そして愛は突然に

志波 連

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91話が短いので本日は2話投稿です


「妃殿下? シェリー妃殿下?」

 シェリーがゆっくりと目を開けると、心配そうな顔をするレモンと目が合った。

「ああ、レモン……あれほど眠ったのに、また眠っていたみたい」

「ええ、妃殿下の今のお仕事はお体を回復させることだけですから、眠るのは良いことです。でも栄養も必要ですからね。スープのご用意ができましたよ」

「ええ、いただくわ。ルリルリの実だったかしら?」

「そうです。私も一度だけいただいたことがありますが、すこし苦くて酸っぱいですよね」

「私は初めてよ。今まで大きな病気など無縁だったから。苦くて酸っぱいの?」

「ええ、頑張って下さい」

 シェリーは程よい温度に温められているスープのスプーンを差し込んだ。
 立ち上がる香りがすでに酸味を感じさせる。

「ねえ、ルリルリの実ってどんな実なの?」

「私は乾燥させたものしか知らないのですが、生の状態だと赤いそうです」

 そう言ってレモンは自分の親指の爪を半分指先で隠す。

「大きさはこれくらいだと聞きました」

「へぇ……一度見てみたいわね」

「医局にあるか聞いてみますね。だから頑張って召し上がってください」

「はぁ~い」

 一口飲んで顔を顰めたシェリー。

「本当に少しだけど苦いわ。でも酸味を先に感じるから飲みにくいというほどではないかな……おいしくはないけど」

 レモンが笑いながら言う。

「お食事が終わったら便箋をお渡しします」

 シェリーが肩を竦めて、またスープを口に運んだ。

「アルバートも食事を?」

「ええ、殿下の方にはパンが一つついていました。妃殿下の方が一歩遅れていますね」

「あらあら、それは負けられないわね。明日からはパンもいただかなくちゃ」
 
 微笑みながら冗談を言うシェリーの顔色はまだ悪い。
 しかしレモンはそのことには触れずに続けた。

「ルリルリの実はヌベール辺境領から贈られたものだそうです。ジューンとジュライは元気でしょうか。特にジューンの怪我は……心配です」

「ええ、そうね。私はあの攻防を見ていないのだけれど、ジューンがあそこまでやられたでしょう? それに我が国の近衛騎士隊長まで……どれだけ強い兵だったの?」

「強い兵……少し違いますね。彼らは平民でした。彼らの手段は卑怯でしたよ……がむしゃらに数名が抱きついてきて、仲間の背中ごと剣を突き刺してくるのです。こちらとしては無駄に命を散らしたくないという思いがあって、油断していたということかもしれません」

「まあ! そんな手を? 何が彼らをそこまでさせたのかしら。やはりグルックへの信仰心なの?」

「生き残った者に聞きましたが、信仰心だと言っていたのはグルックだけで、本当は……」

「大丈夫よ。教えて?」

「……オピュウム欲しさだそうです。バカなことです」

「そう……あの薬草はそこまで人を狂わせるのね……怖いことね」

「ええ、とても怖いことです。宰相閣下がブラッド侯爵家と相談して、管理体制をもっと強化すると言われていました」

「そうね、それがいいわ。ブルーノだけに背負わせるのは酷だもの。それにしてもレモンはシュライン義兄様とお話しする機会が多いの?」

「兄が宰相閣下の侍従として働いていますので、お目に掛る機会は多いです。それに、なぜか宰相閣下はサミュエル殿下がいらっしゃると私を呼び出されます」

「ああ……知らないのね……」

「ええ、私の口から申し上げるわけにはいきませんし……」

「サミュエル殿下も仰らない?」

「はい。隠せるなら隠し通す御所存だと思います」

「限界はあるでしょうにね。私としてはサミュエル殿下が王位を継承して下さって、アルバートと私は陰で支えるというのが理想なのだけれど」

 二人は同時に深いため息を吐いた。
 レモンが食器を片づけながら言う。

「どうも宰相閣下はアルバート殿下に王位を継承して欲しいみたいですよ?」

「そのことも話し合わないとね」

「そのためにも早く回復なさってください」

「ええ、私はただの過労だからすぐに戻るわ」

 シェリーの言葉に小首を傾げただけで、何も言わずレモンは部屋を辞した。
 窓から見える街の景色は平和そのものだ。
 立ち上る煙は食事の支度をしているのだろうか。
 その煙を泳ぐように躱しながら何羽かの鳥が山に向かって飛び去って行く。

「平和って何なのかしらね……」

 誰もいなくなった部屋でシェリーが独り言を呟いた。
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