そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
87 / 97

87

しおりを挟む
 それから毎日シェリーはアルバートの病室に詰めていた。
 それでも国政は容赦なく続き、シェリーの執務室には大量の書類が運び込まれる。
 それを分類し、緊急のものだけを選ぶのはオースティンの仕事となった。
 病室から出なくてはいけない時間まで、ずっとアルバートの側にいるシェリーにとって、そこからが執務の時間だ。
 レモンはシェリーの体調が心配だった。

「妃殿下、睡眠時間が短すぎます」

「良いのよ、どうせ眠れないもの」

「倒れたら皇太子殿下に会えませんよ?」

「そうね、でも大丈夫。私意外と強いのよ?」

 そう言って笑ったシェリーが医務室に担ぎ込まれたのは、その日から二日後だった。
 診断結果は過労だったが、シェリーはなかなか意識を取り戻さなかった。
 アルバートの二次感染の危険性がなくなり、テントが撤去される日となっても、シェリーの意識は戻らない。
 二人は隣り合った部屋で眠り続けた。
 シュラインなぜ自分は倒れないのだろうと愚痴を言いつつも、効率的に仕事をこなす。
 動けるようになったサミュエルも、八面六臂の活躍をする甥を手助けしていた。
 今日の仕事も一段落を迎え、夜食に手を伸ばしながらサミュエルが言った。

「イーサンの後遺症が心配だな」

「ええ、騎士として一線で活躍するのは、もう難しいでしょうね」

「利き手だったか?」

「ええ、動かないわけではないのでリハビリすればある程度は戻ると聞いています。まあ、時間はかかるでしょうね」

「結局イーサンはシェリーに会わずに帰ったな」

「寝顔だけでも見るかと思ったのですが、結局それもしなかったですね」

「それが奴の愛ってわけだ」

「愛ねぇ……愛って何でしょうね」

 二人はフッと息を吐いて新しいサンドイッチに手を伸ばした。

「そういえばアルバートは目覚める時間が増えてきたとか?」

「ええ、徐々にオピュウムの量も減らしていると聞いています。それでも覚醒できるのは一時間が良いところですね」

「少しずつでも回復してくれるのを願うしかないな。シェリーは?」

「彼女はほとんど眠っています。時々微笑むのだそうですよ。どんな夢を見てるのでしょうね」

「幸せな夢なら良いな」

「そうですね」

 二人は同時に天井を見上げた。
 その頃シェリーは相変わらず夢の中にいた。
 大きな木の下に座って本を読んでいるシェリーの横で、彼女の膝に頭をのせているのはアルバートだ。
 
「ねえシェリー。何を読んでいるの?」

「恋愛小説よ」

「どんなストーリーなの?」

「単純よ。婚約破棄をされた女性が新たな恋を見つけて幸せになっていくというお話し」

「楽しいの? だって君、ずっと微笑んでいる」

「そう? 本が楽しいというよりあなたとこうやって穏やかな時間を過ごせるのが嬉しいのかもしれないわ。だって結婚してから一度もこんなことなかったでしょう?」

「ああ、そうだね。君も僕も忙しすぎた。それに父や母のこともあったからね」

「でも解決したから……もう終わったことよ。ご苦労様でした、アルバート」

「ああ、君も本当にご苦労だったね。いろいろ秘密にしていてごめんね?」

「そうよ? 私悲しかったんだから」

「ホントごめん。巻き込みたくなかったんだ」

「なぜ? 私だけ蚊帳の外?」

「そうじゃないよ。君を危険な目に合わせたくなかった」

「立場的にそれは無理でしょう? だったら最初から知っておいた方が良かったと思わない?」

「うん、そうだね。そうだよね……考えが浅かった。余計に傷つけたよね。僕は君に嫌われたくなかったんだ……でも君のことを考えると、僕に愛想を尽かした方が良いって思って」

「愛想を尽かす? 別れる気だったの?」

「君がそれを望むならとは思っていた。僕は別れたくなったから、直接口にはしたくなかったんだ」

「どうしてそう思ったのか聞いても?」

「うん……君は他に好きな人がいただろう?」

「ああ……イーサンのこと? そうね、好きだったわね」

「だから戻りたいのかと思ったんだ」

「あなたもローズの元に戻りたかった?」

「いや、僕は違うな。確かに彼女のことを愛していたこともあったけれど、僕は振られた方だからね。心の整理はつきやすいさ。それに彼女はどんどん壊れていったから……でも君は違っただろう? 君を心から愛している僕にとって、一番大事なのは君の幸せだ。僕がいなくなることで君が……」

 アルバートは最後まで喋らせてもらえなかった。
 シェリーがキスでアルバートの口を塞いだからだ。

「シェリー?」

「私はあなたの妻として生きていく決心をしたの。そしてあなたはとても素敵な人だった。私は確かに傷心していたし、辛いこともたくさんあったわ。でもあなたは常に私の心に寄り添って、私を尊重してくれた。あなたは素晴らしい人よ? 好きにならずにはいられない」

「シェリー……ありがとう。愛してるよ、心から君のことが大好きだ」

 心から嬉しそうな顔でアルバートが微笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

処理中です...