そして愛は突然に

志波 連

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 気を失っているアルバートを診ながら、王宮医は深刻な声を出した。

「毒物が塗布されている刃物が骨まで達しています。幸い大きな血管は傷ついていないので、命は取り留めていますが早急な措置が必要です」

 シュラインが叫びように言う。

「すぐに必要な措置を!」

「ここでは不可能です。王宮医を全員ここに呼んでも器具などの問題があります。王宮に運びましょう。あまり動かしたくはないのですが他に方法がありません」

 頷いたシュラインがテキパキと指示を出す。
 それを見ながらエドワードがジューンとジュライを呼んだ。

「お前たちもここで治療をしてもらえ。イーサンもだ」

 二人は首を横に振った。

「殿下と共に帰ります」

「手遅れになるぞ」

「いいえ、一緒に帰ります」

「……わかった。騎士達に準備をさせよう。イーサンは残すぞ」

 二人は頷いた。
 大怪我を負っているジューンを庇いながらジュライも立ち上がる。
 すぐにヌベール辺境領の騎士達がやってきてジューンを運び出した。

「シュライン殿、そしてシェリー妃殿下。我々も一旦引き上げます」

 呆然としているシェリーの肩に手を置きながら、エドワードが言った。
 
「わかりました。追って連絡をしますよ。ヌベール辺境伯殿」

「私を信じてください。悪いようにはしない。サミュエル殿下が身を挺して庇ってくださった御恩は王家への忠誠で返させていただきます」

「わかりました。叔父上も弟も必ず助けます。イーサンもね。安心して下さい。こんな状況だ。今攻め込まれたらひとたまりもない。国境は任せます」

「必ずやご期待に添いましょう。それでは」

 エドワード達も引き上げていった。
 残ったのは虫の息のアルバートとイーサン、そして意識はあるが腹部に怪我を負っているサミュエル、そしてシュラインとシェリーとレモンだ。
 その惨状を見回してシュラインがぽつんと言った。

「終わった……終わったんだ……これで」

 近衛騎士達が入室してきてアルバートを運び出す。
 レモンに付き添われたシェリーがアルバートを追った。
 その後ろを担架に乗せられたイーサンが続く。

「さあ、どう納めるかだな」

 王宮医達は、考えられる全ての準備を整えて到着を待っていた。
 サミュエルとイーサンは外傷のみと診断され、傷の手当が為されていく。
 問題はアルバートだった。
 大腿部に刺さった剣から毒の特定はできたが、如何せん時間が経ちすぎていた。

「切断しかありません」

 医師の言葉にシュラインが天を仰いだ。

「切断すれば命は助かるのか?」

「命は助かります。しかし、毒が回ってしまっている部分には麻痺が残ると思われます」

「麻痺だと?」

「はい……残念ながら。どこにどの程度のとはお応えできません。我々はお命を救うことに専念しとうございます」

 シュラインはギュッと手を握った。

「勿論だ。救命を最優先に措置を進めてほしい。それと叔父上とイーサンの様子はどうだ」

「お二人とも外傷のみではございますが、失血量が多く予断を許さない状態です。特にイーサン卿は状態が悪いです。皇太子妃殿下の話から王妃殿下の指示でオピュウムを使われたとか。賢明なご指示だったと思います」

「そうか、あれは義母上の指示だったのか……そちらの方もよろしく頼む」

 医師が部屋を辞した。
 執務室の机に座ったまま、シュラインは大きな溜息を吐いた。

「なあ、相談に乗ってくれよ。お前がいないと困るんだよ」

 誰もいない部屋でシュラインが一人ごちる。
 ノックの音がしてオースティンとレモンがブルーノを伴って入室してきた。

「ああブルーノ。用意はしてくれたか?」

「はい、私が調合致します」

「シェリー妃殿下は?」

「皇太子殿下の治療室の前から動こうとしないので、睡眠薬を飲ませて部屋に運びました」

「そうか。彼女も怪我を?」

「打撲と頭部に少々傷あるようでしたが、本人が気付いていないので大事ではありません。まあ姉はお転婆でしたからね。あの程度の怪我なら怪我のうちにも入らないのでしょう」

「お転婆娘か……ふふふ。可愛いな」

「ええ、聡明で可愛い姉ですよ」

 少しだけ和やかな空気が流れた。

「終わったな……これからどうするかだが」

 紅茶を運びながらオースティンが口を開いた。

「貴族会議を招集しますか? いずれにしても国王と王妃が亡くなり、皇太子が大怪我を負って意識不明の状態です。国の存亡の危機ですよ」

「ああ、オマケに王弟殿下も負傷しているんだ。どう説明すればいい?」

 ブルーノが言った。

「王と王妃の名誉を守り、国の形を変えないのなら盛大なドラマ仕立てにするしか無いでしょうね。王家を潰すなら真実を話すまでです」

「それは無理だな。あっという間に国という形が崩壊するよ。となると、不本意ではあるが父上と義母上には護国の英雄になっていただくしかないか」

「それを助けに行った皇太子と王弟、そしてヌベール辺境伯が負傷したってことですか?」

「そうだな。誰がやったのか……そこだな。問題は」

 暫しの沈黙が流れる。
 シュラインがオースティンに言った。

「エドワード殿を呼んでくれ。もう領には着いた頃だろう。帰ってすぐで悪いがご足労願おう」

 オースティンが頷いて部屋を出た。
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