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やっとベッドに入ったシュラインは、朦朧とする意識の中で誰かに呼ばれているような気がした。
ここで目を開けたら負けだと思い、ギュッと瞼に力をいれる。
「早く起きてください。エドワード・ヌベール辺境伯がお着きです」
シュラインは諦めた。
「分かった。オースティン、済まんがコーヒーを頼む。思い切り濃くしてくれ」
のろのろとベッドから這い出したシュラインの姿は、とても一国の宰相とは思えないほどボロボロだった。
「お疲れですね、宰相閣下」
「ああ、エドワード卿……うん、疲れているよ。といっても貴殿もだろう?」
「ええそうですね。やっと屋敷に戻り、湯あみをして夜着に着替えたら伝令が駆け込んできましたよ。ベッドの上掛けを捲る暇も無かった」
「それは済まなかったね。まあ、掛けてくれ」
エドワードがソファーに座る。
なぜ床にクッションが散らばっているのかは、推して知るべし……エドワードは黙ってそれを拾い上げた。
「火急の要件とは、もしかして?」
「ああ、察しが良くて助かるよ。いろいろ考えたが、どうしても落ち着きが悪い。まあそもそも噓ばかりだから、落ち着くはずなどないのだが」
「バローナは属国ですか」
「そうなるよね。まあそこは最初から決まってた事だけど」
「ええ、それは納得しています。王家の断絶は問題ありませんし、王族派の貴族たちも文句は言わないでしょう。しかしゴールディから新しい王が来るとなると混乱する恐れがありますね」
「そうだよね……そこでさぁ、あなたが戻って即位っていうのはどう?」
「いやいや、勘弁してください。それこそ国が荒れますよ」
「だったら代理の者を派遣するしかないよ?」
「貴族達は残すのですか?」
「問題があるものたちは、それ相応の処罰はするが、基本的にはあまり替えたくは無いと思っている」
「急激な変化は争いのもとですからね。徐々に変えていく方が良いでしょう。わかりました」
「まあ、そういう事情もあって、ヌベール辺境伯位の承継を先に済ませたいところだが、如何せんその権限を持つ者が誰も……あっ、いた! シェリーに全権委任してしまおう。会議の前に爵位承継を済ませてしまえば、バローナへの責任追及も躱せるからね」
「お任せいたします。宰相閣下が落ち着いておられるので、大丈夫だとは思いますが、皇太子殿下と近衛騎士隊長は持ち直されたのでしょうね?」
「ああ、叔父上も弟も無事に手術は終わったよ。叔父上は意識を取り戻したようだが、弟の方は予断を許さないってところだ」
「それは……一日でも早いご回復をお祈りしております」
「ありがとう。本当に一日でも早く回復してくれないと、本当に国は危ういよ」
コーヒーを運んできたオースティンに、シェリーの部屋にいるレモンを呼びに行かせたシュラインは、エドワードから一連の出来事を聞いていた。
レモンが入ってくると、エドワードが立ち上がった。
「レモン嬢、いや、レイバート卿。傷の具合はどうか?」
レモンが騎士の礼をしてから口を開いた。
「ご心配いただき感謝いたします。傷というほどのものではございませんが、しっかりと医者に診てもらいましたので」
「そうか、傷が残るといけない、十分に治療して欲しい」
エドワードの言葉にレモンが頬を染めた。
二人を見ながらシュラインがニマニマ笑う。
「あれ? レモンはてっきりサミュエル叔父に執心だと思っていたけど?」
レモンが慌てて言う。
「滅相もございません。あれは演技だったではないですか。私は一生懸命にお役目を果たしていただけです。それにサミュエル殿下は……」
慌てて口を塞ぐレモン。
シュラインとエドワードは目を見開いてレモンを見詰めた。
「これは……私の口からは言えません。サミュエル殿下に直接聞いてください。とにかく私たちの間にはそういった感情はございませんので」
おかしいほど慌てるレモンだったが、言えないと言うなら無理強いはできない。
「わかったから、そんなに慌てるなよ。君を呼んだのはシェリーが起きたら教えて欲しいと思ったからなんだ。明日の正午から貴族会議があるから、できるだけ早い方が助かるのだけれど、少しでも長く休ませてやりたいという気持ちもあってね。悩ましいところさ」
「妃殿下でしたらすでに起きておられます。先ほどお体を清めらえ、お着替えをすまされました」
「そうか。それは助かるな。用意が出来次第ここに来てほしいと伝えてくれ。一緒に朝食をとろう。エドワード卿も一緒に」
「そのように伝えてまいります。朝食の件も厨房に伝えておきますので」
「うん、頼むよ。君とオースティンも一緒に来てほしい。だから5人分だね」
「畏まりました」
レモンが退出した。
それを見送るエドワードの横顔を見ながら、シュラインが呟いた。
「マジかよ……めんどくせえ」
