78 / 97
78
しおりを挟む
その背中を見送りながらシュラインが言う。
「レモン、この度はご苦労だったな。怪我は大丈夫かい?」
「私の怪我など、それこそ怪我のうちには入りません」
「もう実家に戻りたくなったのでは?」
「いいえ、シェリー妃殿下のおそばを離れたくないです」
「そうか。では引き続き頼めるか?」
「光栄に存じます」
「ありがとう」
お茶を淹れ変えて貰うといって、レモンも部屋を出た。
残されたシュラインとブルーノが目を合わせて溜息を吐いた。
「考えたくは無いが、アルバートが亡くなった場合も想定しておくべきだよな」
「そうですね」
「オピュウムと引き換えに王妃が人質に取られたっていうのはどう?」
「不自然じゃないですか? そもそも王妃殿下ご自身が人質って警備はどうなってるんだって話でしょう?」
「では実家に帰省しようとした道中とか?」
「なるほど。それならヌベール辺境伯が出張ってきた理由付けにも使えますね……」
「それとも、姪であるミスティ侯爵夫人の見舞いとか?」
「ああ、その方が自然かも。そして父親である辺境伯も来ていたってことですよね?」
「うん。なんか俺って作家になれそうかも」
ブルーノがフッと笑った。
「頑張ってください」
シュラインが他人事のように言ったブルーノを睨みつけた。
「分かっているだろうが、帰れると思うなよ」
ブルーノが肩を竦めて見せた。
三人の治療は続き、シュラインとブルーノは日付が変わるまでシナリオを練り続けた。
結局ミスティ侯爵夫人のところにお見舞いに行く途中に襲われたことにして、アルバートがローズに会いに行って発覚したということにするのが大前提。
王妃と王太子を人質にした犯人たちは、オピュウムの引き渡しを要求し、それを突っぱねた国王が、自ら近衛騎士を引き連れて妻と息子の救出に向かう。
そして近衛騎士隊長である王弟が負傷し、母を庇った皇太子が重傷を負う。
それを見た国王が剣を握り……
「なあ、そもそも王族が全員参加で敵を迎え撃つって変じゃないか?」
「そうですよね。まるで冒険小説並みにリアリティがない」
「はぁぁぁぁぁ……」
「誰も本当のことだなんて思いませんよ。活字に残せば良いだけです」
「それもそうか」
「グリーナの王妃はどうします?」
「あれはキースが何とかするさ。知らぬ存ぜぬで通そう」
「わかりました」
二人はもう何杯目かの冷めた紅茶を口に運ぶ。
「なんだか腹が減ったな」
「もう菓子も食い飽きましたよね」
「塩っぽい物が欲しいな」
「あ~、僕はガッツリ肉が欲しいです」
「干し肉とレタスとトマトのサンドイッチとか良いなぁ」
「良いですねぇ」
二人がそんなくだらない話をしていた時、ノックの音に続いてオースティンが入室した。
「夜食はいかがですか?」
二人は満面の笑みで迎え入れる。
「さすがだ。気が利くな」
「お褒め戴き光栄です。でも夜も遅いので軽めのものにしました」
ブルーノが少し口を尖らせた。
不思議そうな顔をしながらオースティンが続ける。
「お疲れでしょうからホットチョコレートとラズベリーと生クリームのサンドイッチです」
シュラインが目を伏せながら言う。
「惜しい……実に惜しい……オースティン、お前は今、侍従から側近になる道を自らの手で閉ざしたんだ……残念だ」
「えっ?」
「いや、何でもない。ありがたく頂戴するよ」
シュラインが手を伸ばす。
ブルーノも苦笑いをしながらホットチョコレートのカップを持ち上げた。
「失礼します」
今度はレモンが入ってきた。
「皇太子妃殿下より差し入れでございます」
三人が顔を上げた。
皿に盛られていたのはローストビーフサンドイッチだ。
「さすがだ……こうでなくてはいけない」
「本当に我が姉ながら完璧ですね」
レモンがニヤッと笑い、オースティンが小首を傾げた。
「オースティン、お前もいただきなさい。レモンも座ってくれ」
シュラインとブルーノは、オースティンが持ってきた皿を二人の前に置き、何の躊躇もなくレモンが持ってきた皿を引き寄せる。
「これは兄さんが?」
レモンの問いにオースティンが答えた。
「いや、これは宰相閣下夫人からの指示だよ」
その言葉にシュラインが肩をビクつかせ、静かにローストビーフサンドを皿に戻した。
「オースティン、その皿を私の前に」
「はい」
シュラインはひとつ大きな息を吸い込んでから、甘酸っぱいサンドイッチを頬張った。
「レモン、この度はご苦労だったな。怪我は大丈夫かい?」
「私の怪我など、それこそ怪我のうちには入りません」
「もう実家に戻りたくなったのでは?」
「いいえ、シェリー妃殿下のおそばを離れたくないです」
「そうか。では引き続き頼めるか?」
「光栄に存じます」
「ありがとう」
お茶を淹れ変えて貰うといって、レモンも部屋を出た。
