そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
84 / 97

84

しおりを挟む
 疲れ切った顔で宰相執務室から出てきたレモンとオースティンとブルーノは、互いに無言のまま目線だけで挨拶を交わし、それぞれの仕事へと向かった。
 執務室に残った三人は、目前に迫った貴族会議に向けた最終調整を行っている。

「これで大丈夫ね。おめでとうございます。新ヌベール辺境伯」

「ありがとうございます。シェリー妃殿下。思えばあなたには随分手荒なこともしてしまったが、許していただけて助かりましたよ」

 シェリーがニコッと笑った。

「許していませんが?」

「え? でも……」

「あなたの辺境伯就任と私とレモンにした仕打ちは別件ですわ」

「しかしそれには事情があったとご理解いただけているのでは?」

「ええ、事情は理解しています。でも許していませんし、今のところ許すつもりもありませんよ?」

 エドワードがチラッと横目でシュラインに助けを求めた。
 それをまるっと無視したシュラインが口を開く。

「さあ、行きましょうか。とにかく最短時間で終わらせましょう」

 すべての問題を一括りにして闇の葬るための演劇が始まろうとしていた。
 亡くなった国王と王妃に敬意を表して、三人は黒ずくめの服装で会議場に入る。
 その異様な光景にざわつく貴族たちの中から、二人の男が進み出た。
 王家の座る椅子にシェリーが進み、その一段下がった場所にシュラインが立った。
 エドワードは壇上に一番近い位置に立っている。
 進み出た二人の男、ブラッド侯爵とシルバー伯爵が、徐に跪いた。
 それに倣い、、波が沖に帰るように貴族たちが順に跪いて行く。
 それを見届けたシュラインが、手に持っていた羊皮紙を広げた。

「本日お集まりいただいたのは……」

 シュラインが滔々と国王と王妃の死を告げる。
 数人の貴族が驚きのあまり声を出したが、ほとんどの貴族が静かに聞き入っていた。

「以上だ。緊急であるため文書にての周知は考えていない。それでは次の議題に入る」

 ホッと胸を撫で降ろし、次の議題を口にするシュライン。
 シェリーとエドワードが視線を交わして頷きあった。
 何が何やら分からないうちにうやむやに終わった感のある貴族会議だったが、終わればこちらのものだとばかり、そそくさと会場を出たシュラインとシェリーは、宰相執務室に逃げ込むように入った。

「終わった……絶対に後で何か言われるけれど、一応終わった……疲れた。シェリー妃殿下もお疲れでしょう。今日はもう休みましょう」

「そうですね。体よりも心が疲れました。ああ、それと私は基本的にはアルバートの病室にいるつもりです。急用があればそちらにお願いします」

「わかりました」

 毅然とした態度を崩さず部屋を出て行くシェリーを見送り、シュラインはソファーに横になった。
 オースティンが入ってきて、シュラインに毛布を掛けた。

「ご苦労様でした」

「やあ、君こそご苦労だったね」

「それにしても誰も何も質問しませんでしたね。あんなに頑張って想定問答を作ったのに、少し拍子抜けです」

「ははは……きっと明日から役立つさ。今日は力技で捻じ伏せたようなものだから、一晩経って冷静に思い返せば、突っ込みどころ満載だ」

「突っ込んできますかね」

「逆に言うと突っ込んで来るなら、そいつはバカだな。自ら反王家を名乗るようなものさ」

「なるほど」

 オースティンは頷きながら手際よく紅茶を淹れた。

「エドワードは?」

「私が退出する時、数人の貴族に囲まれてお祝いを言われていましたよ? 険悪な雰囲気では無かったですけどね」

「そうか、それにしても君も苦労が絶えないな」

「え? まだ何かございますか?」

「エドワードはレモン嬢に求婚するかもしれないぞ? レモンも騎士だ。かの黒狼に求愛されたら断るなんてことは無いだろう?」

「レモンが? 黒狼に? いやいやいや! ないないないない」

 オースティンが半泣きで現実逃避していると、徐に執務室のドアが開いてレモンが顔を覗かせた。
 ビクッと肩を揺らす兄を不思議そうに見た後、レモンがシュラインに向かって言った。

「サミュエル殿下がお呼びです」

 シュラインは顔色の悪いオースティンに休憩するように伝えてから、レモンと共に部屋を出た。
 長い廊下を歩きながら、シュラインがレモンに聞いた。

「ねえレモン、近衛騎士隊長夫人と辺境伯夫人だったらどっちを希望する?」

 レモンが驚いた顔のまま暫し立ち止まった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

処理中です...