その声はエドワードの耳に届かない。
ここで目を開けたら負けだと思い、ギュッと瞼に力をいれる。
「早く起きてください。エドワード・ヌベール辺境伯がお着きです」
シュラインは諦めた。
「分かった。オースティン、済まんがコーヒーを頼む。思い切り濃くしてくれ」
のろのろとベッドから這い出したシュラインの姿は、とても一国の宰相とは思えないほどボロボロだった。
「お疲れですね、宰相閣下」
「ああ、エドワード卿……うん、疲れているよ。といっても貴殿もだろう?」
「ええそうですね。やっと屋敷に戻り、湯あみをして夜着に着替えたら伝令が駆け込んできましたよ。ベッドの上掛けを捲る暇も無かった」
「それは済まなかったね。まあ、掛けてくれ」
エドワードがソファーに座る。
なぜ床にクッションが散らばっているのかは、推して知るべし……エドワードは黙ってそれを拾い上げた。
「火急の要件とは、もしかして?」
「ああ、察しが良くて助かるよ。いろいろ考えたが、どうしても落ち着きが悪い。まあそもそも噓ばかりだから、落ち着くはずなどないのだが」
「バローナは属国ですか」
「そうなるよね。まあそこは最初から決まってた事だけど」
「ええ、それは納得しています。王家の断絶は問題ありませんし、王族派の貴族たちも文句は言わないでしょう。しかしゴールディから新しい王が来るとなると混乱する恐れがありますね」
「そうだよね……そこでさぁ、あなたが戻って即位っていうのはどう?」
「いやいや、勘弁してください。それこそ国が荒れますよ」
「だったら代理の者を派遣するしかないよ?」
「貴族達は残すのですか?」
「問題があるものたちは、それ相応の処罰はするが、基本的にはあまり替えたくは無いと思っている」
「急激な変化は争いのもとですからね。徐々に変えていく方が良いでしょう。わかりました」
「まあ、そういう事情もあって、ヌベール辺境伯位の承継を先に済ませたいところだが、如何せんその権限を持つ者が誰も……あっ、いた! シェリーに全権委任してしまおう。会議の前に爵位承継を済ませてしまえば、バローナへの責任追及も躱せるからね」
「お任せいたします。宰相閣下が落ち着いておられるので、大丈夫だとは思いますが、皇太子殿下と近衛騎士隊長は持ち直されたのでしょうね?」
「ああ、叔父上も弟も無事に手術は終わったよ。叔父上は意識を取り戻したようだが、弟の方は予断を許さないってところだ」
「それは……一日でも早いご回復をお祈りしております」
「ありがとう。本当に一日でも早く回復してくれないと、本当に国は危ういよ」
コーヒーを運んできたオースティンに、シェリーの部屋にいるレモンを呼びに行かせたシュラインは、エドワードから一連の出来事を聞いていた。
レモンが入ってくると、エドワードが立ち上がった。
「レモン嬢、いや、レイバート卿。傷の具合はどうか?」
レモンが騎士の礼をしてから口を開いた。
「ご心配いただき感謝いたします。傷というほどのものではございませんが、しっかりと医者に診てもらいましたので」
「そうか、傷が残るといけない、十分に治療して欲しい」
エドワードの言葉にレモンが頬を染めた。
二人を見ながらシュラインがニマニマ笑う。
「あれ? レモンはてっきりサミュエル叔父に執心だと思っていたけど?」
レモンが慌てて言う。
「滅相もございません。あれは演技だったではないですか。私は一生懸命にお役目を果たしていただけです。それにサミュエル殿下は……」
慌てて口を塞ぐレモン。
シュラインとエドワードは目を見開いてレモンを見詰めた。
「これは……私の口からは言えません。サミュエル殿下に直接聞いてください。とにかく私たちの間にはそういった感情はございませんので」
おかしいほど慌てるレモンだったが、言えないと言うなら無理強いはできない。
「わかったから、そんなに慌てるなよ。君を呼んだのはシェリーが起きたら教えて欲しいと思ったからなんだ。明日の正午から貴族会議があるから、できるだけ早い方が助かるのだけれど、少しでも長く休ませてやりたいという気持ちもあってね。悩ましいところさ」
「妃殿下でしたらすでに起きておられます。先ほどお体を清めらえ、お着替えをすまされました」
「そうか。それは助かるな。用意が出来次第ここに来てほしいと伝えてくれ。一緒に朝食をとろう。エドワード卿も一緒に」
「そのように伝えてまいります。朝食の件も厨房に伝えておきますので」
「うん、頼むよ。君とオースティンも一緒に来てほしい。だから5人分だね」
「畏まりました」
レモンが退出した。
それを見送るエドワードの横顔を見ながら、シュラインが呟いた。
「マジかよ……めんどくせえ」
その声はエドワードの耳に届かない。
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