そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
77 / 97

77

しおりを挟む
 気を失っているアルバートを診ながら、王宮医は深刻な声を出した。

「毒物が塗布されている刃物が骨まで達しています。幸い大きな血管は傷ついていないので、命は取り留めていますが早急な措置が必要です」

 シュラインが叫びように言う。

「すぐに必要な措置を!」

「ここでは不可能です。王宮医を全員ここに呼んでも器具などの問題があります。王宮に運びましょう。あまり動かしたくはないのですが他に方法がありません」

 頷いたシュラインがテキパキと指示を出す。
 それを見ながらエドワードがジューンとジュライを呼んだ。

「お前たちもここで治療をしてもらえ。イーサンもだ」

 二人は首を横に振った。

「殿下と共に帰ります」

「手遅れになるぞ」

「いいえ、一緒に帰ります」

「……わかった。騎士達に準備をさせよう。イーサンは残すぞ」

 二人は頷いた。
 大怪我を負っているジューンを庇いながらジュライも立ち上がる。
 すぐにヌベール辺境領の騎士達がやってきてジューンを運び出した。

「シュライン殿、そしてシェリー妃殿下。我々も一旦引き上げます」

 呆然としているシェリーの肩に手を置きながら、エドワードが言った。
 
「わかりました。追って連絡をしますよ。ヌベール辺境伯殿」

「私を信じてください。悪いようにはしない。サミュエル殿下が身を挺して庇ってくださった御恩は王家への忠誠で返させていただきます」

「わかりました。叔父上も弟も必ず助けます。イーサンもね。安心して下さい。こんな状況だ。今攻め込まれたらひとたまりもない。国境は任せます」

「必ずやご期待に添いましょう。それでは」

 エドワード達も引き上げていった。
 残ったのは虫の息のアルバートとイーサン、そして意識はあるが腹部に怪我を負っているサミュエル、そしてシュラインとシェリーとレモンだ。
 その惨状を見回してシュラインがぽつんと言った。

「終わった……終わったんだ……これで」

 近衛騎士達が入室してきてアルバートを運び出す。
 レモンに付き添われたシェリーがアルバートを追った。
 その後ろを担架に乗せられたイーサンが続く。

「さあ、どう納めるかだな」

 王宮医達は、考えられる全ての準備を整えて到着を待っていた。
 サミュエルとイーサンは外傷のみと診断され、傷の手当が為されていく。
 問題はアルバートだった。
 大腿部に刺さった剣から毒の特定はできたが、如何せん時間が経ちすぎていた。

「切断しかありません」

 医師の言葉にシュラインが天を仰いだ。

「切断すれば命は助かるのか?」

「命は助かります。しかし、毒が回ってしまっている部分には麻痺が残ると思われます」

「麻痺だと?」

「はい……残念ながら。どこにどの程度のとはお応えできません。我々はお命を救うことに専念しとうございます」

 シュラインはギュッと手を握った。

「勿論だ。救命を最優先に措置を進めてほしい。それと叔父上とイーサンの様子はどうだ」

「お二人とも外傷のみではございますが、失血量が多く予断を許さない状態です。特にイーサン卿は状態が悪いです。皇太子妃殿下の話から王妃殿下の指示でオピュウムを使われたとか。賢明なご指示だったと思います」

「そうか、あれは義母上の指示だったのか……そちらの方もよろしく頼む」

 医師が部屋を辞した。
 執務室の机に座ったまま、シュラインは大きな溜息を吐いた。

「なあ、相談に乗ってくれよ。お前がいないと困るんだよ」

 誰もいない部屋でシュラインが一人ごちる。
 ノックの音がしてオースティンとレモンがブルーノを伴って入室してきた。

「ああブルーノ。用意はしてくれたか?」

「はい、私が調合致します」

「シェリー妃殿下は?」

「皇太子殿下の治療室の前から動こうとしないので、睡眠薬を飲ませて部屋に運びました」

「そうか。彼女も怪我を?」

「打撲と頭部に少々傷あるようでしたが、本人が気付いていないので大事ではありません。まあ姉はお転婆でしたからね。あの程度の怪我なら怪我のうちにも入らないのでしょう」

「お転婆娘か……ふふふ。可愛いな」

「ええ、聡明で可愛い姉ですよ」

 少しだけ和やかな空気が流れた。

「終わったな……これからどうするかだが」

 紅茶を運びながらオースティンが口を開いた。

「貴族会議を招集しますか? いずれにしても国王と王妃が亡くなり、皇太子が大怪我を負って意識不明の状態です。国の存亡の危機ですよ」

「ああ、オマケに王弟殿下も負傷しているんだ。どう説明すればいい?」

 ブルーノが言った。

「王と王妃の名誉を守り、国の形を変えないのなら盛大なドラマ仕立てにするしか無いでしょうね。王家を潰すなら真実を話すまでです」

「それは無理だな。あっという間に国という形が崩壊するよ。となると、不本意ではあるが父上と義母上には護国の英雄になっていただくしかないか」

「それを助けに行った皇太子と王弟、そしてヌベール辺境伯が負傷したってことですか?」

「そうだな。誰がやったのか……そこだな。問題は」

 暫しの沈黙が流れる。
 シュラインがオースティンに言った。

「エドワード殿を呼んでくれ。もう領には着いた頃だろう。帰ってすぐで悪いがご足労願おう」

 オースティンが頷いて部屋を出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...