残されたシュラインとブルーノが目を合わせて溜息を吐いた。
「考えたくは無いが、アルバートが亡くなった場合も想定しておくべきだよな」
「そうですね」
「オピュウムと引き換えに王妃が人質に取られたっていうのはどう?」
「不自然じゃないですか? そもそも王妃殿下ご自身が人質って警備はどうなってるんだって話でしょう?」
「では実家に帰省しようとした道中とか?」
「なるほど。それならヌベール辺境伯が出張ってきた理由付けにも使えますね……」
「それとも、姪であるミスティ侯爵夫人の見舞いとか?」
「ああ、その方が自然かも。そして父親である辺境伯も来ていたってことですよね?」
「うん。なんか俺って作家になれそうかも」
ブルーノがフッと笑った。
「頑張ってください」
シュラインが他人事のように言ったブルーノを睨みつけた。
「分かっているだろうが、帰れると思うなよ」
ブルーノが肩を竦めて見せた。
三人の治療は続き、シュラインとブルーノは日付が変わるまでシナリオを練り続けた。
結局ミスティ侯爵夫人のところにお見舞いに行く途中に襲われたことにして、アルバートがローズに会いに行って発覚したということにするのが大前提。
王妃と王太子を人質にした犯人たちは、オピュウムの引き渡しを要求し、それを突っぱねた国王が、自ら近衛騎士を引き連れて妻と息子の救出に向かう。
そして近衛騎士隊長である王弟が負傷し、母を庇った皇太子が重傷を負う。
それを見た国王が剣を握り……
「なあ、そもそも王族が全員参加で敵を迎え撃つって変じゃないか?」
「そうですよね。まるで冒険小説並みにリアリティがない」
「はぁぁぁぁぁ……」
「誰も本当のことだなんて思いませんよ。活字に残せば良いだけです」
「それもそうか」
「グリーナの王妃はどうします?」
「あれはキースが何とかするさ。知らぬ存ぜぬで通そう」
「わかりました」
二人はもう何杯目かの冷めた紅茶を口に運ぶ。
「なんだか腹が減ったな」
「もう菓子も食い飽きましたよね」
「塩っぽい物が欲しいな」
「あ~、僕はガッツリ肉が欲しいです」
「干し肉とレタスとトマトのサンドイッチとか良いなぁ」
「良いですねぇ」
二人がそんなくだらない話をしていた時、ノックの音に続いてオースティンが入室した。
「夜食はいかがですか?」
二人は満面の笑みで迎え入れる。
「さすがだ。気が利くな」
「お褒め戴き光栄です。でも夜も遅いので軽めのものにしました」
ブルーノが少し口を尖らせた。
不思議そうな顔をしながらオースティンが続ける。
「お疲れでしょうからホットチョコレートとラズベリーと生クリームのサンドイッチです」
シュラインが目を伏せながら言う。
「惜しい……実に惜しい……オースティン、お前は今、侍従から側近になる道を自らの手で閉ざしたんだ……残念だ」
「えっ?」
「いや、何でもない。ありがたく頂戴するよ」
シュラインが手を伸ばす。
ブルーノも苦笑いをしながらホットチョコレートのカップを持ち上げた。
「失礼します」
今度はレモンが入ってきた。
「皇太子妃殿下より差し入れでございます」
三人が顔を上げた。
皿に盛られていたのはローストビーフサンドイッチだ。
「さすがだ……こうでなくてはいけない」
「本当に我が姉ながら完璧ですね」
レモンがニヤッと笑い、オースティンが小首を傾げた。
「オースティン、お前もいただきなさい。レモンも座ってくれ」
シュラインとブルーノは、オースティンが持ってきた皿を二人の前に置き、何の躊躇もなくレモンが持ってきた皿を引き寄せる。
「これは兄さんが?」
レモンの問いにオースティンが答えた。
「いや、これは宰相閣下夫人からの指示だよ」
その言葉にシュラインが肩をビクつかせ、静かにローストビーフサンドを皿に戻した。
「オースティン、その皿を私の前に」
「はい」
シュラインはひとつ大きな息を吸い込んでから、甘酸っぱいサンドイッチを頬張った。
17
お気に入りに追加
237
あなたにおすすめの小説
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!
れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。
父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。
メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。
復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*)
*なろうにも投稿しています
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる