そして愛は突然に

志波 連

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 疲れ切った顔で宰相執務室から出てきたレモンとオースティンとブルーノは、互いに無言のまま目線だけで挨拶を交わし、それぞれの仕事へと向かった。
 執務室に残った三人は、目前に迫った貴族会議に向けた最終調整を行っている。

「これで大丈夫ね。おめでとうございます。新ヌベール辺境伯」

「ありがとうございます。シェリー妃殿下。思えばあなたには随分手荒なこともしてしまったが、許していただけて助かりましたよ」

 シェリーがニコッと笑った。

「許していませんが?」

「え? でも……」

「あなたの辺境伯就任と私とレモンにした仕打ちは別件ですわ」

「しかしそれには事情があったとご理解いただけているのでは?」

「ええ、事情は理解しています。でも許していませんし、今のところ許すつもりもありませんよ?」

 エドワードがチラッと横目でシュラインに助けを求めた。
 それをまるっと無視したシュラインが口を開く。

「さあ、行きましょうか。とにかく最短時間で終わらせましょう」

 すべての問題を一括りにして闇の葬るための演劇が始まろうとしていた。
 亡くなった国王と王妃に敬意を表して、三人は黒ずくめの服装で会議場に入る。
 その異様な光景にざわつく貴族たちの中から、二人の男が進み出た。
 王家の座る椅子にシェリーが進み、その一段下がった場所にシュラインが立った。
 エドワードは壇上に一番近い位置に立っている。
 進み出た二人の男、ブラッド侯爵とシルバー伯爵が、徐に跪いた。
 それに倣い、、波が沖に帰るように貴族たちが順に跪いて行く。
 それを見届けたシュラインが、手に持っていた羊皮紙を広げた。

「本日お集まりいただいたのは……」

 シュラインが滔々と国王と王妃の死を告げる。
 数人の貴族が驚きのあまり声を出したが、ほとんどの貴族が静かに聞き入っていた。

「以上だ。緊急であるため文書にての周知は考えていない。それでは次の議題に入る」

 ホッと胸を撫で降ろし、次の議題を口にするシュライン。
 シェリーとエドワードが視線を交わして頷きあった。
 何が何やら分からないうちにうやむやに終わった感のある貴族会議だったが、終わればこちらのものだとばかり、そそくさと会場を出たシュラインとシェリーは、宰相執務室に逃げ込むように入った。

「終わった……絶対に後で何か言われるけれど、一応終わった……疲れた。シェリー妃殿下もお疲れでしょう。今日はもう休みましょう」

「そうですね。体よりも心が疲れました。ああ、それと私は基本的にはアルバートの病室にいるつもりです。急用があればそちらにお願いします」

「わかりました」

 毅然とした態度を崩さず部屋を出て行くシェリーを見送り、シュラインはソファーに横になった。
 オースティンが入ってきて、シュラインに毛布を掛けた。

「ご苦労様でした」

「やあ、君こそご苦労だったね」

「それにしても誰も何も質問しませんでしたね。あんなに頑張って想定問答を作ったのに、少し拍子抜けです」

「ははは……きっと明日から役立つさ。今日は力技で捻じ伏せたようなものだから、一晩経って冷静に思い返せば、突っ込みどころ満載だ」

「突っ込んできますかね」

「逆に言うと突っ込んで来るなら、そいつはバカだな。自ら反王家を名乗るようなものさ」

「なるほど」

 オースティンは頷きながら手際よく紅茶を淹れた。

「エドワードは?」

「私が退出する時、数人の貴族に囲まれてお祝いを言われていましたよ? 険悪な雰囲気では無かったですけどね」

「そうか、それにしても君も苦労が絶えないな」

「え? まだ何かございますか?」

「エドワードはレモン嬢に求婚するかもしれないぞ? レモンも騎士だ。かの黒狼に求愛されたら断るなんてことは無いだろう?」

「レモンが? 黒狼に? いやいやいや! ないないないない」

 オースティンが半泣きで現実逃避していると、徐に執務室のドアが開いてレモンが顔を覗かせた。
 ビクッと肩を揺らす兄を不思議そうに見た後、レモンがシュラインに向かって言った。

「サミュエル殿下がお呼びです」

 シュラインは顔色の悪いオースティンに休憩するように伝えてから、レモンと共に部屋を出た。
 長い廊下を歩きながら、シュラインがレモンに聞いた。

「ねえレモン、近衛騎士隊長夫人と辺境伯夫人だったらどっちを希望する?」

 レモンが驚いた顔のまま暫し立ち止まった。
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