そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
89 / 97

89

しおりを挟む
 久しぶりの隊はすっかり正月の準備ができていた。警備室の真新しい土嚢で囲まれた機関銃陣地の隣には門松が立っている。

「射撃場に来いって……なにすんだ?」

かなめは駐車場に停められたカウラのハコスカから降りるとそう言いながら伸びをした。

すでに射撃場には人だかりが出来ていた。訓練をサボって首からアサルトライフルをぶら下げた技術部員が背伸びをしている。手持ち無沙汰の整備班員はつなぎの尻をかきながら背伸びをしてレンジの中央を覗こうと飛び跳ねる。

「やってるな」 

 かなめはにんまりと笑って足を速める。それを見かけたブリッジクルーの女性隊員が人だかりの中央に向かって声をかけたようだった。

 すぐに人垣が二つに割れて中央に立つ女性が誠達からも見えるようになった。

「あいつ……馬鹿だ」 

 立ち止まったかなめのつぶやき。こればかりは誠も同感だった。

 テンガロンハット、皮のジャンバー、色あせたジーンズ。そして腰には二挺拳銃を下げる為の派手な皮製のガンベルトが光っている。西部劇のヒロインと言うよりもアメリカの田舎町の祭りに引っ張り出された女性である。

「ふ!」 

 わざと帽子のつばを下げたかと思うとすばやく跳ね上げてサラは誠達を見つめる。隣ではそんなサラをうれしそうに写真に取っているパーラの姿も見える。

「パーラ……溜まってたのよね」 

 さすがにあまりにも満面の笑みのサラとそれを夢中で撮影するパーラの態度にはアメリアも複雑な表情にならざるを得なかった。

「風が冷たいねえ……そういえばダコタで馬車強盗とやりあったときもこんな風が吹いていたっけ……」 

 そう言うとサラは射撃場の椅子にひらりと舞うようにして腰掛ける。手にしているのはかなめの愛用の葉巻。タバコが吸えないサラらしく、当然火はついていないし煙も出ない。

「何がしたいんだ?お前は?」 

「お嬢さん?何かお困りで?」 

 そう言うとサラは胸に着けた保安官を示すバッジを誇らしげに見せ付ける。お嬢さん呼ばわりされたかなめはただ茫然とサラを見つめた。タンクトップにジーンズと言う明らかに常人なら寒そうな姿だが、それ以上にサラの雰囲気はおかしな具合だった。

「ああ、目の前におかしな格好の姉ちゃんがいるんで当惑しているな」 

「ふっ……おかしな格好?」 

「ああ、マカロニウェスタンに出てきそうなインチキ保安官スタイルの姉ちゃん」 

 そう言われてもサラはかなめから掠めたであろう火のついていない葉巻を咥えたままにんまりと笑って立ち上がるだけだった。

「そう言えばネバダで……」 

 たわごとをまた繰り返そうとするサラに飛び掛ったかなめがそのままサラの帽子を取り上げた。

「だめ!かなめちゃん!返してよ!」 

 サラがぴょんぴょん跳ねる。ようやく笑っていいという雰囲気になり、野次馬達も笑い始める。

「駄目よ!かなめちゃん!返してあげなさいよ」 

 上官と言うより保護者と言う雰囲気でアメリアはピシリとそう言った。ようやくその場の雰囲気が日常のものに帰っていくのに安心して誠達は射撃レンジに足を踏み入れた。

 射撃場の机。サラが飛び跳ねている後ろには、小火器担当の下士官が苦い表情で手にした弾の入った箱を積み上げている。

「たくさん集めましたねえ」 

 誠も感心する。そこには時代物を装うようなパッケージの弾の他、何種類もの弾の箱が並んでいた。技術部の銃器担当班の下士官がそれを一つ一つ取り出しては眺めている。

「まあな。結構この手の銃は人気があるから種類は出てるから。特に今、サラの銃に入っている弾は特別だぜ。おい!サラ。いい加減はじめろよ」 

 下士官の言葉に渋々かなめは帽子をサラに返した。笑顔に戻ったサラはリラックスしたように静かに人型のターゲットの前に立つ。距離は30メートル。サラは一度両手を肩の辺りに上げて静止する。

「抜き撃ちだな」 

 カウラは真剣な顔でサラを見つめていた。

 次の瞬間、すばやくサラの右手がガンベルトの銃に伸びた、引き抜かれた銃に左手が飛ぶ。そしてはじくようにハンマーが叩き落とされると同時に轟音が響き渡った。

「音がでけえなあ……それになんだ?この煙」 

 かなめがそう言うのももっともだった。誰もが弾の命中を確認する前にサラの銃から出るまるで秋刀魚でも焼いているような煙にばかり目が行った。風下に居た警備部員は驚いた表情で咳き込んでいる。

「これは?」 

 驚いているのはカウラも同じだった。ただ一人苦笑いの下士官にそう尋ねる。

「ブラックパウダーと言って、黒色火薬の炸薬入りの弾ですよ。時代的にはこれが正しいカウボーイシューティングのスタイルですから。このコルト・シングルアクション・アーミーの時代はまだ無煙火薬は発明されてないですからね。まあ俺も使ってみるのは初めてだったんですが……」 

 そう言う説明を受けて納得した誠だが、撃ったのはいいが煙を顔面にもろに浴びてむせているサラに同情の視線を送った。

「でもこれじゃあ……」 

「ああ、ちゃんと無煙火薬の弾もあるから。ブラックパウダーはそちらの一箱だけ。あとはちゃんと普通に撃てる奴ばかりだよ」 

 誠はようやく安心する。だが、弾丸はどれもむき出しの鉛が目立つ巨大な姿。警察組織扱いになっている司法局実働部隊だから使えると言うような鉛むき出しのホローポイント弾に苦笑いを浮かべた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...