を買い取るという形になるね。製薬は……」

 そこまで発言したとき、ずっと黙っていたブラッド小侯爵であるブルーノが手を挙げた。

「我がブラッド家は精製方法の公開を無償で実施したいと考えています。ただし、栽培と精製の場所を離すのは得策ではありません。収穫したオピュウムは素早く精製しないと毒性が増すのです」

 シュラインが驚いた顔をする。

「おいおい! ブルーノ。金のガチョウを手放すのか?」

「ええ。父とも相談したのですが、変に隠すから標的にされやすいのだという結論に達しました。専門の機器と技術者は絶対条件ですから、誰にでも出来るものではない。ただそのやり方だけは誰でも知っているとなると、盗み出す旨味は減るのではないでしょうか」

「精製方法を公開すると?」

「はい。無償で公開します」

 全員が戸惑って室内がざわざわとする。

「いや……マジで? ものすごい利権だぞ?」

「ええ、マジですよ。ってか、そんな砕けた口調はやめてください。つられてしまう」

 ブルーノは苦笑いをした。

「私も賛成です」

 シェリーが声を出す。

「精製方法が全てです。間違った方法で抽出すると、危険なものになると父から聞いたことがございます。鍵となる機器と技術者を囲い込めば問題ないと思います」

 全員が何度も小さく頷いた。
 他の大臣たちが、口々にブラッド家の英断に感謝の言葉を述べる。
 ブルーノは至って平和な顔で聞いていた。

「では、その方向で進めよう。この件の責任者はブルーノに任せる。外務大臣と内務大臣は助言と補佐を」

 アルバートが高らかに宣言した。
 シュラインが続ける。

「本件に関する大方の目途は1年としたい。忙しとは思うが、最重要事項だと心得てくれ」

 ブルーノと指名された二人の大臣が立ち上がり、礼をした。

「次の案件だが……」

 滞っていた国政業務が動き出す。
 国王が決裁する案件が、よほど溜まっていたのだろう。
 アルバートが少し気の毒になるシェリーだった。
 ずっと黙って聞いていたサミュエルが立ち上がった。

「提案なのだが、私も王家に連なるものとして、ゴールディ王国の繫栄を心から願っている。今までは兄上がおられたので、早々に継承権を放棄し剣に生きる道を選んだが、新国王の健康状態を考えて、国王代理となることを了承したのだ。まだまだ勉強不足であることは否めないが、今ある案件すべてを新国王に持ち込むのは無茶というものだ」

 シェリーが何度も大きく頷く。
 それを見たサミュエルが少しだけ笑って続ける。

「せっかく憂国の獅子が一堂に会しているのだ。今までの慣例を見直し、各大臣に相応の権限を付与してはどうだろうか。当然ではあるが、不正などを監視する機関は必要だ。これは不正を暴くというより、公正に国政を行っているという証明のためだと思ってほしい。その監査部門の長は私が担おう。どうだろうか」

 シュラインが立ち上がって拍手をした。
 戸惑っていた面々も、納得の顔で立ち上がる。

「決まりだな。どの部門がどこまでの権限を有すれば、滞りなく進めることができるのかを、取り纏めて欲しい。それをもとに全員で決めていこう」

 シュラインが一礼をした。

「この件に関しても緊急案件となるので、早急に取り纏めてもらいたい。そうだなぁ……二週間でどうかな?」

 大臣たちは頷いて了承したが、後ろに控える側近と文官の顔色がみるみる悪くなる。
 シェリーはそれを見ながら気の毒だと思った。

「今までの溜まったものに関しては、陛下と私で進めます。ですから皆様にはご苦労をおかけしますが、頑張っていただきたいと思います」

 アルバートが苦笑いをしながら頷いた。

「叔父上も兄上もよろしくお願いしますね。拒否権は認めません」

 二人は苦笑いをしながら同意した。
 会議は終了し、それぞれが自分の執務室に戻って行く。
 最後に残ったブルーノがシェリーの側に来た。

「姉さんって呼んじゃ拙いよね。王妃殿下? なんか照れるな」

「今まで通りでいいわよ。それにしても良く決断したわね」

「うん、そのことで姉さんに伝えないといけないことがあるんだ」

 いつになくブルーノが深刻な顔をした。
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